夢の国にて 

 それは、一枚のチラシから始まった。
 埼玉県民Dズニーリゾート特別料金週間!
・・・・・・みたいなチラシには、
平常料金よりかなり安い入場料金が載っていた。
 そう言えば去年もこの時期、
埼玉県民デイ価格で行ったのだ。
 
 元千葉県民の私は、
家が近いということもあり、
高校2年生の時にオープンした時から
とにかく年がら年中通っていた。
 友達もたくさんそこに就職したし、
知ってる子があちこちでアルバイトしていた。

 子供が次々生まれても、
妊婦でも乳飲み子連れでも、
ともかくDズニーには毎年何回も通った。

 好きなのだ。

 建物も植栽も、サービスも、
単純に好きだから、何度も行く。
 年間パスポート購入も考えたが、
一家6人分の購入は、
今の収入では、さすがに無理だ。

 しかし、いざ行こうとなると、
必ず誰かしら熱を出す。
 前日まで絶好調だったのに、
当日の朝、40度近い熱を出してしまう。
 子供が熱を出すと
なぜかいつも「お母さん」が看病係になってしまい、
「お父さん」は、他のこどもたちを連れて
「いってきま〜す」
と、ご機嫌で、
アロハシャツを着て出かけていくのだ。

 一番行きたがってる私と行きたいと泣き喚く病児を置いて、
車はするすると発車していく。
 
 ・・・・・・そんなことが3回に1回はある。

 まあ、行けたところで、
泣き喚く複数の乳幼児に振り回されて
ほとんどアトラクションに乗れないどころか、
私ひとり子どもの世話に追われ、
ぼんやりとして気のきかない夫にムカムカして
大抵はずっとケンカしていた。

 そんな時期があって、今、
子供はみな大きくなり、
ぐずる年でもなくなってきた。
 これからは、私がリラックスして楽しませてもらおう。

 荷物をみんな子供たちや夫に持たせて
私は小さなバッグひとつ持って
キャッキャ言いながらパークの中を走り回っちゃうのだ。

 (12年も好きなこと我慢したんだもの!)
 (12年も単独育児してたんだもの!)
 (取り返すわよ!)

 しかし、夢の国は金がかかる。
 6人分のチケットだけで
(格安チケットで買っても)2万数千円、
全員分の食事や飲みものや
ポップコーンやチュロスやアイスなど、
まともに買ったら物凄い出費になる。
 と、いうことで、
不本意ながらいろいろなものを持参する作戦に出た。

 チケット代だけで、
我が家の財布は息絶えているので、
(エアコンが壊れてるのにまだ買ってないし!)
本当はこういう事は物凄く嫌いなんだけど、
無いものは無いんだから仕方がない。

 まず、パン。
 テーブルロール系の袋入りパンを6袋、
飴玉数種類、スナック菓子数個、
前の晩に作っておいたホットドッグ、
家で煮出したルイボスティーと、たっぷりの氷を
大容量水筒に入れる。 

 しかし、パークで売ってるポップコーンだけは
ケチらずバンバン買う。
 もう既に専用ケースを買ってあるので
中身だけ400円で詰めてもらう。
 私のお気に入りは、やっぱりキャラメル味だ。
 子供たちが「また買うの?」と言っても、迷わず買う。

 本当は、オリジナルの食べ物を食べまくりたいのだが、
予算的には、やっぱり無理!
 歩きながら旨そうに食べる人たちを横目に、
子供たちと共にバターロールをむさぼり食う。
 最初はこそこそ隠れて食べていたが、
今じゃ慣れたもので、
「○○タウンで売ってた△△ロール、旨いね」
みたいな顔で、堂々とそれらしく食べられるようになった。

 年々厚くなる面の皮。
 イナカッペパワー&おばちゃんパワー上昇中。

 待ちこみ禁止を破るだけでなく、
今回は年齢詐称にも手を染めてしまった。

 4歳から入場料が発生するのだが、
末っ子の4歳児は発育が遅れていて、
身長体重共に2歳児並。
 ほとんどの乗り物には乗れない上に
2歳児並にぐずって足手まといになる。
 4歳ったって、実質2歳。
 百歩譲って3歳だ。

