たいかかさん 50000 キリ番特典 お題「ドキドキ」
「 半身 」

 初デートをしたのは、中学を卒業したての春休みだった。

 ませた友達に囲まれながらも
まったく色気も何もない胸ぺッタンコ女子だった私が、
中学の入学式のその日に雷に打たれてしまった。

 相手は、同じクラスの男子で、
私同様、中学入学と同時に転入してきた「よそ者」だった。
 まだガキっぽい同級生たちの中にあって、
そいつだけは早熟で、青年の雰囲気を漂わせていた。

 転校したばかりで、
知らない人たちの中で緊張していた私に、
最初に話しかけてきたのはアイツだった。

 「ちょいちょいちょい、そこの。名前名前」

 少し前の席から声だけが聞こえた。 

 私は、シカトしていたが、なおも大きな声で

 「そこの! 名前!」

と、言う声が聞こえる。
 隣の席の人に突付かれて
そいつが私に向かって言っているのだと知った。

 「何よ!」

 私は新しい学校でなめられてはいけないと思い、
思いきりミエを切ってヤツに怒鳴ってやった。
 すると―――。

 私は、ヤツをにらみつけた直後、
「えっ!」と言いながらまん丸の目でまたヤツを見た。
 当時私が夢中だった
「三浦友和」と「佐藤浩一」とを足して2で割った感じの
もろ「タイプ」な「青年」がこっちをじっと見ているではないか!

 恋よりも「漫才ブーム」に夢中だった超オクテな女子の胸に、
突然打ち放たれた天使の矢!

 私は「なんじゃこりゃ〜!」状態になり、
どうりアクションしたものか困った。
 というか、人とどう話したらいいのか
瞬時に分からなくなってしまった。

 とりあえず、ふてくされた感じで
 「想像にまかせるわよ! ふん!」
と言ってしまった。
 
 最初の授業中、教卓の上に貼ってある席順表を見て、
国語の教師が言った。

 「ええっと、次ここを読んでもらうのは・・・・・・
ん? なんだ? この『想像にまかせる』ってのは?」

 そうなのだ。
 さっきヤツは先生に頼まれて席順表を書いていたのだ。

 授業の後、私は、教卓に向かって駆け出して行き、
机に抱きつくようにそれを見てみると、
それぞれの席にそれぞれの名前が書いてある中、
私の席には『想像にまかせるわよふん』と書いてある。

 (やりやがったなあ!)

 私がヤツをジロリと見ると、
ヤツはわざとそっぽを向いてクッククック笑っている。

 (このやろ〜・・・・・・)

 なんてヤツだ。
 しかし、半端でなくタイプ!

 そのうち初めての席替えがあって、
ヤツと私は隣の席になった。
 なんなんだろう。
 好きとか嫌いとかではなく、ヤツの隣に座っていると、
ヤバかった。
 頑張って硬くなって座っていないと、
ヤツの方に体が引き寄せられてしまいそうなのだ。
 磁石のように私の体はヤツの広い肩や厚い胸の方に
吸い寄せられてしまいそうになってしまう。

 だから、どちらかが教科書を忘れて
2人で一冊の教科書を見たり、
一枚のプリントを覗き込んで班の話し合いをするときも、
私は、コチコチに固まりつつ、
それでいて口だけは達者に
「なんなのよアンタ!」などと言っていた。

 ヤツの方もそんな私の挙動不審を察知してか、
やっぱり挙動不審な言動をとっていた。

 それから、何度席替えをしても、
何度クラス替えをしても、
不思議なことに私たちは同じクラスの隣同士の席になった。

 こういう偶然はめったに無いと思うが、
とにかく中学3年間、私たちはずっと隣に居た。

 ヤツが家でオヤジに殴られて顔を腫らして来たときは、
私は、ヤツの青タンの顔に、「これで冷やしな」と言って
濡れたハンカチを投げつけてやったし、
私がクラスの男子とケンカして泣かされたときは、
ヤツは、私の顔を覗き込んで
「男相手にケンカすんな」と、兄のように言った。

 ふたりは、思春期の間じゅう、いつもいつも隣に居たのだ。

 「好き」とか、「恋」とか、「付き合う」とか、
そういうノリではなかった。
 自分の分身のような、もうひとりの自分のような、
それこそ、ちょっと力を抜いてしまえば
スッと2人は一体化してしまいそうな関係だった。
 
 高校は、同じ高校に行くことになっていた。
 実は私がランクを3つくらい落として、
無理矢理そういうことにしたのだ。
 もう、離れてヤツと暮らす生活など、ありえなかったのだ。

 私の親友とヤツの親友が付き合っていたので、
あくまで「つきあいで行ってやるよ」というノリで
私とヤツはいわゆる「ダブルデート」というものに行くことになった。

 総武本線に4人で乗って、千葉の鋸山にみんなで登り、
頂上に着いた途端、
親友カップルが目配せし合って、
「じゃあ、ここからは別行動で」
と言ってさっさと行ってしまった。

 残された私たちは、急にドギマギしてしまい、
「なんだよ〜」
などどぶつぶつ言いながら海岸へ続く道へ降りていった。
 海沿いの岩場で、ヤツはどんどんひとりで先に歩いて行き、
私は、フーフー言いながらついていくだけだった。

 岩場で開いたお弁当も、
長い磯歩きですっかり偏り、おにぎりはみな潰れていた。
 ヤツが鼻で笑いながら食べるので、
「潰れてて悪かったわね!」
と毒づいてやると、
「でも味は悪くない」
とヤツは言う。

 「そいつはどうも!」

 私は、あさっての方を向いてむしゃむしゃ食べた。

 (ああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、
はずかしいはずかしいはずかしいはずかしいはずかしい!)

