「鬼嫁」  テーマ★鬼嫁


結婚前、初めて夫の実家、金沢に行った時、義母は50代半ばで、
まだまだ元気いっぱいだった。

「この間、占いやったんや。見て」
と、渡された紙に、夫の氏名と、長い文章があった。

<悪女にとりつかれて、親に孝行ひとつ出来ない>
<悪女が、彼の精力を吸いつくしている>

などと、ずらずらと書いてあるのだ。
私は笑って、
「て事は、この<悪女>って、私でしょうかねえ?」
と言うと、真顔でうなづくではないか。

(否定しろよ!!)

にこにこ笑いながら、
「その占いは当たるし・・・・・・」
と、真綿で首を締めてくる。
帰りしな、私がひとりになった時、するするっ、と、近付いて来て、横に並び、
ゆっくりと、低い声で言った。
「結婚前なんだから、くれぐれも、子供ができないように、気を付けなさい」
語尾が異常に冷たい。

子供は、私ひとりが意図的に作れるものではないし、
何も、泣きじゃくるあんたの息子に、ビンタをくらわせて、
その子種をじゅるじゅる吸い取ったりしている訳でもない。

私は、帰りの新幹線の中で泣いた。
彼は、優しい人だ。
しかし、その母親は、にこにこして、おっとりた口調で、
何て陰湿なんだろう。
これが噂の「ヨメイビリ」というやつなのか。

その半年後、結婚披露宴の後に、お客を送り出している時、義母は、つつつ、と、
私の横に並び、
「早く孫の顔を見せて」
と言った。

「はあぁぁぁぁぁ?」

半年で、言ってる事が逆になってる。
籍に入っているとか、いないとか、それだけで人間、逆になっていいのか?

子供が生まれた、ある夏の晩、家族で花火をした。
泊まりに来ていた義母も、それに参加していた。
私の花火から火をもらおうと、子供が花火の先端を私の火に近づけた。
すると、子供の花火が、突然激しく火が吹き出し、私の指を焼いた。

私は、思わず、まだキレイな、バケツの水に指を入れた。
その次の瞬間、ジュッ、と、その水に花火を突っ込んだヤツがいた。
義母だった。

「火傷しちゃった」
と、笑いながら見あげると、シカトされた。
気付かなかったんだなあ、と思っていたら、忘れた頃に
「火傷したんけ?」
と言った。

(したんけ?・・・・・・じゃねえよっ! くそばばあっ!)

キレた。
もう、良いヨメ、やめた!

上等じゃねえか!
テメエは、あたいが嫌い。
あたいは、テメエが嫌い。

何で、こっちばっかり、へいこらしなくちゃいけないのさっ!
あたいは、やるよっ!
言いたい事、言わせてもらう!
1言われたら、10返す!
10言われたら、100返す!

そっちが真綿なら、こっちは荒縄だよっ!
還暦だろうが、なんだろうが、意地悪されて黙ってられっか!
ぐるんぐるんに締めちまうかんねっ!

かくして、私は、鬼嫁デビューを果たし、やる気マンマンになった途端に、
義母は、体調を崩して、めっきり弱気になってしまった。
いつも、すべてに悲観して、しくしくしくしく泣いて暮らしているという。

5月の始め、郵便局に切手を買いに行くと、窓口のお兄さんに、
母の日の電報をすすめられた。
「やだね!」
と思ったが、あんまり熱心にすすめるので、根負けしてしまった。

電報に、手書きの文が添えられる、ということで、さささ、と一言書いた。

<五月晴れです。 真っ青な空を見上げて、元気出していきましょう!>

本当に、そう思って書いた。
一瞬、私は、真剣に励まそうとしていた。

あの人は、アカの他人だけど、弱ってる人は助けてあげるのが、私の信条だ。
何かの縁で、10年もつきあっている。
嘘でも「おかあさん」と呼んでいる。
早く体調が良くなって、笑い顔を見せてほしい。


「鬼嫁は、鬼嫁でも、<泣いたアカオニ>に出てくる青鬼なのよ。
泣けちゃう位、いい鬼なのよね」

そう夫に言うと、ノーコメントだった。
いつまでたっても、夫から返答がないので、

「ていうか、オメエがうまく間に入れやっ!」

と、吠えた。

鬼嫁としては手ぬるいが、鬼妻としては、容赦ないのだった。


(おわり)