あこさん 108100 / お題「あの日に帰りたい」
「 パラレルワールド 」

 「少子化を考えるシンポジウム」という集まりに行くことになった。
 小学校のPTAの仕事の一環なのだが、
学校行事だの何だので、このクソ忙しい時期に、
わざわざ都心まで出向くのは、正直億劫であった。

 そもそも私は、PTAでも広報担当で、
運動会とか学芸会でのスナップ写真を撮る係のはずなのに、
「子供が5人もいるのですから、あなたこそが適任者です」
と、PTA会長からじきじきにお達しがあったのだ。
 しかも、客席で話を聞くだけでなく、
パネリストとして舞台上の端っこに座り、
「子宝母ちゃん」の立場から何か意見を言わなくてはいけないらしい。

 当日、小学校の女性校長と駅で待ち合わせ、
物凄く気を使いながらも、何気なさをお互い装いながら
地下鉄を乗り継いで会場に向かった。
 会場に着き、受付に行って名前を告げると、
待ってましたとばかりに、係りの人たちが一斉に立ち上がり、
「赤木さん、入られました〜!」
という声が上がった。

 と、廊下の向こうの方で、ダンボールに顔を突っ込んで
何やらゴソゴソと作業していた女性が、
パッと顔を上げて、こちらに小走りでやってきた。

 どんどん近寄ってくるその人の顔を見て、
私は、「ウッ」となってのけぞった。
 周りにいる人たちも、みんな一様に「ウッ」となった。

 首からIDカードをぶら下げて、向こうから走ってきた彼女は、
驚くことに、顔も体型も、着ている服装も、
この私にそっくりではないか?

 世の中に似ている人は3人いるなどと言われているが、
こうまでそっくりだと気味が悪い。

 彼女は、私の顔を見て戸惑いながらも、
「あ、責任者の青木と申します」
と、丁寧に名刺を差し出したが、
「おっとっと」と手を滑らして名刺入れを床に落とし、
じゅうたんの上に何十枚と言う名刺をぶちまけた。

 「だあ〜! すみまっせ〜ん!」
 彼女は、頭を抱えて叫び、慌てて名刺を拾い集めたが、
その慌て方、そそっかしさまで自分とそっくりで、
私はますます凍りついてしまった。

 校長と別れて私だけ舞台袖の控え室に通された。
 係の人の話だと、私そっくりの彼女は、
このシンポジウムの実行委員長なのだという。 
 (物凄くそそっかしいみたいだけど、大丈夫なのかねえ?)
 私は、ひとごとながら心配になった。

 いったん控え室に行き、出されたお茶などをしばらくすすっていたが、
テレビで見たことのある偉い学者さんや、
有名な女性政治家などがぞくぞく集まってきて、
専門用語で高レベルな世間話を始めたので、
私は、非常に居心地が悪くなり、
「トイレどこですか?」
と人に聞いて、避難することにした。
 いや、実際、緊張で物凄い尿意を感じていたのは確かだった。

 そのトイレで、用を足し終わり、
洗面台で手を洗っていると、
手を突っ込んで「ゴ〜」と乾かす機械に手を突っ込みながら
しぶきが顔に飛んで「ヒッ、冷た!」と叫んでいる人がいた。

 その人がそこから離れ、振り向くと、
なんと、さっきの人―――いや、違う。
 服装も髪型も違うが、実に私にそっくりな人がそこにいた。

 (ギャ〜、そっくりさん三人目もここに居たか!)
 私は、ぶったまげてそこに立ち尽くしたが、
彼女も彼女でぶったまげたらしく、
「お〜〜〜〜う」
と言って、その場でしばらく目をパチパチしていた。

 彼女の胸にも、私と同じパネリストのリボンが付いていた。
 ふたりして、
「えへへへへ、どうも〜」
とすれ違い、こっそり振り返ると、相手もこっそり振り返っていて、
しっかり目が合ってしまった。

 「あ、どうも〜」
 二人してワタワタしながら、また挨拶して別れたが、
控え室に戻り、緞帳の下りた舞台上の席に座ると、
彼女のテーブルの前には、
「社会学者 白木リカ」
という札が下がっていた。
 で、私の前には、
「主婦代表 赤木リカ」
という札がさがっていて、
司会者席には、
「司会 青木リカ」
という札が下がり、さっきの名刺をぶちまけた人が座っていた。

