「 ぶっ飛ばすぞコーチ 」

 私は、威張った男が大嫌いだ。
 特に、威張った野球のコーチが嫌いだ。
 威張った父親に
ぶん殴られて育ったからなのかもしれない。

 私の住む地域は、
高校野球の常連校があり、
県内でも屈指の
スポーツが盛んな地域だ。
 そのせいか、
地域の中に
「これでもか、これでもか」
というほど
グラウンドがいっぱいあるのだ。

 小学生男児は、
必ずと言っていいほど
どこかの少年野球チームか
サッカーチームに所属していて、
その親は、日曜ごとに
大量の麦茶や
タッパーに入れた
「輪切りレモンのハチミツ漬け」
かなんかを持って
グラウンドに詰めている。

 我が家は、男児が4人いるが、
私も主人も文科系なため、
その体育会系の地域のノリに
ついていけずにいる。
 もちろん、息子たちも
もれなく文科系で、
「狼は生きろ豚は死ね」的な
筋肉がすべてを支配する地域性に
ヘキエキしているのだ。

 学校対抗陸上大会では、
教師も親たちも血眼になって、
勝ち負けにこだわりまくり、
年端もいかない子供に
毎朝、毎晩、
朝練・夜練をさせている。
 運動のできない子は、
暗黙のうちに「除外」扱いされ、
子供同士では、
「ザコ」と呼ばれているらしい。

 そういう意味では、
我が子たちは、
みな「ザコ」扱いで、
いくらいい絵を描いても、
宿題を頑張っても、
「ザコが何か頑張っちゃってる」
という風に言われる。
 頑張っても、頑張っても、
「結果を出すのが一番」
「世の中勝つか負けるか」
というノリが
子供たちの間で出来上がっていて、
乱暴で、暴言を吐く子が多い。

 そこには、少なからず、
口の悪い、勝ち負け命の
「スポーツ少年団のコーチ」
の陰が見える。

 本の一冊も読まないスポ根バカ少年が、
知るはずもない大人の「ケナシ言葉」を
知っているのは、
そのことばを連日シャワーのように
感覚が麻痺するほど
大人たちから浴びているからに違いない。

 スポーツマンシップはどこへ行った?
 少年の心と体を、
健全に育成できるコーチが、
一体どれだけいるというのだ!

 文武両道でしょ!

 体ばかり鍛えて、
心無い子供を大量に育てている
たくさんのバカコーチが、
世の中を悪くしている一派なんだ!


 さて、買い物に出かける途中、
グラウンドからは、
今日も暴言が聞こえる。

「おらおらおらおら、
そんな球捕れねえやつぁ、死んじまえ〜!」

「おい、田中! だらだらしてるな!
 走ってこい! グランド10週!」

「水飲むな! この軟弱者め!」


 カッチ〜〜〜ン(ー_ー)!!


 私は、こういう乱暴なコーチを見かけると、
突然、何かが割れて、
凶暴なもうひとりの自分が
暴走してしまう。
 普段は、人一倍
「人当たりのいい奥さん」
をやっているというのに、
バカコーチを見かけると、
もう、自分の豹変を止められない。

 私は乗っていた自転車を
グラウンド脇に寄せ、
気温38度にもなる
グラウンドに向かって叫んでしまう。
 やめとけ、と、
自分を一瞬戒める暇も無く、
気がついたら、もう叫んでいる。


「子供に『死ね』っていうヤツこそ、
死んじまえ〜!」

「水飲ませないで子供死んだら
責任取れるのか!」

「お前みたいな勘違いスポコン野郎に、
指導者の資格なんて無いんだよう!!」


 自転車を乗り捨て、
グラウンドのフェンスによじ登って
狂ったように叫ぶ母親を、
四人の息子たちが
羽交い絞めでフェンスから引き剥がす。
 それでもいつまでも
「がるるるがるるる」と
ほえている母の指を、
一本一本フェンスから引き剥がし、
小学生の息子たちは
私を押さえつけてくる。

 「お母さん、やめなって!」
 「やばいよ、お母さん!」

 口々に息子たちにいさめられ、
やっと我に返った私は、
「あ、ご、ごめん・・・・・・」
と、いつもの自分を取り戻し、
再び自転車にまたがる。

 またやってしまった。
 我慢できずに、
また怒ってしまった。

 子供の人権は、
ヤツラに踏みつけにされ、
日常、踏みつけられてる少年たちは、
クラスの弱い子に向かって
ヤツラと同じことをする。

 ドッジボールの弱い子に
「捕れねえなら死ね、失せろ!」
と罵り、
クラス対抗球技大会で
ミスした子供を集団でいじめる。

 バカコーチの及ぼす悪影響は
底知れない。

 ぶっ飛ばすぞ、コーチ!

 正々堂々弱い者いじめをして、
それを「愛」とか「熱血」とかと
勘違いしているバカコーチ!

 自分のやり方を否定されると
相手を軟弱者呼ばわりして
自分を正当化する卑怯者めが!

 抹殺だ!
 バカなコーチは、抹殺だ!
 優秀で人望の厚いコーチにでも
ヤツラを預けて、
そのひん曲がった根性を叩きなおす
合宿をしやがれ!
 精神の1000本ノックだ!
 「心・技・体」だぞ、バカ野郎!

 ああ、また興奮してしまった。

 世の中には
素晴らしいコーチも
素晴らしいスポーツ少年も
いっぱいいるというのに!

 失礼しました。
 素晴らしい方たち。
 私は、あなたたちのことは
尊敬します。
 でも、ニセのスポーツマンは
どうしても許せないのです!

 また、グラウンドで
子供を傷つける
口汚い言葉が聞こえてきたら

間違いなく私はキレてしまうでしょう。

 制止してくれる人が
そばにいなかったら、
バカコーチに
つかみかかってしまうかもしれません。

 ぶっ飛ばしてしまうかもしれません。

 私の中の「世直し侍」は、
バカコーチよりも血気盛んなのです。


       (了)

(しその草いきれ) 2004.8.3 あかじそ作