 教育上どうかと悩んだ挙句、
差額3200円に負けて
「末っ子を3歳児とすること」に決定。
 行く一週間前から
「ぼく何歳?」
「3さーい!」
という訓練をした。

 ああ、こういうの、よくないなあ・・・・・。

 最初末っ子は、「ぼく何歳?」と聞かれると、

「ホントはヨンチャイだけど、
おカネもったいないち、
チャンチャイっていえば
おいちいものかってくれるから、
チャンチャ〜イ!」
 
と答えた。

 あ〜あ、教育によくないな〜。

 しかし、小学生の兄たちの熱心な指導により、
(兄たちの教育にも良くないな〜)
指を3本立てて、
「チャンチャ〜イ!」
と可愛く笑い、首をかしげるようになった。
 まるで某国の「芸を訓練された幼児」の表情。

 ああ、よくないよくない! よくないわ!
 たった3200円ケチるために、
子供たちを悪の道に引き込んでしまっているみたい。

 そう言いつつも、12歳の長男に

「あんたは11歳ね」

と軽く言ってしまう私・・・・・・。

 11歳なら3200円だが、12歳からは3800円なのだ。
 今度は600円をケチっている。

 3200円+600円=3800円
 3800円を浮かすために
子供たちに与えた悪影響は、
きっと3800円では償いきれないだろう。

 この3800円は、
夕食のカレーショップでの支払い
(=6人前5800円)の一部と化した。
 一日中、子供の年をチェックされるたびに
ヒヤヒヤして、
子供への悪影響を深刻に心配していた割に、
随分あっさり3800円は何かに吸収されて消えてしまった。

 あーあ。

 ところで、今回の主目的は、
カウボーイの扮装で写真を撮ることだった。
 前回は一家揃って海賊の格好で撮影したが、
末っ子がぐずったせいで
末っ子はそのままの格好でふてくされて写っているし、
必死で説得していたが結局根負けした私は、
やつれて引きつった顔で写っている。

 今度こそ、今回こそは、
一家揃ってしっかりアホアホ写真を撮りたい。
 男児ばかりの我が家において、
いつまで家族と一緒に行動を共にしてくれるやら。
 普通の写真でもいいけど、
どうせ撮るならバカバカしい写真がいい。

 というわけで、今回は、
ほろ馬車の前で西部の紳士に扮した夫と、
薄いピンクのコートとツバ広の帽子をかぶり、
皮の旅行バッグを抱えた母親の私、
そのとなりに最年少ミニミニカウボーイが立ち、
それらを囲むように腕白カウボーイふたりと、
少し大きいお兄さんカウボーイひとり。
 息子たちは、拳銃を得意げにかまえて
ニヤリと笑っている。

 普段は、
「うちは男の子ばっかりでうるさいし、つまんない!」
と思っていたが、
西部劇のあの時代あの場所に住んでいたら、
男手が多くて何とも頼もしい限りだろう。

 先のとがった皮のブーツに
4人揃って足を突っ込んでいる様子を
しみじみ眺め、そう思った。

 さて、目的の写真も撮ったし、
後は新しくできたアトラクションに乗り、
水掛けまくりのパレードで、
水を存分に掛けられ、
今までずっと封印していた
ジェットコースター関係に子供と一緒に乗りまくり、
ぐずる者も無く、
本当に久しぶりに楽しんだ。

 あーあ、思えば長かったな。
 長男がいつでもどこでもひっくり返って
買い物ひとつできず、
泣きながら残り物をかじっていたのは12年前。
 号泣する5歳の長男と3歳の次男を両手に、
背中に1歳の三男を負ぶって
託児所まで行き来する毎日は必死だったな。

 今じゃ、母親に代わって重い荷物を持ったり、
下の子の世話をしたり、
随分助けてくれている子供たち。

 積み上げてきたものが形として見えたとき、
大きなボーナスをもらった気がした。
 3800円なんてモンじゃないよ。

 夢の国は千葉の埋立地ではなく、
案外うちの中にあるのかもしれないな。


           (了)

   (しその草いきれ) 2004.7.6. あかじそ作