「 ハッピーバキューマー 」

 12月25日の朝早く、
何かとがったものに顔をぶつけて
「いたたた」と言いながら目を覚ますと、
なんと38歳の私に
サンタさんからプレゼントが届いていた。

 それは一見、ただの
「曲がるストロー」
であったが、
フィンランド人のサンタが書いたとおぼしき
つたない日本語で
「しあわせ すいとりき」
と書いてあるメモが付いていたのだ。

 私は、上体を起こして、なぜか疑いもなく
「ス〜」
と、ストローで一息吸ってみた。

 すると、
世の中の色が変わった。

 今までは、低血圧で、
生きているのがつらくなるほど
憂鬱だった朝が、
朝日キラキラ、
小鳥チュンチュン、
お目々に星で、
子の寝顔、天使!
・・・・・・なのである。

 何だ! これは!
 凄い効き目ではないか!

 私は、飛び起きた。
 今までただ面倒だった「家事」が
幸せな「ハウスワーク」と化している。

 食事を作れば、
家族はみんなおいしいおいしいと言って
私に向かって笑顔を投げかけてくる。

 山のような洗濯も、
ザブザブ洗ってすっきり、
青空の下に、たくさん干せて達成感、
昼過ぎには、さっぱり乾いて爽快!

 掃除すりゃ気分もさっぱりし、
買い物に行けば、
家族の
「アレ食べたい」
「またこれ作って」の
明るい声が脳裏をよぎり、
「よ〜し!」と張り切る自分がいた。

 どうしたってんだ?

 今までのふてくされた私は、
どこへ行った?

 何をしても
「幸せだなあ!」
と感じるし、
何を見ても
「素敵だなあ!」
と思う。

 どうしたの、この明るい気分は?

 にこにこ笑っている子供たち。
 微笑みかけてくれる夫。

 なぜ急にみんな、
私に笑いかけてくれるの?

 鏡を見たら、私が一番笑っていた。

 さては、みんなの笑顔は
私の笑顔を映していたのか?
 家族の表情は、
私の表情の鏡だったの?

 では、今までのしかめっ面は、
一体・・・・・・?


 クリスマスの朝にもらった
「しあわせ すいとりき」
と言う名の「曲がるストロー」。

 この効き目たるや!

 私は、夜、
子供が寝た後に、
また、そっとその「すいとりき」で、
「しあわせ」を吸ってみた。

 その晩見た夢は、
夫と死に別れ、
子供たちがみんな遠くに住み、
ひとりで施設のベッドで
寝たきりになっている年老いた私・・・・・・
というシチュエーションだった。

 それでも驚くことに、
私は幸せであった。

 使命感を以って
夫をしっかり見送れたという自負。
 子供たちが全員、
まともな大人に育ってくれた幸運。
 暖かい部屋で
暖かい布団の上で
死に行く幸運。

 その年老いた私は、
施設の職員にニコニコと微笑んで
ありがとうと言って死んでいくのだ。

 どんなシチュエーションでも、
心に「アンハッピー」というフィルターを付けて生きていると、
全て不幸に感じる。

 どんなシチュエーションでも、
「ハッピー色」のサングラスを掛けていれば、
何だって幸せに見える。

 ああ、私は、何て幸運なのだろう。

 この「ハッピーバキューマー」装置で
幸福を吸いながら生きていける。

 もうどんな不遇も悲運も怖くない。
 すべてを幸せと感じることができる未来を
手に入れたのだから。

 サンタさん、ありがとう。
 こんな半端な中年の私に、
身に余る贈り物を、ありがとう!

 ところで、サンタさんの書いたメモ紙は、
どこかで見たようなデザインだったな。

 下に「愛愛生命」と書いてあって・・・・・・
確か、うちの電話のところにあるヤツだよね・・・・・・


 ま、いっか。

 幸福を、ありがとう!


              (了)
(小さなお話) 2004.12.7. あかじそ作