「 39歳のチャレンジ 7 」 |
妊娠7ヶ月。 夏休みに入っていたので、子連れで産科健診に行った。 次男は、林間学校に行っているので、 台風で部活が中止になった長男と、 三男四男を連れて行く。 待合室で看護師さんに 「上のお兄ちゃんだけ、健診に立ち会っていいですか?」 と聞くと、 「いいけど、お兄ちゃんだけでいいの?」 と聞かれた。 「下の二人はうるさいのでここで待たせます」 と言うと、 「あら、3人男の子がいて、4人目なの? えらいわ〜」 と、感心される。 「いえ実は、もうひとり男の子がいるんですけど、 今日は、都合で来られなくて・・・・・・5人目なんです」 と言うと、 「まあ! すばらしいわねえ!」 と、思いっきりほめられた。 しかし、彼女は、たいしたもので、 「じゃあ、さぞかし家の中は、めちゃくちゃでしょう?」 とか 「食費が大変でしょう?」 とか 「いつも喧嘩が絶えないでしょう?」 とかいうお決まりの「二の句」を継がずに、 静かに言葉をゴクッと飲み込んだ。 しかし、その静かな時間の中に、 (・・・・・・大変・・・・・・よね?) (ええ! かなり!) という無言の会話が行き交ったのだった。 診察室に入り、30代前半の若い院長先生に 「お兄ちゃんも見学していいですか?」 と、改めて聞くと、先生は、 「彼が4人兄弟のお兄ちゃんだね。いいよ、よろこんで」 と、ニコニコ答えてくれた。 ちょうど一年前、 先代の院長から現院長に代替わりして、 全面改装したこの産科医院は、 爽やかな先生の人柄もあって、 全体的にとても感じがいい。 で、代替わりしたばかりなので、 「5人目」なんてキワモノが来院したのも初めてらしい。 私が行くと、病院中が、 「あら! いらっしゃいまし!」 みたいなお祭り騒ぎになり、 この産院のモデルケースにされそうな雰囲気だった。 で、診察台に横になるや否や、 「あかじそさんのところは、全員男の子なんだよねえ!」 と、先生が聞いてきた。 「はい」 と言うと、 「むふふ」 と、先生は、声をくぐもらせて笑う。 (ん? なんだ?) いつもは物静かな先生が、 落ち着かない様子で腹回りや子宮底長を測ったり、 そわそわしながらあっちへ行ったりこっちへ行ったりして、 どこか様子がおかしかった。 で、お腹の中を超音波で映し始めると、 「もう辛抱たまらん」とでもいう感じで 「性別、聞きたい?」 と聞いてきた。 私はドキっとした。 今まで、どの医者も、私が 「性別はどっちですか?」 と聞くと、 「産むまで知らない方がいいよ」 と言葉をにごしていた。 「女の子が欲しいんです」 と私が必死に食いつくと、ますますかたくなに 「知らない方がいいって」 と教えてくれなかった。 今回もきっと、そうなんだろうと思って、 聞かないようにしていたのだが、 なぜか、先生の方から積極的に 「どっちが欲しいの?」 と、食いついてくる。 「どっちでもいいんです、無事生まれれば」 と、私が細い声で言うと、 「知りたい?」 と、またまたどんどん食い込んでくる。 私は、かつて、 何度も何度も何度も何度も、 「男の子ですよ」 と言われ、がっくりと落ち込んだ感覚を思い出し、 暗澹たる気持ちで、 「じゃあ・・・・・・教えてください」 と、暗い声で答えた。 正直、今は、本当に男でも女でも どちらでもいいと思っているのだが、 それにしたって、生まれるまでは、 「やっぱり」という小さな落胆は避けたいなあ、 と思っていた。 できることなら、出産直後のどさくさの勢いで 自分に生じた小さな落胆を 「無かったもの」としてごまかしてしまおう、 と思っていたのだ。 しかし、先生は、どうしても今ここで 性別を告知したいらしい。 「この子の性別は・・・・・・」 先生の声の後ろに、ドラムロールが聞こえた。 「たぶん女の子だと思います」 「?」 私も長男も、 「女の子」 という、我が家とは無縁の単語に耳を疑い、 にわかに声が出なかった。 妙な長い沈黙の後に、 「お、お、お、お、お、女〜〜〜?!」 と、突然私が素っ頓狂な悲鳴をあげたので、 今度は先生がびっくりした。 そして、また、数秒の後、 「えええええええええええええ〜〜〜〜!!!!!!」 