「溺愛」 テーマ★らぶらぶっちゅっちゅ 夫は、夫の母のすさまじい溺愛で、舐められるようにして育った。 そのおそるべき溺愛エピソードを2、3、紹介しよう。 夫は、3歳で(浄土真宗なのに)クリスチャン系の幼稚園に、3年保育で入園し た。 それまで、食事と言えば、<お椅子に腰掛けて><お口を開ければ> <お母さんが><やってくれる>ものであった。 入園して初めて、「食事とは、自分でするものだ」という事を知った。 知ったが、今までした事がなかったので、できなかった。 幼稚園の3年間、夫は、お弁当の時間、<お椅子に腰掛けて><お口を開けて> <先生に>やってもらっていた。 何十年か後、夫の母親は、その時の担任の先生に再会した時、 「3年間、一口一口食べさせた、忘れられない子供です」 と言われて、ほのぼのした気分になったそうだ。 ほのぼのって・・・・・・。それでいいのか? その言葉は、嫌味ではなくて? 夫の出身地は、石川県金沢市。冬は、当然、雪が降る。 今から32年ほど前、夫が6歳の頃の話である。 その年は、何年ぶりかの大雪で、2階から出入りしなければならないほど、 大量の雪が積もっていた。 当時、ひとりっ子だった夫は、雪深い道を、母親におんぶされていた。 ひいひい言いながら歩く母親に、 「おかあさん、がんばれ。おかあさん、がんばれ」 と、応援しながらおぶわれていた。 超肥満児の6歳児である。 その頃を振り返って、夫の母は、涙目で言う。 「やさしい子やった・・・・・・」 私、生意気なヨメかしら? 間違っていたら、ごめんなさい。 あのう・・・・・。 本当に優しい子だったら、自分の足で歩くのでは・・・・・・? 夫の母は、面倒な事、可哀相な事は、子供が不憫だと言って、 すべて自分でやってしまった。 そして、夫は・・・・・・ 大学を7年かかって卒業し、自動車教習所を期限内で卒業できず、 再度入学しなおして、何とか、かんとか、免許を取った。 東京の、ひとり暮らしのアパートでは、寂しくてたまらず、 演劇部の部室で暮らしているうちに、母性本能たっぷりの4つ年下の娘に興味を持た れ、 「なされるがままに(?)」結婚し、現在に至った。 その間、<朝、会社に行かなくちゃいけないけど、眠いから起きない> <遅刻しても全然気にしない><会社の鍵をなくす>などで、 何度も転職し、妻の貯金も、食い潰した。 現在、彼は、妻にどやされながら、日々、成長している。 ただ今、<小学5年生レベル>まで進んだ。 そして、5人を扶養している。 「家族5人を養う小5」 ある意味、立派である。たいしたものである。 母の溺愛によって、夫は、ゆるぎない<マイペース>を手に入れた。 そして、妻の溺愛(?)によって、人として、成長しようとしている。 幸せな男である。 ん? 幸せなのか? それは、誰にもわからない。 (おわり) |