「 ヨボヨボドライビング 」

 寒風吹きすさぶ中、
末っ子の乗った幼稚園バスを待っていると、
向かいのマンションから
細かいビブラートのかかった
じいさんの声が聞こえてきた。

 「それじゃあ、またくるからよ〜う」

 声のする方を見ると、
毛糸の帽子を頭のてっぺんに
ななめに乗せた90がらみのじいさんが
よぼよぼよぼよぼ歩いて家から出てきた。

 その後をばあさんが歩き、
またその後を2、3歳の孫かひ孫と思しき幼児が、
「また来てね〜!」と、
高い声を張り上げながら歩き、
そしてまた、その後を、その親が歩いていた。

 じいさんの帽子は今にも落ちそうなくらい
かぶり方が異常に浅かった。
 本当に、ただふんわり乗っているだけなのだ。

 気になる・・・・・・

 なぜもっとちゃんとかぶらない?

 よぼよぼ歩くと、体は左右に大きく揺れるが、
そのふんわり帽子は落ちそで落ちず、
常に寸止め状態でじいさんの頭に
しがみついているのだった。

 「一歩=1センチ」というような歩みに、
年老いた妻や孫たちがのんびりついて行く姿は、
愛に満ち溢れた光景で、
私は、寒さを一瞬忘れ、暖かい気持ちになり、
目は、彼らの姿に釘付けになった。

 ・・・・・・が、
じいさんが、1センチ2センチ進むうち、
そのよぼよぼの歩みが、
そこにある真っ白な高級外車に向かっているのに
気付き愕然とした。

 これに乗るの?
 まさか、じいさんが、この車を・・・・・・
運転するのか?

 そして、10分後、
やっと車のドアまでたどりついたじいさんが、
震えるその手で高級車のドアを開け、
超スローペースながらも颯爽とした動きで
運転席に乗り込んだ。

 「ばいば〜い!」
 「じいちゃん、ばいば〜い!」

 幼い孫(ひ孫?)に手を振られ、
じいさんは、ゆっくりエンジンをかけた。
 そして、10秒後、白い高級外車は、
ゆるりと動き出した。
 そのあと、ゆっくり加速するのかと思いきや、
そのまま超徐行で交差点まで突っ込んで行った。

 結構交通量の多い道路なのに、
そのすさまじい徐行運転でどこまでも進み、
あっと言う間に大渋滞を引き起こしていた。

 しかも、中央線は一切無視で、
幅8メートルの道路の真ん中を
もんのすごくゆ〜〜〜っくり進んでいった。

 道は、上りも下りも、
大混乱に陥っていった。

 おいおいおいお〜〜〜い。

 じいさんの後ろには、
長い長い車列が作られ、
激しいクラクションがあちこちから鳴らされていた。

 するとじいさん、何を思ったか、突然、
「キキキキーッ」
と、タイヤをきしませて急発進し、
猛然と遥か彼方に消えていった。

 おそらく軽く時速100キロは出ていたと思う。

 あぶねえ!
 あぶねえあぶねえ!

 よぼよぼ走っているならともかく、
突然足に力が入っちゃって
アクセルダダ踏みだもの!

 一時停止も交差点も、
左右確認も横断歩道も、
信号も交差点も、
関係ないんだもの!
 足の動きの赴くままに、
好きな所へ好きなスピードで行っちゃうんだもの!

 あれは、あれでいいのかえ?

 この道が子供たちの通学路であることに
一抹の憂鬱感を覚えながら、
私は、ぼんやり立ちすくんでいた。

 すると、私と同じように
そのじいさんの車を見送っていた孫一家は、
ぽつりとひと言、
「じいちゃん、ほとんど足動かないけど、
車大好きなんだって。元気だよねえ!」
と、言い、
「ははははは」
と、和やかに笑って家に中に入っていった。

 「ははははは」って・・・・・・

 末っ子を乗せた幼稚園バスが来た。
 先生に挨拶し、子供を受け取って、
笑顔でバスを見送ると、幼稚園バスは、
これまたタイヤを「キキキ」ときしませて、
急発進、急カーブで道を右折して行った。
 バスの後ろの窓から見えた幼児たちは、
その小さな体を、激しく左右に揺すぶられていた。

 いいのか?
 これで?
 みんな、道路が
こんなんでOKなんでしょうか?



        (了)
(こんなヤツがいた) 2005.2.1. あかじそ作