サラリーマンの妻たちへ 
---聞け、自営の妻の長い愚痴を---

 私は、「元・サラリーマンの妻」で、
「現・自営業者の妻」ですが、
サラリーマンの奥さん方にひと言申し上げます。
 私は、夫が勤め人だったときは、
物凄く夫に不満を持っていました。
 帰りは馬鹿みたいに遅いし、
いつも疲れていて、家庭を顧みないし、
会社と結婚したみたいになっている夫を、
憎んでもいたし、いつも不機嫌に接していました。

 その頃は、
自分がなんてかわいそうな人間なんだ、
夫は、なんてヒドイ奴なんだ、と、
疑いも持たずに確信していましたが、
今、夫が自営業になって、
収入が不安定になってみて初めて、
会社員だった夫に
いかに守られていたか、
つくづく実感するのです。

 毎月決まった額の現金が手に入ることは、
実は、当たり前なことではなく、
物凄く「凄いこと」なんですよね・・・・・・

 そこそこ景気がいい月もあれば、
儲けがでない月もある、
そういう零細個人経営者の妻になってみて、
痛いほど、
その「定額サラリー」のありがたみを知りました。

 先日、夫が突然、
「来月は悪いけど給料半分出るかどうかわからん」
と言い出したときは、
目の前がクラクラしました。
 確かに2月8月は、
どこも景気が悪いものですが、
突然半額以下とは!
 だいたい、普段もらっている給料も
猛烈に節約してやっとやっていけている
ギリギリの額なのですから、
めまいもします。

 で、お盆に夫の田舎に帰省して、
多少のお小遣いは戴いたものの、
穴埋めするほどには至らず、
また、そんなピンチの時に限って、
「子供チャレンジ1年分支払い55000円也」
の請求が来るし、
夏休み満喫中の4人の息子が
家のガラスを連続2枚も割りまくり、
臨時出費もさらに2万円追加です。

 何年もかけてチョビットづつ貯めていた蓄えも、
生活費の補填として、
一気に消えうせました。

 それで、またその次の月に
元の収入に戻るかというと、
そんな保障はどこにも無く、
しばらくはマイナスが続くわけです。

 一体、どこからどう補填していけばいいのか、
 もう、心当たりも浮かびません。

 ところで、夫がサラリーマンで、
厚生年金を支払っていれば、
その妻は、
自分で国民年金(年約16万円)を支払うことなく、
65歳以後、年金が受け取れる、
というシステムに対し、自営業の妻は、
たとえ仕事に就いていなくても、
年間16万円支払わなければなりません。
 夫の分とふたり分だと、年約32万円、
ざっくり取られます。
 国民健康保険も、手取り収入の中から
支払うので、せっかくの給料も、
支払いを済ませると手元にいくらも残りません。
 自由になるお金が、
圧倒的に少ないのです。

 さて、話は変わって、
65歳以後の年金受取についてですが、
厚生年金加入者は、
国民年金に上乗せして数十万円受給できます。
 月々高い掛け金を支払っているからです。

 それに対して、
国民年金受給者は、
サラリーマンの厚生年金にあたる
「国民年金基金」などの上乗せ年金を払って、
厚生年金受給者並に受給することもできますが、
掛け金は安くありません。

 一部、開業医などのリッチな自営業者は、
物凄い口数加入しているようですが、
私どものような生きるか死ぬかという零細で、
加入している人は少ないようです。

 一応うちは
夫と私がひと口づつ加入していますが、
鼻血が出るほど必死に払っている割に、
(ふたりで年間約39万円)
受け取りはひとり月3万円プラスです。

 まあ、今の掛け金が将来倍近くになって
一生涯にわたり返って来るのですから、
得は得なのですが、
毎日、ボロボロになって
ひとりで働いている夫が、
果たして受給年齢65歳まで
生き延びられるかという方が問題です。

 頑張って長く働いて、
残業手当でも出ればいいのですが、
働いた分儲けが出るとは限らないのが
自営です。
 ここ数年、夫は月に1回休めればいい方です。
 週休なんてゼイタクは、
もううちにはありません。
 メチャメチャ働いても儲けは薄く、
疲れきって帰ってくる夫に、
私は、自分の家事育児の
苦労や愚痴をぶちまける気には
どうしてもなれないのです。

 好きな仕事を自分ひとりで
苦労してやっている夫に、
うまくいって欲しいと思うのです。
 もう、愛とか、何とかではなく、
運命共同体として、
バックアップできるものならしてあげたいと
思うわけです。

 いつも目が充血するほど貧乏ですが、
常にゼイゼイするほど疲れていますが、
ふたりでジャングルの中を
手を取り合ってさまよっているような、
長距離マラソンを伴走しているような、
そんな連帯感さえ覚え始めました。

 あまりの不安に
夫に怒ったり、すがったりして、
どうしようもなくなるときもあるけれど、
でも、毎日生きていくことの大変さ、
今日も生きていられたありがたさを、
おかげさまで
身を以って感じることができるようになったのです。

 この平和は当たり前ではない。
 このご飯は、魔法で出てきたわけではない、
 この健康は、お金で買えるものじゃない。

 ひとつひとつの当たり前が、
決して当たり前でないという事実を知って、
以前、全てに恵まれていた、
「当たり前」を「要求してばかり」だった過去の自分を
恥ずかしく思うのです。

 もし、今、夫に
「何だか不満」
という妻がいたとしたら、
その「何だか」の内訳に、
「生きている実感の不足」があるんじゃないかと
私は思います。

 経済的にも、精神的にも、
また、周囲の愛情にも恵まれ、
全てが安定しているときほど、
そういう不満が出てきて、
私たちを苦しめるのだと思うのです。

 サラリーマンの奥さん、
いえ、サラリーマンの奥さんだった、
かつての私に言いたいのです。

 夫は、外で身を削って
今の生活をたたき出していますよ、と。
 その平凡な生活は、
空から降ってくる自然現象では
ありませんよ、と。

 思い出して見ましょうよ。
 夫も血の通っている人間です。
 ちょっと前までランニングシャツ着て
セミ取って駆けずり回ってたオスガキでした。

 そのオスガキが、今、
ヒーヒー頑張って働いております。
 どうかひとつ、
たまには彼らの母親にでもなった気分で
優しくしてやろうではありませんか。
 
 そうしたら、案外、
普段つれない態度のヤツラも
心を開いて笑顔のひとつも
見せてくれるかもしれません。

 キツイッス。
 サラリーマンも自営業者も、
その妻たちも、
今、けっこうキツイッス。
 ツライッス。

 でも、そんなときだからこそ、
みんなで心のコリをときほぐして、
仲良くやって行きましょうよ。
 カタクナにならずに、
お互い思いを素直に話し合って、
助け合って生きていきましょうよ。

 これが、自営業の妻の主張、というか、
長い長い愚痴です。

 最近思っていることです。

 ・・・・・・ちなみに私、
今週、新しい仕事の面接を受けます。
 年取ってから新しい仕事をするのは
勇気が要りますが、
なんたって生きていくには
「ゲンナマ」(現金)がいるんですわ。

 現実は、そう綺麗ごとばかりではありません。
 虚弱体質の私のほんの短い専業主婦生活も
1年ちょっとで強制的に終了し、
また、「働くかーちゃん」モードに突入です。

 あ〜、これが人生だ〜。


           (了)

(しその草いきれ) 2004.8.24 .あかじそ作