「 39歳のチャレンジ 12 」 |
11月6日の午前2時頃、 何となく目が覚めたら、パジャマのズボンが濡れていた。 お〜う、やっぱり破水か。 医者の言うとおりだった・・・・・・ 隣に寝ている夫を、 「お父さん、破水した」 と言って起こし、布団から出て立ち上がると、 股から恐ろしく大量の水が ザザ〜〜〜〜〜〜〜〜、と噴出してきた。 かつて2回の破水経験があるが、 いずれもチョロチョロ漏れる程度で、 産気づくのをひたすら待つ時間の長さに閉口したものだった。 しかし、今回のこの猛烈な滝のような破水! なんだこりゃ! ちょっと動くだけでも、ザー、っと音を立てて 怖いほど水が出てくる。 いくらでも出てくる。 私は、自分の枕に巻いていたバスタオルを取り、 ズボンの上から股に挟んだ。 それでも一瞬でずぶぬれになってしまい、 急いで夫の枕のタオルも股に挟んで、 がに股で階段を下に降りていった。 台所でズボンやパンツを脱ぎ、 夜用ナプキンとタオルを当てたが、 とにかく、ちょっと動くだけで、猛烈に「滝」なので、 とりあえず椅子に腰掛けて実家に電話をした。 「あ、破水したから、これから入院するわ」 すると、電話に出た母が、 「あ、今お父さんにかわるから」 と言い出したので、 「すぐ病院行くからかわらないでいいよ。 それより、健太が部活だから、 朝6時に起こしてやってくれない?」 と言って、急いで電話を切った。 こんなときでさえ、ウチの母は、 父に無意味な「受話器パス」をしようとするのだ。 テーブルに [健太へ 入院するから自分で弁当を作って行ってね] と書き置きをして、 病院に連絡し、夫の運転で産院に行った。 産院で、内診を受け、 「完全破水だけど、まだ子宮口は2センチだね」 と言われる。 完全破水・・・・・・ 今までのは、不完全な破水だったのか。 そして、この滝のようなザーザーが、完全破水。 なるほどねえ・・・・・・ 感心している場合ではない。 私は、今、まさに歩くナイアガラの滝なのだ。 すぐに病院からもらった「お産パットLサイズ」を股に装着し、 LDR室の分娩台に横になる。 腹に分娩監視装置のベルトを巻きつけられ、 腕には、感染予防の点滴を付けられる。 ほ〜ら、きた。 これは、四男のときと同じだ。 破水すると、ベッドにガンジガラメ状態にならざるを得ないのだ。 この状態で、お産が終わるまで待つのだから、たまらない。 過去2回の破水では、24時間は、 痛くも痒くもないままこのままの状態で、 非常に苦痛だったのだ。 ところが、だ。 さすがに今回は、「完全破水」だけあって、ちと違う。 弱いが5分間隔で陣痛が起きているらしい。 私本人は、10分間隔で「ん?」という痛みは感じていたが、 機械が「5分間隔で来てるよ」というのだから、そうなのだろう。 本来なら、好きな姿勢で陣痛をやり過ごす畳スペースで、 夫がコートをかぶってゴーゴー寝ていた。 「痛がる妻の腰をさすったりする夫」を想像していた若い助産師は、 様子を見にLDR室に入ってきて、びっくりしていた。 妻は痛がっているどころか、いびきをかいてぐっすり眠っているし、 腰をさすっているはずの夫は、やっぱり畳の上でいびきをかいている。 (分娩5回目、恐るべし) という表情で退室していく彼女を見送り、 朝8時に夫を起こして仕事に行かせた。 夫は本日午後1時まで仕事が入っているのであった。 助産師さんたちは、 「ご主人、間に合うかしら」 と、心配していたが、 「間に合わなかったら間に合わなかったで仕方ないです。 それより、子供も増えるし、しっかり稼いでもらわないと」 と私が言うと、やはり、みんなそろって、 (分娩5回目、恐るべし) という顔をした。 午前9時。 医者が来て、 「ちょっとだけ痛み誘ってみよう」 と言った。 (ついにおいでなすったか!) 私が顔を引きつらせたのを見て、 「お産5回目だから、薬の量をウンと少しにしておくよ。 いっぱい産むほど子宮破裂の危険が大きくなるからね」 と、医者は言った。 私は、彼を信頼しているので、素直に 「はい、お願いします」 と言い、例の陣痛促進剤の点滴を受けた。 10分間隔で 「いてててて」 というのが来たが、まだまだ深呼吸で逃せた。 