「自然治癒」テーマ★癒し系 [癒し]という言葉が流行っているけれど、癒される、とは、どういう事なんだろう。 「ラクになる」という事なのか? 「ラクになる」って、「悩みを感じなくなる」という事? それとも、「嫌な事を忘れちゃう」って事? これって、「死んじゃう」って事かしら? 「一瞬、真っ白になる」って事かな? いわゆる「イク」って事? ・・・・・・やっぱり「死んじゃう」事なの? 究極の癒し、とは、往く事なのか? でも、それも、まんざら外れていないような気がするのだ。 生きていれば、疲れるのだ。 疲れを治さないと、もっともっと疲れて、もっともっともっと疲れてしまう。 もっともっともっと疲れると、「癒し」という魔法が欲しくなってしまう。 その魔法を使えば、疲れがふっとび、極楽へとイザナワレルらしい。 「往っちゃう」らしい。 実は、私は、「癒し」ということばは、あまり好きではない。 自分の意志ではないにしろ、この世に生まれてきてしまったんだから、 極力自分で、疲れを取り取り、生きていくのが、正しいと思うのだ。 体が疲れたら、どうするか? 眠る。 規則正しい生活をする。 栄養のバランスのとれた食事を摂る。 適度な運動。 では、心が疲れたら? やっぱり、体の時とおんなじだ。 眠る。 規則正しい生活をする。 栄養のバランスのとれた食事を摂る。 適度な運動。 まず、これなんだ、と思う。 これこそが、自然治癒をもたらすのだと思う。 そして、 これが主食だとしたら、私の場合、おかずは「笑い」だ。 そういう意味では、私の「癒し系」は彼らだった。 ―――[ザ・ドリフターズ]! 長さん率いる、あの、「全員集合」のドリフである。 子供の頃、 厳しい両親に叩かれて、けなされて、悲しみのどん底でも、 ドリフを見れば全部忘れた。 探検隊コントに、長屋コント、兄弟コントに、幽霊コント、新婚コントに、 剣道コント、相撲部屋コントに、商店街コントに、すいかコント・・・・・・!! めくるめく、馬鹿らしきワンパターンの世界。 「志村! カトチャ! 後ろ!後ろ!!」 と、必死に画面に向かって叫べども、 「へ?」と言って、後ろの幽霊に気付かない志村。 むずむずむずむずしながら見ていると、いよいよ幽霊に気付き、 「うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」と、ひっくり返る志村と茶。 もう、たまらんっ!たまらんのである! ジュリーと志村がお揃いのとっくりセーターを着て、鏡そっくりに動く。 そのうち、動きがずれる。どんどんずれていく。 がはは! がはははは!なのである! 夢の様な時間が過ぎ、 9時になると、背後から、 「もう寝ろ」 と言われて、現実に引き戻される。 しかし、もう、どんなに嫌な事を言われても大丈夫だった。 ドリフを見たから、もう、大丈夫になったのだ。 ドリフは、食べ物を粗末にするから、教育に悪い、とか、 きたない言葉遣いが、子供たちに悪影響だ、とか、PTAには不評だったが、 少なくとも、私にとっては、子供の世界のクサクサを晴らしてくれる、「癒し」であった。 「全員集合」が終わったから、子供はイラつき始めたのだ! ふんっ! 大声で笑わなくなって、ダーティーパワーを昇華する場を失ったのだ。ふん! あるいは、子供のイラつきが、「ドリフ」のキャパシティーを超えてしまったために、 「全員集合」が終わったのかもしれない。ふん! どちらにしても、子供にとっての大切なモノが、「整理」されてしまったがために、 今の時代に問題が出てきているのだ。ふん!ふん!ふん!だ! こら!大人たちよっ! 一見、馬鹿らしい事、くだらない事を、整理しないで欲しいのだ。 笑って、笑って、笑って、笑って、どきどぎどきどきどきどきどきどきして、 その後、あとかたもなくなってしまう様な事を、無駄な事だと思わないで欲しい! それこそが、人生ではないか。 生まれて、生きて、笑って、死んで、あとかたもなくなってしまう、それこそが私なのだ! おや? やっぱり、「往っちゃう」事が、「癒し」なのか? また、フリダシに戻ってしまった。 もっとドリフを! もっと笑いを! 御大層な「癒し」なんていりません! あの頃のように、真っ白になるまで笑い転げたいのです! 笑って笑って笑って笑って、気がついたら人生終わってた、 ―――そういう人に、私はなりたいっ! のだ! ふふんのふん! だ!! (おわり) |