「 父と遊ぶ 」

 うちから歩いて5分のところに住む父から
「一緒にホームセンターに行かないか」
という誘いの電話がかかってきた。
 そういえば風呂場のタイルの補修をせねば、
と思っていたところだったので、
「うん行く」
と言って、私は部屋の電気を消し、バッグひとつ持って外へ出た。

 自転車で実家の家の前まで行くと、
父が玄関の前で立っていた。
 玄関の中にいる母から何やら言われているらしく、
苦笑いしながら何度もうなづいていた。

 私は父に軽く「おうっ」と目で挨拶し、
玄関の中の母に声を掛けた。

「何か買ってくるものある?」

すると母は、言った。
「私、今お父さんを叱ってたのよ。
 お姉ちゃんせっかく末っ子を幼稚園に送り出して
十何年ぶりにひとりでホッとしているところなのに
いちいち自分の買い物につき合わせるんじゃないわよ、って」

 確かに末っ子が幼稚園に入る前までは
父と子供のお散歩がてらの買い物に
「子供が泣いたときの保険」として私がついて行っていたが、
今や子供もいないのに、
なぜ私が父の買い物についていかなければならないのかよくわからない。
 ましてや、私と父は並んで歩けば誰もが吹き出すほど同じ顔をしている。
 なるべくならふたりっきりの外出は避けたいところなのだが、
「会社をリタイアした後、妻とふたりであちこち歩く」
というささやかな夢を、妻からキッパリ断られた父は、
しょうがないから娘と一緒に歩こうとしているようなのだった。

 「じゃあ、何か昼ごはんでもご馳走になってきたら?」
 
 母は私に、口ではそういいつつ、
目で「このウザイじじいを頼む」と言っている。

 「うん、わかった。じゃあ行こうか」
 私が言うと、父は嬉々として自分の自転車を表に出し始めた。
 私は、その後姿をくすくす笑いながら眺めつつ、小さな声で、
(退職後の暇なじいさんのお相手して時給3000円くらいもらう商売でもやるか)
と言った。
 すると母も、
(じゃあ、仕事始めとしてうちのじいさん頼むわよ)
と言ってブブブと吹き出した。

 父は自転車を蛇行させながら、アホアホ小学生のように
必要以上に右折左折を繰り返し、
道で知り合いに会うと
「おうっ」
「おすおすおすっ」
と言っては手を振り、自転車をその場で一周して見せたりした。
 その後をただただ苦笑しながらついていく私に、みな、
(おつかれ〜)
という視線をくれる。

 そんなこんなで、双子のような顔の私たち親子は
国道沿いの「リンガーハット」に入り、
父のお気に入り「長崎皿うどん」を差し向かいで食べた。
 しかし、食べづらいったらない。
 鏡に向かって食べているようで気持ち悪いし、
ふたりっきりにさせられて、お互いに話すこともなく、
「ツヨシが幼稚園で泣いちゃってさ」
とか
「玄関もペンキ塗らなくちゃ」
とか無理矢理話題を繰り出したところで、
「おお」
のひとことで終わってしまうから会話も続かない。
 そのくせ、自分の方から振ってきた話題には、へびのようにしつこく、
「こうするといいのかもねえ」
とせっかく結論が出ても
「俺はこう思うんだがな・・・・・・」
と、わけのわからない説を延々説き始める。
 で、話を合わせて
「ああ、そういうのもアリだね」
と、こっちが言うと、
「そんなわけねえ」
と返してくる。

 どうすりゃいいのだ。

 そんなわけで、付き合いで午前中からビールを飲まされ、
味もよくわからないまま店を出た後、
ホームセンターになぜか全速力で向かった。
 昼間の酒は酔うというのに、なぜか急に気がせいた父は
猛ダッシュで大きい国道を黄色信号で横切るのだった。

 ふらふらしながらやっと父に追いついたのは、
ホームセンターの駐輪場だった。
 私は、目当てのタイルとタイルの接着剤をかごに入れ、
自分の買い物もしたら、と父にすすめると、
父は、蛍光灯一本を手に取り、
「これだけ」
と言った。

 ガクッ!

そして、
「俺、クソしてくるからこれで全部払っとけや」
と私に万札を渡す。

 おお、ありがたい。おごりのようだ。

 無事、会計もクソも終わり、ホームセンターを出ると、
娘との【クリソツデート】にまだ物足りない父は
「次はスーパー行ぐど」
と、地元ローカルのスーパーに自転車を飛ばした。

 そこでは、【広告の品】と書かれたものにいちいち食いつき、
「これいいなあ、これ買うべえ」
と、どんどんカゴに入れていった。
 勤めに行っていた頃はスーパーなんて一歩も足を踏み入れなかっただけに、
スーパーの「買わせテク」にまんまとハマりまくっているのだ。

 おまけに、
「子供の菓子も買うだろ」、
「バナナは絶対要るだろ」、
「あっ、俺の好きなアラレがあった」、
「これこれこれこれ、これ、前から欲しかったんだよぅ!」
と、幼児のようにはしゃぎまくっている。
 まるで、経済力を持った幼児!
手がつけられない。誰も止められない。

 結局袋に詰めていくと、ほとんどがうちのものだったらしく、
うちの方の袋が満杯で、父の方はガラガラだった。

 何だか申し訳なく思いつつ帰宅したが、
途中分かれ道で
「ここでいいから。じゃあね、ありがとう、ごちそうさま」
と言って私が父から離れて行くと、
父は何とも淋しそうに「お、おう」と言って去っていった。

 もっと遊びたかったらしい。

 父と遊ぶといろいろと助かるが、
やっぱり「遊んであげた感」がどうしても残るのは私だけ?

母は父と遊ぶなんて「はっきり言ってノー」だと断言するが、
私はちょっと楽しかったりもする。

         
                   (了)

   (話の駄菓子屋) 2004.5.17. あかじそ作