「向こう岸の人だけど」
  テーマ★永遠の愛


3歳の頃、父方の祖父母や、オジオバたちと住んでいた、大家族の家を出た。
大人たちの間でいろいろあって、私は、両親とともに、大好きな祖父母と別れた。
新しい家で、急に生き生きとしだした臨月の母親に戸惑いながら、
私は、その丸い腹を遠くから見ていた。

いろいろなものに、さよならを言って、たくさんの何かが、どこかに行ってしまった。

―――3年が経った。

今年も夏祭りがあるから、遊びにおいで、と言われ、久しぶりに祖父母の家に行った。
両親は、大切なお話があるから、と、奥の部屋にオジオバたちと閉じこもってしまった。
私は、ジイちゃんに「おいで」と言われ、外に出た。

じりじりと暑い日の下、二人で手をつなぎ、坂道をどこまでも登った。
遥か下の方からは、祭り囃子が聞こえた。
小銭を握りしめて、神社へ走るイトコたちの後を追うと、
「お前は、こっちだ」
と、ジイちゃんに無理矢理、反対方向へと手を引かれた。

ジイちゃんは、何やらいろいろと話し掛けてくるし、いろいろ聞いてくるが、
私は上の空だった。

遠くでずっと聞こえるお囃子が、気になって気になって、
何度も神社を見下ろしては、立ち止まった。
そのだびジイちゃんは、ぐい、と、私の手を引き、「どうした」と低い声で言った。

何度目かの立ち止まりで、業を煮やしたジイちゃんは、
6歳の私に向かって仁王立ちし、

「おじいちゃんと、お祭り、どっちが大事なんだっ!!」

と、真面目に問いただした。
すかさず私は、0.1秒後に、

「お祭り」

と断言した。
ジイちゃんも大好きだし、大事だ。
でも、今の今は、お祭りが大事なのだった。

ジイちゃんは、弾に打たれたように後ずさり、息が荒くなった。

「お前は・・・おじいちゃんより・・・お祭りが・・・大事なのか・・・」

息も絶え絶えだった。

「うんっ!!」

私もひどい子供だった。
イトコたちから私だけを引き剥がし、無理矢理お祭りに行かせまいとするジイちゃんに、
少し、怒っていた。

ジイちゃんは、私が、

「ジイちゃんの方が大事」

と言う事を確信していただけに、ショックは大きかった。

「そうか・・・。おじいちゃんより・・・お祭りか・・・はは、はは、ははははは・・・」

力ない自虐の笑みを浮かべながら、

「ごめんなさい! やっぱり、ジイちゃんの方が大事だよっ!」

と、私が慌てて訂正するのを待っているようだった。
しかし、やっぱり私は、ひどい子供だった。
あえて、はっきりと、繰り返した。

「そう! お祭り!」

・・・・・・その後の事は、まるっきり憶えていない。

そのじいちゃんも、3年前に亡くなった。
亡くなる前に、あやまりたかったが、いい出せぬまま、往ってしまった。

故人は、とかく「いろいろあったけど、いい人だったよね〜」
と、残った人々の中で処理されるものだが、
やっぱり、わがままは、死んでも美化されぬまま、わがままだよなあ、と思う。

孫可愛さ。で、エゴ炸裂。
死んでも、やっぱり、「あの時のあれ」はエゴでしょう?
と、しみじみ思う。
そして、私は、今も昔も、ジイちゃんが大好きで、大事だ。

美化して、違う人になっちゃうなんて、淋しいから、
私の中では、ジイちゃんは、全然完璧でない仏さん、なのだ。

生まれる前から、生きてる今も、そして、死んだ後までも、
大事な大事な、不完全なジイちゃんなのだ。


(おわり)                                            
 2001.06.12 著作:あかじそ