「 亀井さんのお誕生会 」 |
小学校の3年生頃だったか、 クラスに目立たない女の子がいた。 名前は亀井さんといって、家はラーメン屋だった。 比較的社交的だった私は、 目立つ友だちばかりに囲まれていて、 おとなしい亀井さんとは、 ほとんど話したことがなかったが、 ある日突然、亀井さんの誕生会に誘われた。 友だちが10人ほど誘われたのだが、 みな亀井さんとは付き合いがなく、 「どうする? 行く?」 と、休み時間に教室の隅でこそこそと相談していた。 とりあえず、みんな行ってみよう、ということになり、 私は、母親にプレゼントを買うお金をねだった。 今は、どうなのかわからないが、 30年程前の小学生の間では、 誕生日に自分の家に友だち数名を招き、 ちょっとしたご馳走を食べたり、 プレゼント交換などをするのが流行った。 詳しくは覚えていないのだが、 その時お金をねだられた母は、 「もらい物のバッグがあるからこれを持って行きな」 と言って、ビニールコーティングされた チェックのショッピングバッグを渡してきた。 子供の私が見ても、 それが新品で結構いい品だということはわかったが、 少なくとも子供向けではなかったと思う。 私は、 「これじゃなくて、何か買うからお金ちょうだい」 と言ってみたが、 「そんなお金は無いよ」 と一蹴された。 当日、私たち数人は、亀井さんの家でやっている ラーメン屋の戸を恐る恐る開けた。 油っぽい店内のカウンターの奥から、 「いらっしゃい!」 という元気のいいおじさんの声が聞こえた。 「みんなよくきてくれたね。さ、二階の座敷に上がって!」 後から白い割烹着を着た 亀井さんそっくりのお母さんが出てきて、 声も無く案内してくれた。 お母さんという人は、どこかびくびくとしていて 亀井さんの放つ雰囲気そっくりだった。 私たちは、いつものお誕生会とは違う雰囲気に ドキドキしながら、ギシギシいう古い木の階段を 黙って昇っていった。 そこには6畳ほどの座敷があり、 足が折りたためる安っぽいテーブルが並んでいた。 いつものお誕生会では、 部屋じゅうにお母さんの手作りの飾り付けがしてあったり、 丸いケーキや唐揚げなどが テーブルいっぱいに広がっているのだが、 ここには、シミがある壁と擦り切れた畳と カチャカチャしたテーブルしかなかった。 亀井さんがお母さんに付いて下に降りていったとき、 私たちは、声も立てずに目と目を合わせた。 みんな、「何だか、変だね」と顔で話していた。 ところが、次の瞬間、 座敷のふすまが勢いよく開き、 「へい、おまたせ!」 という威勢のいいおじさんが お盆いっぱいにラーメンを乗せて入ってきた。 「わ〜〜〜〜!」 みんな、いっせいに歓声を上げた。 朱色の渦巻き模様のラーメンどんぶりに 山盛りいっぱいのモヤシが乗ったラーメンが、 おばさんや亀井さんによって 湯気を立てながら部屋にどんどん運び込まれた。 寂しいテーブルの上には、 あっという間に旨そうな出来立てラーメンが何個も並び、 にぎやかなウタゲの席ができあがった。 幼い女児たちだけでお店屋さんに来て、 ラーメンを食べるなんて、 何だか悪いことをしているような、 急に大人になったような、 複雑な気持ちが私たちの間に起こり、 座敷は、一種異常な興奮状態に包まれた。 「おじさん、私、モヤシ嫌いなの」 と私が言えば、 「おじさんちのモヤシは、 油でサッと揚げてあるから旨いんだぞ」 と亀井さんのお父さんが言い、 試しに食べてみると、 シャキッとしていて、ほんのり甘く、 本当に今まで食べたことがないほどのおいしさだった。 「おいしい! モヤシって、おいしいんだね! 私、来てよかった! 好き嫌いがひとつ直った!」 と言うと、おじさんもおばさんも、 本当に嬉しそうにワッハッハと笑い、 いつもは人前でほとんど声を発しない亀井さんも、 手で口を抑えて、くすくす笑った。 「おいしい! このラーメン!」 「チャーシューもおいしいよ!」 友だちもみんな、もりもりラーメンをかき込み、 汁まで全部飲んだ。 そんな私たちを、 亀井さんのお父さんとお母さんは、 座敷の入り口で正座して、 微笑んだり、涙ぐんだりしながら見ていた。 その後、プレゼント交換があったのだが、 普段は、文房具屋などで買った 可愛いものを持ってくる友だちがみんな、 明らかに「家での不用品」を持ち寄ってきていたのだ。 みんな、申し訳なさそうに下を向いて、 「ごめんね」 と言いながら渡していた。 亀井さんは、ちょっと青い顔になりつつも、 「ありがとう」「ありがとう」 と、ひとりひとりに頭を下げていた。 私は、家で自分で包んだバッグを渡すと、 亀井さんは、ハッと顔を上げ、 「赤木さん、ありがとう!」 と目を輝かせた。 どうやら、私のプレゼントだけは、 「お店でわざわざ亀井さんのために選んだもの」 だと思われたらしい。 私は、 「どういたしまして」 と小さい声で言うのがやっとだった。 次の日、学校の廊下で、 掲示された絵をひとりで眺めていると、 亀井さんがそっと近づいてきて言った。 「ねえ、赤木さん、どうしてあんな高級品くれたの?」 亀井さんは、どんな言葉を聞きたがっているのだろう? 私は何を言ったらいいのだろうか? 一瞬悩んだ後、私は答えた。 「友だちだから」 「ふーん、そうか、そうなんだ〜」 亀井さんは、嬉しそうにスキップして去っていった。 しかし、私は、自分の発した、 いかにも偽善に満ちた嘘臭い言葉に嫌悪していた。 私はこんなに嘘つきなのに、 亀井さんはあんなに喜んでいる。 私は、こんなに嫌なヤツなのに、 亀井さんも、亀井さんのお父さんもお母さんも、 私を全然疑っていない。 あんないい人たちを、私は・・・・・・。 それまで私は、わけもなく、 亀井さんを「かわいそうな人」だと思っていた。 自分の方が何だか偉いような気がしていた。 しかし、亀井さんは、両親にあんなにも愛されている。 とっても幸せな人で、とってもいい人だ。 全然「かわいそうな人」じゃない。 あれから私は、 モヤシが大好きになったし、 亀井さんちで食べた、 「支那そば」と呼ばれるような、 オーソドックスなラーメンの味が どうしても忘れられなくなっている。 苦い思い出のオマケ付きで。 (了) |
(青春てやつぁ) 2005.5.10. あかじそ作 |