「憑き物が落ちる 」

 ここ数週間、
妊娠中の腹が日に日にグイグイ出てきているのと比例して、
自分でもコントロールできないくらいにイライラしていたのだが、
今朝、突然、憑き物が落ちたように元に戻った。

 何なんだよ!

 おそらく、これは妊娠に伴うホルモンバランスの崩れから来るもので、
生理前に多くの人が陥るヒステリックな感情だったのかもしれない。

 思えば、この私の狂ったような不機嫌で、
家族は、右往左往していたし、随分傷ついた人もいるだろう。
 そういう私本人も、行き場のないイライラを持て余し、
本当に変になりそうだった。

 こういうのって、なんとかならないものなのだろうか?

 生理の前のイライラには、「月経前何とか症候群」、
更年期には「更年期性何ちゃらウツ症候群」、
妊娠中のイライラや落ち込みには、「マタニティブルー」
などと、一応病名や呼び名がついているけれど、
こんな可愛い言い方では済まないと私は思う。

 この症状に苦しむ本人のつらさと周囲の苦しみをもっと宣伝して、
世間の「共通の認識」としたほうがいいと思う。

 とにかく、理屈ではどうにも収まらない腹の虫が
キーキーキーキー騒いでどうにもならなくなるのだ。
 あるいは、過去の嫌な体験とか、ひどい思い出が
いっぺんにこみ上げてきて、半端でなく落ち込み、
もうこれ以上生きること自体がつらい、と思ってしまうほど
重症化している人も大勢いるはずなのだ。

 ホルモンてやつがある限り、
誰にでも陥る可能性がある症状なのだ。

 この心理状態をちゃんと理解して、
救済する手立てをとらないと、虐待もなくならないし、
自殺もなくならないと思う。

 最近は、「ウツ」は病院へ、と、広告しているけれど、
私の知る限り、自分を「ウツ」だと冷静に認識できる人は少ないし、
自分の状態を「ウツ」だとわからないまま、
どんどんドツボにハマってしまう人がかなり多い。

 日常の中の「情緒不安定」あたりのときに
何とか食い止めて、自己管理できるようになれば、
「病気」の域に入る前に元に引き返せる人はたくさんいるし、
虐待される人も減るだろう。

 どちらかというと「情緒障害」的な私が言うのも何だが、
「精神衛生」について、日本はもっと力を入れるべきだ。

今の日本が、
「自分を『世の中の基準』に無理に合わせる人」や、
「必死になって『標準的な生活をできるだけの金』を稼ぐ人」という
人たちばかりから作られているのだとしたら、
その「無理」や「必死さ」が、
日本を生きにくくしているのではないか?
 その歪んだ頑張りこそが、
自らの首を絞めているのではないか?

 もし、多くの人たちが必死に求める
「世の中の基準」や「標準の暮らし」が、
「経済的に余裕のある暮らし」
に設定されているのだとしたら、
それは、もう時代遅れもはなはだしいのではないか?

 もう、そんなものは世界レベルから見たら、
とっくに満たされているではないか?
 それよりも、何よりも、生きることに一番必要な、
「人間らしい暮らし」が、金と引き換えに
まるっきり捨て去られているではないか?

 「金がかかるから子供は産まない」
とか言ってるから少子化になるし、
「金が無いから親を引き取れない」
とか言ってるから老老介護の現状があって、
「金が減るから仕事が休めない」
とか言ってるから、
孤独な若いママが追い詰められて、
児童虐待が起きるんだ。

今の社会問題のほとんどは、
何でもかんでも「まず金ありき」だから起こったのだ。

 野生の動物や虫でさえも、
誰にも教えられずに当たり前にできていることを、
今の人間は、できない。

 「生きにくい時代だ」
と感じている人は、いっぱいいるのに、
一人ひとりが個々に悩んで病んで、
個々に自滅していくしかないなんて、
お人好しにもほどがある。

 個々に治療していたんじゃもう追いつかないんだ。

 日本中の人たちが、
いっせーのせ、で「基準」や「標準」を見直して、
このおかしな「憑き物」を落とさなければ
いつまで経ってもラチが明かない。

 全員が同じ価値観になろう、と言うのではなく、
全員が同じ価値観の中に納まろうとするのをやめよう、
ということだ。

 もっとみんなの心に余裕があれば、
今ある問題は、かなり減る。
 ホルモンバランスの崩れからくるイライラも、
きっと緩和されるだろう。

 もう、世界中に
「いっせ〜の〜」
と声をあげ始めている人たちは大勢いるはずだ。
 その声をひとつにまとめるためにも、
私たちも勇気を出して、声を上げよう。
 自分なりのやり方で。

 私は、とりあえず、
「子供が大勢いる生活は楽しいんだぞ!」
「金が無くても家族の力で幸せになれるぜ!」
ということを世の中にアピールしていこう。

 近所の人や、ネットを通じた付き合いの中で、
「そうかも〜」
と思って
「イッチョ子供でも産むか」
とか思ってくれる人がいれば、
これは立派な「NPO活動」なんじゃないの?
 (・・・・・・って、ホントかよ)


   (了)


(しその草いきれ) 2005.6.7. あかじそ作