「 かなしい思い出 」 |
父の仕事の都合で、3年ごとに転校していた私は、 神奈川県に、ある思い出がある。 小学校低学年の頃、 転入したばかりで、もじもじしていた私に、 親しく話しかけてくれた、 井上さんと槌田さんとの思い出だ。 それは、30年近くたった今でも、 ときどき夢に出てきては、私を苦しめる、 忘れられない、かなしい思い出なのだ。 人見知りな私を、仲間に引き入れてくれた、 井上さんと槌田さんとも、 いよいよお別れの時がきた。 3年経ったから、また転校ということになったのだ。 もうすぐ3学期も終わり、 クラスでのお別れ会が催された次の日、 突然、井上さんと槌田さんが 私を無視し始めたのだった。 他の友だちに理由を聞いてもらっても、 「自分の胸に聞いてみな」 と言われた。 私は、一生懸命、 あのことかな、このことかな、と、真剣に考えてみたが、 いつも朗らかなふたりが、 そんな小さなことで無視してくるとは思えなかった。 終業式の日の帰りの会のとき、 突然、井上さんが手を上げて、 「リカちゃんが、校庭にゴミを埋めているのを見ました!」 と言うと、続いて、槌田さんが立ち上がり、 「私たちの大切な校庭を汚す人は許せません!」 と言った。 私は、まったくそんなことをした覚えはなく、 狐につままれたようにポカンと口を開けていたのだが、 その私に、クラス全員の冷たい視線が浴びせられ、 今日を最後に転校していく私にとって、 耐えられないほどの仕打ちとなった。 「もう転校して関係なくなっちゃうからって、ひどいと思います!」 「そういうことをする人だとは思いませんでした!」 という女子たちの意見が次々挙がり、 私は、その場にいたたまれなくなってきた。 「どうなんですか? 赤木さん!」 担任の先生も、語気が荒かった。 「私は、ゴミなんて埋めていません!」 私は、震えながら必死に言ったが、 すかさず、井上さんと槌田さんが、 「いいえ! 私たちはちゃんと見ました!」 「あの桜の木の下です!」 と言うと、先生の目もキッとなった。 「赤木さん、先生は悲しいですよ。 『たつ鳥、後を濁さず』っていうことわざがあるように、 引っ越して行くあなたには、 最後までちゃんとして欲しかったですね。 はい、では、日直!」 と、一気に言い切ると、 私のこのクラスでの学校生活をバッサリと終わらせた。 その後、気をつけ、礼、をして、 みんなは三々五々、教室を出て行った。 私は、急いでランドセルを背負うと、 一目散に桜の木の根元に駆けて行った。 そこには、真新しい、土の掘り返した後があった。 (あっ! これは!) 私は、さっきみんなの前で このことを思いだせなかった自分のバカさを憎んだ。 おととい、私は、ひとりでここに、 確かにあるものを埋めたのだ。 ビニール袋に入れた、 井上さんと槌田さんとの思い出の宝物だった。 井上さんにもらった、イチゴの匂い消しゴム、 槌田さんと交換した千代紙をたくさん、 そして、転入したばかりで心細かった私に やさしくしてくれたふたりへの感謝の手紙だった。 この間テレビのニュースでやっていた、 「タイムカプセル」というものを、 私もやってみようと思って、 おとといの放課後、ここに埋めたのだった。 真実をみんなに、いや、せめて、 井上さんと槌田さんに知らせたい。 しかし、私は、 何かに縛られたように体が動かなくなって、 その場に立ちすくむしかなかった。 その後、どうやって帰ったか、 誤解は解けたのか、 すべてのことをまったく覚えていない。 ただただ、かなしくて、 自分が信じられなくなって、 それから30年経っても、 私のぼんやりとしたかなしさは、 にじむばかりで消えてはくれなかった。 こんなことは、子供の頃には、 よくあることなのかもしれないが、 大人になった私は、 その頃の私を思いきり抱きしめ、 「リカちゃんあなたは、悪くない」 と、言ってあげたい。 「だからそろそろ、自分を許してあげなさい」 と、言ってあげたいのだ。 (了) |
(青春てやつぁ) 2005.3.22. あかじそ作 |