「 登園拒否 」

 末っ子の四男坊が幼稚園に行きたくないと毎朝泣く。
 入園前は、早く幼稚園に行きたい、
とずっと言っていたので安心していたが、
いざ入園してみると、
早生まれの四男にはつらいものがあるらしく、
帰りのバスを待つ間、毎日号泣してしまうらしい。

 「ぼく きょうも ないたの」

と言うので、
「何で泣いたの?」
と聞くと、話をそらす。

 「淋しかったの?」
と聞くと、違うと言う。
 「お友達とけんかした?」
と聞いても、違うと言う。

 「ただ ないちゃうの」

と言う。

 ―――ただ泣いちゃうの―――

 この感覚・・・・・・何だかよ〜〜〜くわかる気がする。

 いろんなことがあって、いろんな想いがあって、
ああ・・・・・・、ああ・・・・・・、
と、ことばにならない、どうにもならないときに、
わけもわからず、涙がわいてきて、
「ただ泣いてしまう」ということがある。

 幼稚園で先生にいろいろ言いたいことがあるのに、
大きい子たちに先生を独占されてしまい、
一日中、ずっと黙って我慢しているのだろう。
 それでも、みんなで手遊びをしたり、
お遊戯をしているときは、それなりに楽しいと感じている。
 しかし、帰りのバスを待つ間は、先生は
「お友達とお庭で遊んで待ってなさい」
と言って遠くに行ってしまう。
 先生もいない、友達ともお話できない、
恥ずかしがり屋の四男は、
バスを待つ間、ずっとひとりでポツンとただ立っているらしい。

 その、誰もそばにいない、ただ立っている30分が
今日一日のことばにならない想いを増幅させて、
号泣してしまうのだと思う。

 つらいだろうなあ、と思う。

 でも、やがてお友達ができて、
先生にも話しかけられるようになれば、
そんなことはすぐに解消されてしまう悩みだ。

 ただ、今、彼の気持ちは追い詰められているのは確かで、
毎朝、
「おねつが あるから いかない」
と言ってみたり、
「また ぼく ないちゃうから おやすみする」
と言って目を充血させて必死に叫ぶ。

 長男のときは、
ここでキッとなって無理やり園バスに力づくで突っ込んだが、
今考えてもあれは良くなかったと思う。
 
 「だって、おそとが あつくて いやだったの」

 四男が初めて具体的なことを言った。

 「じゃあ、先生に『暑いからお部屋にいたい』って言ってごらん」
と言ってみたが、
「いえない」
と言う。

 しかし、この子はもともとおしゃべり好きで外交的だ。
 慣れればすぐに自分で言える子だ。
 でも、今はまだ言えない。
 言いたいことが山ほどあるのに、
一日中黙っている今現在を、この子は苦しんでいるのだ。

 私は、思い立ち、すっくと立ち上がった。
 受話器を持って、177にダイヤルし、
天気予報に向かって大きな声で話した。

 「あ、先生、何だかお外が暑すぎるので、
今日は涼しい感じでお願いしまーす。
 あ、それから、今日はちょっと、
うちの子疲れてるそうなので、
いつもより早めのお帰りでよろしくでーす」

 受話器を下ろし、四男の顔をみると、
晴れ晴れとして、嬉しそうに笑っている。
 そして、
「あんたが上手に言いたいこと言えるようになるまでは、
お母さんが毎朝、先生に言ってあげるからだいじょぶだよ」
と言うと、幼稚園の帽子をかぶって
ぴょんぴょん跳ねている。
 「でも、幼稚園では、自分で言うんだよ」
と言うと、
「うん!」
と、すっかり安心して笑った。

 今、この時の苦しさを、気休めでもいいから
なんとかしてほしい、というときがある。
 おとなだってそんななんだから、
小さな子供はなおさらだろう。

 気休めバンザイ。
 気休め気休めで元気を取り戻してから、
ゆっくり問題に取り組む力を蓄えればいいじゃない。
 いつもいつも真正面から正攻法で取り組んで、
結局、疲れ果ててすべてを投げ出したくなっちゃうよりも、
休み休みでも前に向かって進む方がいいんじゃないかな。

 やっと園服を着てくれたのが
なんとバスが来る5分前。
 バスを待つ間、四男は幼稚園で教えてもらったという
♪お〜ちた、おちた、な〜にがおちた、
という遊びを始めた。

 子供が、
♪お〜ちた、おちた、と歌うと、
♪な〜にがおちた、と私が歌う。
 すると、普通は、
「りんごが落ちた」と言って受け取るしぐさをしたり、
「飛行機が落ちた」と言って、逃げるしぐさをしたり、
「かみなりが落ちた」と言って、おへそを隠したりするのだが、
四男は、
「いぶくろが おちた♪」
とリズムに乗って言うものだから、
「なんでやねん!」
と私が突っ込み、更に、
「胃袋落ちて胃下垂か〜い!」
と言うと、庭でガーデニングをやっていた知らないおばちゃんが
「だ〜っはははは!」
と吹き出した。

 やがてバスがやってきて、
四男は緊張の面持ちでバスに乗り込んだ。

 頑張れよ、小さな小さな社会人!
君の人生には、これから次々と
「ないちゃう」ような出来事が起こるだろう。
 でも、気休め気休めでいいから、
投げ出さないで最後まで生きるんだぞ。
 ちゃんと大人の男になるんだぞ。
 母ちゃんは、お前の人生にいつまでも添ってやれないけれど、
死ぬまでインチキな気休めは言ってやれるからな。

 胃下垂になってもな!
                        
                            (了)

   (子だくさん) 2004.4.23. あかじそ作