「 39歳のチャレンジ 6 」 |
中年太りか、妊婦なのか、 微妙な線だと思っていたのは、私ひとりであった。 先日、幼稚園の保育参観に行ったとき、 猛暑ということもあり、 私は、参観中に貧血を起こし、静かに退室した。 顔見知りのママさんが 代わる代わる廊下でしゃがみこむ私の元へやってきて、 「おめでた?」 とか 「ツワリ?」 とか聞いてきた。 そうストレートに聞かれると、素朴な性格の私は、 「うん」 と即答してしまう。 そこで、個人的に 「わ〜5人目、頑張ってね!」 「応援するよ!」 と盛り上がられるのだが、彼女たちが教室に戻ると、 また私は廊下でひとりになり、静かに冷や汗を拭っていた。 参観が終わり、みんなが廊下に出てくると、 会う人会う人、 「おめでたじゃないよね?」 「ツワリじゃないよね?」 とほぼ全員が声を掛けてくるので、 もうめんどくさくなり、 「そうなんだよね」 と、ことごとく認めてしまった。 すると、そのうちの数人が 「お〜い、○○ちゃんのママ〜! やっぱりそうだって〜!」 「ちょっと、みんな〜、やっぱりおめでたらしいよ〜!」 と園舎に響き渡るほどの大声で叫んだ。 みるみるうちに私の周りに20数人の人垣ができ、 まるで芸能人が囲み取材を受けているような状況になった。 「ねえねえ、それって計画的なの?」 「あ、前から5人欲しかったから」 「一番上の子とは何歳離れてるの?」 「13歳かな?」 「やっぱり女の子が欲しくて?」 「いや、もうどっちでも・・・・・・」 「産み分けとかしたの?」 「してない」 「いつ生まれるの?」 「11月」 「お兄ちゃんたちは何て言ってる?」 「大喜びだよ」 「お父さんはいくつ?」 「もうすぐ43だよ。私は39歳だけど」 「病院はどこ?」 「○○町の新しいところ」 「お金大変じゃない?」 「ずっと前からずっと大変だよ」 気がつくと、知らないよそのクラスのお母さんまでもが加わり、 「ええっ?5人目なんですか?」 とまた一から質問が繰り返されるからたまらない。 (勘弁してくれよ・・・・・・) 最初から、みんなうわさしていたのだと言う。 「『ツヨシくんのオカーチャン』の服、怪しくない?」 と。 『ツヨシくんのオカーチャン』というのは、私の通称で、 ツヨシがいまだに「さしすせそ」を「ちゃちちゅちぇちょ」と言うのを みんなで可愛い可愛いと言い、 更に、私のことを「オカーチャン」「オカーチャン」と呼ぶので、 結果、私は「○○(四男)くんのオカーチャン」という呼び名で通っているのだった。 「服が微妙だとは思ってたんだよね」 「みんなでそうじゃないの、って言ってたのよ」 そうか、普段、ボーイッシュな服ばかり着ている私が、 いきなりフリフリチュニックを着ていたら、返って目立つわなあ・・・・・・。 「でも、すでに4人も子供がいるんだから、『それはないよ』って言ってたのよ」 「いや、『4人も産む人なら、それ以上もあり得る』とも思ったのよ」 ちょっと〜! あんたたち! 子供の参観そっちのけで、どんだけ盛んに人のこと噂してたのよ! 面白いか! そんなに珍しいか? 昔は、みんな普通に5人10人産んだんだぞ! ちょっと生まれる時代が遅かっただけじゃないか? そんなに好奇心むき出しで立ち入った質問までしてくるなよ! みんなに知れ渡ったことで、 こそこそ隠さなくても済むようになって、 ホッとした反面、 自分の大切にしているところを 大勢で土足でどかどかと入り込まれたような気もした。 きっと、子供が4人もいるような人は、 どかっと肝が据わっていて、 何を言っても傷つかないし、 何を聞かれてもアッケラカンとしていると思うのだろう。 まあ、無理もないが、 でも、実際は、子供の数と性格は比例するものではなく、 繊細なヤツは繊細で、アケスケなヤツはアケスケなのだ。 どっちかというとシャイで繊細な私は、 みんなの「こうであれ」という期待を敏感に感じたものだから 「ホガラカ子宝母ちゃん」みたいなキャラで接したものの、 実際は、大勢の前でデリケートなことまで大声で聞かれ、 性生活の内情まで吐かされたことに傷ついていたのだった。 まあ、しょうがないけどさ・・・・・・ 家に帰ると、四男が言った。 「ユータ君が『○○くんのオカーチャンのお腹変』って言ってた」 私は一気にがっくりとし、ちゃぶ台に突っ伏した。 疲れた・・・・・・ しかし、まずは、幼稚園ママたちは、クリアか。 この後、どんどん腹がでかくなるにつれ、 次男の友だちのママたちに同じ説明をし、 三男の友だちのママたちに同じ説明をし、 長男の友だちのママたちに同じ説明をし、 近所の奥さんたちに同じ説明をするのだ。 ああ、先は長いなあ! まるで追いはぎにでも遭ったかのようなボロボロな心で いつものように晩御飯のしたくをしていると、 次男が「手伝うよ」と野菜の下ごしらえをしてくれた。 四男は、ビニールに入れたきゅうりの即席漬けを揉み始め、 三男は、家族6人分の箸やコップを、いつもの席に配膳し始めた。 その後、暗くなってから部活から帰ってきた長男が、 「もう、赤ちゃんのこと、友だちに自慢したくて仕方ないよ」 と大声で言った。 そうだよな。 人がどう思おうと、どう言おうと、 そんなのは痛くも痒くもないんだ。 肝心なのは、私には、 新しいアカンボをこんなにも歓迎してくれる家族があり、 母親を懸命にフォローしてくれる4人の息子たちがいる、 ということじゃないか。 めげてる場合ではない。 ストレス受けてる場合じゃないのだ。 6ヶ月後半の妊婦検診で、 エコーに映し出された「中の人」は、 母親が自分の股間を注視していることを知ってか知らずか、 必死にキュキュキュ〜ッと股を閉じて正座し、 まるで性別を隠そうとしているかのようだった。 チンチンが付いているのを見つけられたら 堕ろされてしまうと恐れているのか、 とにかく、エコーではいつも必死に股を閉じている。 堕ろさねえよ! たとえチンチン付いていようと、障害があろうと、 責任持って引き受けてやるからさ! だから安心してのんびり育ってくれよ! 毎度毎度指しゃぶりをしている「中の人」は、 もう私の乳を吸うのを待っているのだ。 一瞬でも、この子の存在を恥ずかしいと思った自分がバカだった。 今日から堂々と腹突き出して歩くぞ。 私の腹の中には、幸福が詰まってるんだ。 (つづく) |
(子だくさん) 2005.7.5. あかじそ作 |