「 節水にハマる 」

 先々月あたりに、ふと思いついて
ご飯の「まとめ炊き」を始めた。

 それまでは夕方に3合炊いて、
深夜帰宅して夕飯を終えた夫が
タイマーで朝3合炊き上がるようにセットして寝ていた。

 つまり、一日中炊飯器のコンセントは入りっぱなし。
 数年前までは、ご飯が残っている間は
ずっと保温してあり、ガチガチご飯を捨てたりしていた。

 しかし、夕方に6合炊いて、
夕飯で3合食べ、
残り3合をデカイ器に入れて
冷蔵庫に保管し、
朝食べきる、ということを始めてみると、
実質コンセントがつながっているのは
せいぜい1日1時間程度。

 で、電気代がいつもより2000円も減っていた。

 いくら節電しても
目に見えた請求額の変化が無かったため、
何だか不毛だな、と思っていたが、
第3段階料金がまるまるカットになったのは
単純に嬉しかった。

 節約節約と言っても、
実は今まで「光熱費までセコセコしたくないわよ」と
心のどこかで思っていた。
 しかし、自分のしたことに結果が出たことで、
節約としてではなく、
「趣味」として火が点いてしまった。

 ちょうどタイミングのいいことに、
6月から水道代の基本料金が上がったことで、
その火が「水道代」へと飛び火した。

 よっしゃ。 
 次のターゲットは水道代だ!

 今までも、
風呂の残り湯を洗濯に使うくらいはやってきたが、
その後残った水は迷わず流していた。
 そして更に、
私は人一倍トイレが近く、
一時間に一回はトイレに入り、
水をゴーゴー流している事実に気が付いた。
 庭の水撒きも、大雑把な性格上、
蛇口全開でダーダー撒きまくっていたが、
上水道から出る飲めるほどのキレイな水を
庭に撒くのはもったいなくはないか?

 私はまず、チラシの裏に
生活水の使用状況について書いてみた。

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@【キレイな水が必要なこと】
  
 風呂・皿洗い・・・・・・水道から使用。
 料理・お茶・・・・・・・・スーパーのおいしい水無料配布を利用。
 
A【キレイでなくてもいい水を使用できること】

 洗濯・植木の水遣り・・・・・・風呂の残り湯を使用

B【汚い水でもいいこと】

 トイレ・・・・・・風呂の残り湯・皿洗いのすすぎ水などを利用
         その他(★参照)

 ★今後の課題

 洗濯機の排水ホースから出た水を
トイレのタンクに配管して、
タンクからあふれないような装置を作れるか?
 排水があふれたら被害絶大。
 実行に際しては確実な手段を選択すること。

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 それはそれとして、
朝、ベランダで洗濯物を干しながら、
スリッパが物凄く熱くなってることに気付く。
 そういえば、コンクリート住宅では、
夏の暑さを防ぐため、
屋上に水を張る、というのを聞いたことがある。
 うちのベランダの真下は居間だ。
 うちもベランダに水を張ってみようか。
 そして、その水を利用する方法は?

 ベランダに大きなビニールプールを置いて、
朝、風呂場の水道からホースで水を引き、
昼間放置して温め、
夕方ごろ、同じホースでベランダから
1階の風呂に温まった湯を降ろす。
 すると、夏場はガスを使わずに
風呂を沸かせるのではないか?

 ガスの節約と水の節約、
更には電気の節約は、
実はみんなつながっているのではないだろうか?

 ガスを作るのには、電気や水を使い、
電気を作るのには、ガスや水を使い、
また、水を浄化し、水道水にするためには、
電気やガスを使うのだとしたら、
どれもみんな節約しないと
地球の資源はアッという間に尽きてしまうだろう。

 はじめは単なる家計の節約から始まったが、
だんだん地球のエネルギーが心配になってきた。
 エネルギーの使い捨ては
もう完全に時代遅れなのではないか?

 かつて私たちの祖先が
井戸や川の上流まで水を汲みに行った頃のように、
水を大切に使わないといけない。
 朝早く、まだ暗いうちから起きて
かまどに薪をくべて火を起こしたように、
その薪を集めるために、
山に分け入り、背に負って山を降りてきた頃のように、
電気やガスを大事に使わないといけない。

 そうでないと、地球はすぐにソールドアウトだ。
 私たちの子どもは、ストリートチルドレンになり、
孫は、飢餓に倒れる。

 カントリーライフやスローな暮らしは、
趣味の延長でも、
オシャレなライフスタイルでもなく、
そうすべき暮らしの形なんだ。

 抽象的なエコロジー趣味では
何にも始まらない。
 何も引き継がれない。

 今の私にできるのは、子供らに見せることだ。

 物や、人の思いやりを、
使い捨てにしないことのカッコ良さを。

 歴史の一員として、
世界の一構成員として、
自分たちがどの位置にいるのか
客観的に知っていること、
行動を起こすことが、
いかに粋な生き方かを。

 その第一歩として、
今日も私は風呂の残り湯をバケツでトイレに運ぶ。
 その姿を、夫も子供も
まったく気に留めていないようだが、
ココロザシはいつも高い。


               (了)

   

(しその草いきれ) 2004.7.11. あかじそ作