やんやんマンの入学」の巻 
テーマ★ 入学式


次男は、お腹に入った瞬間から、私を苦しめた。
妊娠判明から出産まで、ずっと吐き気が続き、腹の異物感に苦しんだ。
ヤツは、出産時、羊水を大量に飲みこみすぎて、しばらく産声を上げず、
医者もあせったが、鼻と口にカテーテルをつっこまれて、羊水をジュルジュル吸い出され、
酸素をゴオゴオ吸わされて、やっと泣いた。
泣いたと思ったら、
「おえ〜」
「おえ〜」
と、酔っ払いオヤジのように、エヅイテいた。
出産後も、私は、2〜3日腹痛が続き、退院の検査の時に、
子宮に胎盤が残っていたのが発見された。
親子ともども、危なかった。

生まれてから、1歳になるまで、起きている間は、ずっと抱いていないと
狂ったように泣きまくる赤ん坊だった。
午前5時から午後5時までが、ヤツの目覚めている時間で、
その間12時間は、
「母親の私」が
「右肩」に
「立て抱き」で
抱いていないと、キングギドラのように泣きわめく。
そのひとつでも違うと、ヤツは、やはり泣きわめいた。

上の子も、2歳になったばかりの気難し屋だ。
僕も抱いてくれ、と、私の腰にぶら下がって、一日中ぐずぐず泣いた。
夫は、仕事で、ほとんど家に帰らず、ひとりぼっちで、フラフラだった。
私は、完全に、疲れきり、ノイローゼになった。

――1歳2ヵ月、ヤツは歩いた。

私は、ヤツを下に置く事を許され、そして、すぐに、三男を妊娠した。

三男出産後、我々夫婦は、三男の重症のアトピー性皮膚炎に振り回される事にな
る。
目・鼻・口以外の顔の皮膚は、すべて、ずるずるに破れて血まみれだった。
腕や、足も、顔ほどではないが、夜中眠れないほどの痒みだった。

その間、虚弱体質の長男が、ひどい喘息になり、入退院を繰り返していた。

そして、その、ひっちゃかめっちゃかの間に、ヤツは、じわじわと育ち、
いつの間にか幼稚園に入り、そして卒園していた。

長男の時は、初めて尽くしなので、親も必死で頑張った。
三男は、ちっちゃくて可愛いので、親も特別に可愛がった。
四男は、もう、「なんでこんなに可愛いのかよ」と、孫扱いだ。

次男は・・・・・・。
いけない! 知らない間に入学だって!!

はっきり言って、ほっぽらかしていた。
申し訳ないが、いっつも、やんやんやんやん、と、ジダンダ踏むアイツを、
「やっかいなヤツ」
とばかり思っていた。

ランドセルを背負い、黄色い帽子を被って、ご満悦の次男は、
私の手を握り、下唇を突き出して、誇らしげに歩いた。
手の甲が、カサカサだ。
タンパク質が足りないのだろう。
ヤツが、魚を食べないのも、6年間、そのままにしてしまった。

次男を愛していないわけではない。
むしろ、いつもいつも心にひっかかっている。
私にそっくりなのだ。
顔も、気質も、性格も、体質も。
だから、やっかいなのだ。
いらいらしてしまうのだ。
いつも、鏡を顔面に、ぐいぐい付きつけられているようで、いやんなっちゃうのだ。
できれば直視したくない、と言うか、私は私を見るのがつらいのだ。

「お母さん、僕、今日から、ピカピカの1年生だね!」
「はいはい」
「お母さん、嬉しい?」
「はい、嬉しい嬉しい」
「給食楽しみだなあ!」
「そうだね」
「やったーっ! 小学生だぞ!」
「ああ、よかったね」

ヤツは、ヤツの方から、ぐいぐい来る。
困った事があると、即、訴えて来る。
外で起こった事は、逐一、私に報告してくる。
でも、いずれは、そうではなくなってくるだろう。
そんな時に、私は、今までのように、ヤツを忘れてはいけないのだ。
ぐいぐいと来なくなっても、チラチラと、ヤツを見守っていなければ。

お前が、健康なばっかりに、忘れてしまってごめん。
お前が、やんやんやんやん、主張できるばっかりに、気にかけるのをさぼってごめん。

カサカサのお手々が、母に教えてくれたよ。

長男を、必死になって諭す母を、
三男を、手取り足取り世話する母を、
四男を、ネコッ可愛がりする母を、
じっと見詰めている次男が居る事を。

先生に、名前を呼ばれて、
「ハイッ!」
と、元気良く答えると、その直後、ヤツは私を見た。

おそらく、アイツが一番、私を見ている。


入学後1週間は、学校の近くまで親が迎えに出る事になっているのだが、
8日目の今日も、結構、多くの親が、迎えに出ていた。
そういう自分も、少し離れた電柱の陰で、ヤツの帰りを待ち、
ヤツを尾行しながら帰ってきた。

アイツを心配している自分に、正直、びっくりした。

子供がたくさんいると、いや、そうでなくても、子供への愛情は、決して平等とは限らない。
でも、やっぱり、一応、みんな愛しているのだな、と、我ながら感心した。

これから、子供が5人になろうと6人になろうと、7人になろうと、
決してひとりひとりへの愛が目減りする事もないだろう。
むしろ、増幅すると思う。

やんやんマン、これからも、母を愛してくれたまえ。
母も、愛していくでしょう。
お互い、わかりずらい愛だけれどね。

(おわり)