「 39歳のチャレンジ 10 」

 昼間、電話が鳴ったので出てみたら、
いつも通院している産院からだった。
 事務の女性が申し訳なさそうに言うには、
「日本テレビの『所さんの笑ってコラエて』のスタッフから、
11月にお産する方にアンケートをお願いしたい、
と言われているのだけれど、あかじそさん、いかがですか?」
ということだった。
 その番組は、いつも見ているのだが、
興味深い内容のアンケートの中からひとり選ばれて、
産前産後のエピソードと、お産シーン、
そして、最後に、赤ちゃんにビデオメッセージを
カメラの前で親が語る、という人気コーナーだ。

 好きなコーナーだったので、
「あ、いいですよ」
と軽く引き受けたのだが、アンケートには、
「分娩室での撮影も可能な方のみ」
と書いてあった。
 そこを読むまでは、取材を受けてもいいかな、と思っていたが、
分娩シーンを全国ネットで流されるのは、
古い頭の私にとって、とてもできないことだと思った。

 しかし、子供たちは、
「お母さん、ぼくたちテレビ出たいよ!」
と大騒ぎだった。
 まあ、しかし、
「アンケートには答える」と産院とは約束してしまったので、
一応、ひととおり、プリントの質問には答えた。

 健診の日、そのアンケートを産院の受付に渡すと、
事務員さんは、
「選ばれるんじゃないですか〜?」
とニヤニヤしていた。
 「いやあ、それはないでしょう?」
と私が言うと、
「いや、わかりませんよ〜」
とやけに乗り気だった。
 そりゃそうか。
 できたばかりの産院にとっては、
タダで大変な宣伝ができるってもんだ。

 「5人目なんてめずらしいから、やばいかも、ですね」
と言って、その日は帰ったが、
実際、夕方には、その電話は掛かってきたのだった。

 「日本テレビの者ですが・・・・・・」

 女性スタッフという人から
「アンケート内容が面白かったので、電話で2、3質問させてください」
と言われた。
 「あ、いいですよ」
と、答えたものの、2、3どころか、それから一時間にわたって、
詳しい電話取材が続いた。

 「上のお子さんのそれぞれの出生体重と、
お産にかかった時間を教えてください」
 これは、きっと、「生まれそうです」という連絡が入ってから
取材班が間に合うかどうかの確認だろう。
 「上から、2800グラムで13時間、3500グラムで6時間、
3890グラムで5時間、3452グラムで6時間です」

 「ご主人と奥様のなれそめは?」
 ははあ、これはドラマティックなエピソードが求められているに違いない。
 「大学の演劇部です。
 4歳違いなので、本来出会わないはずなんですが、
夫が3年留年していたので、間違って出会ってしまいました」
 「おお、それは面白いですねえ!」
 スタッフの女性は、ノッテきた。

 「4人男の子で今度は女の子だということは、
さぞかしご主人は、盛り上がっているでしょうねえ?」
 スタッフは、もっともっと楽しいエピソードを求めているようだ。
 しかし、
 「いえ」
と、私が答えると、
「え?」
とちょっと固まった。
 「ご主人、待望の女の子でデレデレじゃないですか?」
「いえ、全然」
 「ああ・・・・・・そうなんですか・・・・・・」
 スタッフは、明らかに落胆していた。
 「うちの夫は、何を考えているのか、よくわかんないんです。
 子供が特別嫌いというわけでもないけれど、子煩悩でもありませんし、
あんまり、子供に興味がないみたいです」
 スタッフは、しばし絶句した。

 あきらかに、自分が抱いている、
「アットホームな子だくさん一家」のイメージとかけ離れているらしい。

 「あ、えっと、ご主人のご趣味は?」
 「オタク系の漫画や、プラモデルや、プロレス観戦や、音楽鑑賞です」
 「あ、『オタク系』・・・・・・ですか」
 「はい、はっきり言って、オタクです」
 「奥様、何かお仕事されてますか?」
 「(おい、私の趣味は聞かないのかよ、多趣味なのに〜)
 ああ・・・・・・今は、していません」
 「あ、してないんですか・・・・・・は〜」

 「あ、じゃあ、妊娠中に何かトラブルは無かったですか?
 切迫早産だったとか、流産を繰り返してやっと授かったとかいうことは」
 「いえ、まったくトラブル無しです。いつもバリバリ安産です」
 「ああ・・・・・・そうなんですか・・・・・・」
 スタッフは、「こんな困難を乗り越えての誕生です!」
というエピソードが、どうしても欲しいようだった。
 「あ、トラブルありました」
 「あ、ありましたか?! それは、どんな?」
 「はい、四人目の出産直後、夫が会社をクビになりました」
 「クビ?!」
 明らかに、(そういうトラブルじゃなくって〜)
というのが声に現れていた。
 「では、今はお仕事は・・・・・・」
 「ええ、パソコン教室をやってます」
 「あ、経営をされているんですか?」
 スタッフは、また、ちょっと乗ってきたが、
「経営ったって、もう、火の車で、悲惨なものですよ」
と私が言うと、
(ああ、こりゃまったくシャレにならん)
と、落胆しているようだった。