 食べ終わってまた、ごつごつの岩場を歩き始めると、
これはどうやっても登れないよ、というすごい難所に来てしまった。
 ヤツは、助走をつけて先にその岩に飛び乗ると、
上から手を差し出した。
 私は、持っていた弁当のバッグを先に投げると、
ヤツはハッとし、手を引っ込めて、顔を赤くした。
 私の手を取ろうとしたのにバッグだったから、
急に恥ずかしくなったらしい。

 今度は私が手を差し出すと、
ヤツは私の手を取り、グッと持ち上げるが、
なかなか重くて上がらない。
 「いっせーの! せ!」
と、何度も掛け声をかけて、
3回目くらいで何とか引き上げられた。

 2人は大きな岩の上にひっくり返り、
しばらくハアハアしていた。

 そのうち息も整ってきたが、
ヤツは立ち上がろうとはしなかった。
 かもめがたくさん海の上を行き交い、
いつまでも波音が繰り返されている。

 私たちは、何も話さなかった。

 海を見ながら、じっとしていた。

 2人でこのシチュエーションなら、
ドキドキしてもいいところなんだろうが、
私はなぜか、ドキドキしていなかった。
 ずっと隣の席で、硬くなって、
「コイツとくっ付いてしまう恐怖」と闘ってきたが、
今、もしかして私たちは
一体化しているのかもしれない、と思った。
 私はヤツに、ヤツは私に
吸収されてしまったのかもしれない。
 それは、驚くほど自然なことで、
驚くほど気持ちのいいことだった。

 まるでひとりで気楽に海を眺めているように、
いつまでも2人で黙って座っていても平気だった。

 「かもめは」

 ヤツが何か言った。

 「ん?」

 私が聞きなおすと、

「かもめは、何をしているときが一番楽しいんだろう」

と、ヤツは言う。

 「そりゃ、もの食べてるときでしょう!」

 私が即答すると、ヤツは思いっきり吹き出し、

「それじゃあ、お前と同じじゃん!」

とゲラゲラ笑い転げた。

 ヤツは、何かロマンチックなキメ言葉を吐く
前振りをする予定だったらしく、
思わぬ「リアルアンサー」に腰砕けになってしまったようだ。
 しかし、何とか思い直し、
「じゃあ、お前は何をしているときが一番楽しい?」
と聞いてきた。

 「今が楽しい」

 私が言うと、ヤツは、黙ってしまった。

 「俺は・・・・・・」

 しばらくして、ヤツはどもりながら言った。

 「俺は部屋暗くして、音楽聴いて、酒飲んでるときが一番いいな」

 「酒は飲むなよ! 15だろうが!」

 私が突っ込むと、赤くなってまた黙ってしまった。

 「・・・・・・俺はバカは嫌いだけど、アホは好きなんだ」

 「私はどっち?」

 「アホ!」

 「ああ、よかった。私ゃ、バカって言われるかと思った」

 2人は、だははは、と笑いながら立ち上がった。
 
 それから親友カップルと合流し、電車に乗って家に帰った。
 
 その後、高校に入学と同時に
私は我慢できずにヤツに「好きだ」と言ってしまった。
 ヤツは、急に私に背を向けてしまい、
私たちは、同じ高校で違う方向へと歩くことになった。

 私たちの間に通う特殊な間柄を、
勝手に陳腐な恋愛に摩り替えてしまった私に、
ヤツは嫌気が差したのだろう。

 でも、高校2年3年で、またヤツと同じクラスになったとき、
ヤツは、クラスの何人かの男子にいじめられていた私を見つけ、
その男子に怒鳴りつけてイジメをやめさせてくれた。

 一日に何度も目が合い、目をそらし、
卒業はもう目の前だった。

 突然ヤツは学校に来なくなった。
 親元から一刻も早く独立しようと、
新聞奨学生になって家を出たという。
 六本木で新聞を配りながら、
ひとりで暮らし始めているのだ、と、
クラスメイトの噂話から知った。

 中学の頃、父親に殴られて顔を腫らしていたアイツは、
ついに計画を実行に移したらしい。
 長い間、随分我慢していたんだもの。
 私だけは知っていた。
 ヤツの計画が突然ではなかったことを。

 その後、私は大学に入り、結婚し、子をもうけたが、
ヤツが今どこでどう生きているかは知らない。

 でも、私が苦しいときはきっとヤツも苦んでいて、
私が楽しんでいるときはヤツも楽しんでいるような気がする。
 離れていても、あのとき一体化した何かが、
今でもつながっていて、
どちらかが潰れそうになるのを引き上げていると思うのだ。

 恋でも愛でもなく、ましてや男女の仲でもない、
「もう一方の半身」。
 そいつに恥じない生き方をするために、
私は「半身の人間」ではなく、
自分ひとりでちゃんと「ひとりの人間」になれるように、
頑張って生きていく。
 そして、もしいつかどこかで
大人のアイツに会ったとき、
しっかり大人になっていたい、と思う。



        (了)


(青春てやつぁ) 2004.10.12. あかじそ作