 なんじゃ、これ。

 子だくさん主婦の赤木リカと、
シンポジウム責任者の青木リカ、
社会学者の白木リカ。

 みんな顔も体型も着ているものも、そっくり。
 そして、おそらく、性格も・・・・・・。

 舞台の緞帳が上がり、シンポジウムが始まると、
社会学者のリカさんは、学者の立場から少子化をさっそうと分析した。
 しかし、彼女自身は、夫と子供二人がいるが、
ある病気に侵されていて、不自由な暮らしをしているらしい。
 「重い病気ですが、家族に支えられて何とかやってます」
とのことだった。
 一方、司会者のリカさんは、イベント企画の仕事に命を賭け、
40歳目前の現在まで独身を通してきたのだという。
 仕事も充実し、経済的にも独立しているが、
最近は、家族のいない生活に、
自由と淋しさを同時に感じるのだと言う。

 私・赤木リカも、一主婦として、
この少子化の時代についてどう思うか聞かれたが、
「子供を大勢育てるのは、大変ですが面白い毎日です」
というようなことしか言えなかった。
 経済学者というパネリストからは、
「子供ひとり育てるのにウン千万円かかりますが、経済的にはどうですか?」
と、聞かれたが、その態度がいかにも、
「子供は、みんなバカで、そして貧しいんでしょ?」
という態度だったので、ちょっとカチーンときて、

「そんなにお金をかけなくても子供は育ちます。
勉強もそこそこできますし、
学資は、本人が社会人になったら自分で払います。
 すべての価値観を十把ひとからげにして、
『子供には金が掛かる』とテレビや雑誌で騒ぎ立て、
わけのわからない多額の試算を出されたら、
ますます少子化が進むと思います」

と、反抗的な態度をとってしまった。

 経済学者はむっとしていたようだが、
青木リカも白木リカも、そうだそうだという風に深くうなづいていた。

 シンポジウムは無事終わり、
パネリスト同士で握手をして解散したが、
赤のリカは、子供や家族はあるが、金が無く、
青のリカは、仕事や金はあるが、家族が無く、
白のリカは、地位や家族はあるが、健康ではなかった。

 私は、これが単なる偶然とは思えなかった。
 何かで時空がねじれ、パラレルワールドが生じ、
それぞれのリカが、
それぞれの生活の中で
自分に足りないものに苦慮している事実を
お互い見せ合うことで、
すべてを持ち合わせようと欲張るな、
ということを自ら悟らせようと、
何者かが仕組んだ大芝居なのではないか?

 私は、「なかなかよかったですよ」と、校長にほめられながら、
どこか上の空で帰路についた。

 「いや! 違う!」

 私は、帰りの地下鉄の中で、
校長が横にいるのも忘れて突然叫んだ。

 結婚する前、私は、
大きなイベント会社の人と知り合い、
「うちに就職しないか」
と言われたことがあった。
 あの、私そっくりの青木リカは、
あの時結婚しないで就職した場合の私自身だ!

 そして、また、私は、
大学を卒業するときに、ゼミの教授に、
「大学院に残って、一緒に社会学の研究を続けないか」
と誘われたことがあったが、
今の夫と結婚するために働かなければならなかったので、
断ったのだ。
 あの、私そっくりの白木リカは、
あのとき大学院に残って研究を続けた場合の私自身だ!

 私は、今の「貧乏子だくさん」の状況に悲観的になって、
今まで何度も、
「あの日にかえってやり直せたら」
と思うことがあった。
 しかし、そうした場合の自分たちに今日出会い、
あらためて、今の自分が一番幸せなのではないか、
自分のとった人生の選択が、
一番正しかったのではないか、と痛感した。

 今頃、青木リカも、白木リカも、
それぞれのリカの生活を見て、
「自分の選択は正しかった」
と思っているだろう。
 おそらく、そういうものだろう。

 それから私は、二度と
「あの日に帰りたい」とは思わなくなった。

 確かに金はいつも無いが、
子供の手が離れれば、この健康な心と体を使って、
いつでも仕事に就けて、少ないながらも金は稼げるのだ。

 今頃、家族の無いリカと、体を壊したリカは、
どうしているだろう?

 ふたりとも私に似て、バカみたいに前向きなはずだから、
きっと、どんな状況でも折れたり立ち直ったりしながら、
一日一日何とか生きているのだろうな。

 頑張れ、リカちゃんズ!
 明日は明日の風が吹く!
 ケセラセラ、なるようになるさ!

 お互い、気持ちのいいばあさんになって、
また会おう!


     (了)
(小さなお話)2005.10.28.あかじそ作