 「今回、分娩室の取材は大丈夫ですか?」
 いよいよ核心に迫ってきた。
 「あのう・・・・・それが、ちょっと躊躇しているんです。
 子供たちは年頃の男子ばかりなんで、
学校でからかわれたりいじめられたりしたらイヤだし」
私が言うと、
「この企画は、『赤ちゃんの誕生を見届けてらっしゃい』というものなので・・・・・・」
と、スタッフは、がっかりしてしまった。
 「とてもいい記念になりますけど」
 彼女は、それでも、私たち一家を取材したいらしく、
いろいろと説得してきたが、
私とて、産む瞬間になったら自分がどれだけ醜く騒ぐか、
その時になってみないと予想もつかず、
そんな姿を町中にさらし、これから地域で
「ほらあの人よ」
などど指差されたりしながら生活するのもイヤだなあ、と思った。

 「それでは、ご家族の写真を数枚、メールで送っていただけますか?」
 「あ、はい・・・・・・ディズニーランドで撮ったカウボーイの扮装のでいいですか?」
 「ああ、いいですよ」
 「わかりました」
 「でも、もし今回取材対象に選ばれなかったらすみません」
 「ああ、いいんですよ、このコーナーは、お産シーンがメインですもんね」
 「ええ・・・・・・」

 ということで、電話取材は終わったが、
後日、やはり、
「お産シーン」が撮れないということで取材は見合わせます、
という、丁寧なお断りの電話が掛かってきた。

 わかっちゃいたが、やっぱりちょっと残念だった。

 それにしても、我が家は、
世の中が求めるようなライトタッチのエピソードがまったくなく、
どれもこれもシャレにならんエピソードばかりで、
テレビ向きではないのだった。

 ダンナは、オタクで意味不明人物。
 子供は、難しいお年頃のヤローばっか。
 奥さんは、ダンナに異常に冷たく、
夫、仕事はクビになるわ、奥さん無職だわ。

 それぞれちゃんと説明すれば、
結構面白いエピソードなのになあ、
と私個人は思うのだが、
ゴールデンタイムに「赤ちゃん誕生」というテーマで描くには、
ハードでヘビー過ぎる一家なのかもしれない。


 まあ、そうこうしているうちに、
四男の七五三の日程が迫ってきた。
 本来ならば、11月の15日にお参りに行くのが筋なのだろうが、
その頃は、私の産褥期で、それどころではないと思い、
少し前にずらして、10月の16日にお参りの予約をした。
 ところが、その日は当の四男が39度の熱を出し、
翌週23日の大安に変更。

 熱も下がって、我々家族全員とジジババは、
総勢8人、揃って神社に出向いた。
 四男の着ている祝い着は、見慣れた着物だった。
 私の母が買ってくれたもので、比較的高価な物だが、
長男、次男、三男、四男と、四回も着れば、
恐ろしいほど元が取れている。
 この着物だけでなく、
お宮参りの祝い着も、入学式のスーツも、
卒業式のスーツも、親戚の結婚式に着る背広も、
一着買えば済むので、何もかも元は取れている。
 4人も男の子がいると、
大変でしょう、お金がかかるでしょう、
とよく言われるが、こういうものはすべて、
レンタルの半額以下で済んでしまうので、
結構経済的なのである。

 さて、お祓いの予約の時間までしばらくあったので、
神社の敷地内のプレハブ休憩所で休んでいたら、
ベビーベットのところに、
赤ちゃんの初宮参りの順番を待つ家族がいた。 
 初めての子供らしく、
若い両親に、両家の親が、ベビーベットを囲んで、
お互いぎこちなく気を使いながらも、
赤ちゃんを囲んでニコニコし合っていた。

 そこへ、突然、私の母が顔を突っ込んで、
「ひや〜、やっぱり、女の子は可愛いわね〜!」
と、でっっっっかい声で叫んだ。
 その家族はびっくりして、我々の方を一斉に見た。

 そこには、大から小まで4段階の大きさの男児4人が
ズッラ〜ッと一列に並んで座り、
その端っこにメチャメチャ腹のでかい母親が鎮座しているのだった。
 母は、私を指差して、
「あれ、私の娘! もうすぐ5人目が生まれるの!
 でも、上の子は4人とも男なのよ〜〜〜!
しゃ〜〜〜〜っしゃっしゃっしゃっ!」
 と、でっかい声で言って笑った。

 「わあ、す、凄いですねえ!」

 彼らは、そう言うしか選択肢がなかった。
 気の毒なくらいだった。 

 褒められたいのかい!
 自慢かい!
 4人産んだの、私!
 5人目産むのも私なんですけど!

 かかりつけの医者にも、親戚各方面にも、
行きつけの店主にも、隣近所にも、
「娘が5人目産むから! 女の子産むから!」
と、地域で息を殺して静かに暮らす私を差し置いて、
私の両親は、言いふらす、言いふらす!
 それも、もんのすごく自慢げに、
えっらそ〜〜〜〜〜〜〜〜に、
威張り散らす、威張り散らす!

 やめてよぅ!
 知人に自慢し尽くしたからって、
知らない人にまで無理やり声かけて
自慢するのは、やめて〜〜〜!