とまた改めて叫び直し、 そしてまた、しばらくしてから、 「うっっそ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」 と、叫んだので、さすがに先生も黙ってしまった。 今までおとなしかった妊婦が、 いきなりフルスロットルになり、 「いえ〜〜〜〜〜〜〜い!」 と、長男とハイタッチしたり、 「イヤッホ〜〜〜〜〜〜っ!」 と両手を挙げて喜ぶ姿に、 先生も看護師さんもしばらくあっけにとられていた。 先生としては、「4人続けて男の子を産んだ人」に 「今度は女児ですよ」 と告知することは、 産科医としての醍醐味をかなり感じていたらしいが、 当の「4人続けて男の子を産んだ人」にとって、 「今度は女児ですよ」というセリフは、 彼の醍醐味なんて比じゃない位に ものごっつい醍醐味なのだった。 「いや、まだ100%確実とは言えませんがね」 この予想を上回る私の喜びように、 先生も怖気づき、弱気の発言をしたが、 その後、超音波に映った胎児の股間には、 今まで見たこともないような ぷっくりとした立体的な木の葉があった。 あれは紛れも無く女児のワレメの形状ではないのか? 大体、聞いてもいないのに、 自分からハッキリ「女児」と言うのだから、 先生も結構自信あるんじゃないのか? いやいや、次男のように 図体ばかり大きくて、ミニチンチンの男児もいるから、 まだまだ油断はできぬ。 いや、しかし、だが、but, 股に木の葉型の小粋な金玉袋をぶら下げた少年なんて 存在するんだろうか? 私は、長男に真剣に聞いたみた。 「金玉袋が二つに割れてる男子っているの?」 すると、長男は、 「中にはいるんじゃないかなあ」 と、言う。 「ああ、金玉が二つ、袋の外からはっきりわかる、っていう感じ?」 診察の後、会計を待つ間、 私が、あまりに大きな声で 「金玉」だの 「金玉袋」だの 「ワレメ」だのと、 何度も言っているので、中学生の長男は、たまらず、 「お母さん!」 と突っ込みを入れてきた。 「あ、そうだね、恥ずかしいよね。じゃあ、金玉の話は、また帰ってから。 ・・・・・・あ、『また』だって! 『股』だけに『また』なんつって! くっくっく」 「お母さん!!」 はしゃぎすぎた。 14年も待ちに待った女児の誕生予告に、 私は、酔っ払いオヤジの如くはしゃいでしまった。 実家の母にこのことを告げると、 「お父さん! 一大事!」 と言ったままどこかに行ってしまうし、 夫に言うと、 「股に木の葉か・・・・・・困ったなあ」 と頭を抱えているし(オムツ換えが怖いらしい)、 いとこのhanaにメールすると、 「そうだと思ってたよ」 という爽やかな返事。 ああ、これで、金沢の義母には、 「今度こそ女孫が抱けますよ」 と言って、その怒りを打ち砕けるだろうか? 少しは、「おめでとう」な気持ちになってくれるんだろうか? しかしまだ、私自身、 狐につままれたような気持ちでいるのだ。 更年期かと思ってたら妊娠。 男児5人かと思ってたら女児。 私、誰かにだまされているんじゃないかしら? 何だか怖くなって、 ひとり夜中に妊婦雑誌を読んでいると、 仕事から帰ってきた夫が、 ポイッ、と小包をちゃぶ台の上に置いた。 郵便受けに入っていたと言う。 何気なく応募した産着のサンプルが、当たったのだった。 「うっそ〜〜〜!」 ツイテル! 私は、ツイテル! うっかり自分を苦労人かと思っていたけど、 私って、実は物凄くツイテルやつなんじゃないのか? 私は、ふと、 バッグの中の例の物に思いを馳せた。 妊婦は、当たりやすいっていうよね・・・・・・。 サマージャンボ宝くじ。 バラで30枚。 三男出産の数日前に買った宝くじは、 2番違いで200万円あたるところだったが、 今回は、何だか、素敵な予感がするぞい! 「おっほ〜ほほい♪ おっほ〜ほほい♪」 「股間に木の葉で3億円〜♪」 「ツイテル〜ん、ツイテル〜ん♪」 深夜に小躍りする妊婦・・・・・・。 何か、社会人として大切なネジが1本、 プッチ〜ンと飛んでっちゃった気がする。 おっほ〜ほほい♪ おっほ〜ほほい♪ ネジが〜ハズレタ〜のね〜♪ プ〜〜〜〜〜♪ (つづく) |
(子だくさん)2005.8.2. あかじそ作 |