 あんたたち〜、
自分の育児期は、子供嫌いだったくせに〜!
 自己中両親だったくせに〜い!

 胎教に悪いなあ、本当に、もう!


 ああ、予定日を6日後に控え(10/27現在)、
産気づく気配ゼロ。
 破水だと思ったら尿漏れだし、
陣痛かと思えば単なる太いウンチだし、
本当に私、アカンボ産むんだろうか?
 この腹の中に入っているのは、本当に、
「オギャア」と泣いて、
お乳をくいくい飲む新生児なのだろうか?

 「ローズマリーの赤ちゃん」なんじゃないのか?

 体は悲惨なくらい腹の子を自覚しているというのに、
産む本人は、いまだに
「私、これから赤ちゃん産むの? マジですか?」
なんて、まだ思っている。

 それなのに、まわりが私以上に盛り上がっているのは、なぜなんだ。
 長男は、部活の顧問にも、担任の先生にも、
「学校休んででも出産に立ちあいなさい」
と言われているし、
部活の先輩は連日
「まだ生まれないの? まだなの?」
と長男ごしに物凄くせかしてくるし、
夫の母や妹からは、週末ごとに
「生まれた?」
と何度も電話が掛かってくる。
 毎日、普通の顔をして暮らしている私に、
「ちょっと、まだなの? もう! 一体何やってんのよ!」
と、実母なんか、待ちくたびれてキレてるし!

 生まれたら言うから!
 毎日2時間歩いて頑張ってますから!
 人事を尽くして天命を待っているんですから!
 責めないで! せかすな!

 すさまじい顔面の娘だっていい。
 義母に似てたっていいよ。

 でも、このお産直前の「まだかまだか感」だけは、
何回経験してもイヤなものだ。
 ジリジリしてしまう。

 誰より一番「まだか!」と思ってるのは、
実は、私自身なのだから。

 先延ばしにしていたベビーの洋服収納場所を作り、
留守中物騒なので、
通帳やキャッシュカード、診察券のたぐいなどは、実家に預け、
学校や幼稚園関係の予定表や、
欠席するときの手続きや、電話番号を実家と夫に配布し、
子供たちひとりひとりに「朝のしたく表」「帰ってからやること表」を
チェックできるようにエクセルのソフトで作り、プリントアウトしたし、
壊れた洗濯用バスポンプも、新しいのに買いかえた。

 とにかく、準備にキリがない。

 産むのは簡単。
 でも、その間、母親不在になる家の中は、
えらい大変なことになるだろう。
 夕飯と洗濯と、子供たちの風呂は、母が引き受け、
その後歩いて5分の我が家に4人の子供を送り届けるのは、父。
 父は、夜9時には、子供たちを寝かせ、自分の家に引き上げて、
夜10時くらいには、夫が帰ってくるようになっている。

 朝ごはんと、子供たちの弁当作りは夫担当。
 学校のしたくは、私がエクセルで作った表を参考に子供たち自身がやり、
幼稚園児の四男のしたくは、夫が手伝う。

 学校が終わったら子供らは各自実家に行くようにし、
集金があったら、あらかじめ両替して渡してあるお金から払い、
午後2時11分には、
我が家の前に停まる幼稚園バスにお迎えに行ってもらい、
宿題や連絡帳の点検も実家の両親担当だ。

 出産予定日前後には、次男と四男の遠足があり、
その日は、弁当水筒持参の他に、
いろいろとこまごまと持っていくものがある。
 特に、四男の遠足は芋掘りだから、
子供用軍手だの、
使い古した男物の靴下(汚れ防止に靴の上から履く)だの、
二重にしたビニールだの、エチケット袋だの、シャベルだの、
リュックに詰めなければならない。
 私の母は、晩酌しながら夜中の2時3時まで起きていて、
昼過ぎにならないと起きないので、
そういった朝のしたくは、
いつも朝9時まで寝ている夫がすべてやることになる。

 長男は土曜日が部活で、弁当持参。
 三男はクラスのワルガキに連日攻撃されて困っているが、
担任がちゃんと指導しないタイプなので目が離せない状態だし、
四男は、ここのところ夕方になると微熱を出す。

 申し送りを何度やってもやっても、まだまだ連絡し尽せない。

 私が、子供たちに対して、過保護過干渉なのか?
 それとも、表立って意識していなかっただけで、
母親の仕事とは、ものすごくこまごまとしているのに、
どれも欠かせない大事なことばかりなのか?

 果てしなく次々と湧いて出る準備で日々追いまくられ、
じりじりと予定日は迫る。

 今は、準備で私ひとりがヒーヒーとテンパッテいるが、
私がお産で入院中は、両親や夫がヒーヒーいうだろう。

 ああ、アカンボどころでない忙しさ。
 産まれたら、このガチャガチャは、
もっと激化するんだろうなあ。

 「子供がたくさんいて大変ねえ」
と言われて、
「そうかなあ?」
と思っていたが、こういうことなのかしら?

 私が、気付いていなかっただけだったのかしら?


         
          (つづく)


(子だくさん)2005.11.1.あかじそ作