時計の針を見ながら、落ち着いて深呼吸して、 かなりの痛みに耐えていたが、 午前11時頃から居ても立ってもいられない痛みになってきた。 横になっていると猛烈に痛いので、 分娩台の上で横座りして、深呼吸をした。 が、四男のときは、 最後まで深呼吸でやり過ごせたのに、 今回は、長く吸うのができない。 長く息を吐こうとしても、その「長く」がどうしてもできない。 (どうした、私! ヨガ歴23年だろうが!) バタバタと運び込まれた分娩用具が LDR室いっぱいに広げられた。 私の目の前には、吸引装置が置かれ、 私は、ひたすら、その吸引レベルの数字 12,24,48,60,72,100,120、を、目で追いながら 「ヒッヒッフー」を繰り返した。 そばについてくれている助産師さんが、 「もっとゆっくり、吸って〜吐いて〜」 と言うのだが、(ムリ!)とばかりに 凄い速さの「ヒッヒッフー」を繰り返すしかできなかった。 正午。 旨そうなサンドイッチとヨーグルト、牛乳などが運ばれてきたが、 さすがに食べられなかった。 「食べないと力出ないよ」 と言われて、ヨーグルトだけは、陣痛の合間に何とか、かっ込んだ。 食べたら、今度は、イキミが来た。 「すみません、いきみたくなってきました」 と言うと、助産師さんが内診してみるのだが、 子宮口は、7センチしか開いていない。 そんなことを5回も6回も繰り返したが、 7センチからがまったく進まない。 初産並みのスローペースでお産は進んだ。 5回目のお産とはいえ、前のお産から6年も経ち、 高年ということで、子宮口が固くなっているのだろう。 吸引装置の目盛りだけが私の友達だった。 泣きたくなるほどの猛烈な陣痛が1分間隔でやってきて、 私のケツ周辺を中からウリウリするヤツがいる。 「ヒッヒッフー、ウン!ヒッヒッフー、ウン!」 「もうイヤだよう・・・・・・」 という、半べそまじりでいると、痛みはそこへつけこんで来て、 余計に意地悪く痛めつけてくる。 2時間以上繰り返される非情な仕打ちに、 私はついにブチ切れ、何に対してかしらないが、 猛烈にカンカンに、怒っていた。 「ヒッヒッフー、ウン!ヒッヒッフー、ウン!」 子供に怒鳴りつけるように、 ドスを効かせて低い低い声ですごむと、 不思議なことに、痛みのヤツがビビッて弱まるような気がした。 よし、この調子だ。 「ヒッヒッフー、ウ〜ン!ヒッヒッフー、ウ〜ン!」 極道の妻もマッツァオの、重低音のすごみ。 そうなのだ。 何事も、弱気はいかん。 「なめんなよ、やるか、このやろう!」 という位の攻撃的なテンションなら、 相手をのんでしまえるというものだ。 ところが、何度目かの内診で、 「子宮口全開だから、横になろうね」 と言われたが、横になると、突然、痛みのヤツが強くなる。 「極道呼吸法」も通じなくなる。 今まで4回のお産を、 完璧な呼吸法で逃してきたという自負があった私は、 最後の砦「呼吸法」が通じなくなったことで、 大パニックになった。 「フーウン! フーウン!」 これもだめ! 「ヒーフー、ヒーフー」 これでもだめ! 私がパニックなればなるほど、 ひとりの助産師が、 私の腰を自分の両手の親指で 物凄く強く指圧してくれるのだが、 それがツボから外れているだけでなく、 陣痛をもしのぐほどに痛いのであった。 しかし、痛みの波が来ている間は、 「痛いからやめて」 と言うどころか、呼吸法以外声が出せず、 痛みの波が引いている間は、 意識がモウロウとしてしまい、やっぱり言えない。 腹は痛いわ、腰は痛いわ、 いきみたいのにいきんじゃいけないわ、で、 もう、やってられないほどだった。 陣痛が極限に近づくほどに、 腰の指圧は、肉に食い込むほど強くなり、 まるで「北斗の拳」のケンシロウのごとく、 秘孔を突いてくるのであった。 「お前はもう、産んでいる」ってか? 突かれた私は、もう、 「ひでぶ〜〜〜!」 と叫ぶしかないのか? ・・・・・・などと、気の遠くなる痛みの中で アホなことを考えていると、 突然、もう、逃しようのないイキミがきて、 「ちょっといきんでいいですよ」 と言われたとたんに、私は、本当に 「ひっひっひっ、ひでっ、ひでぶ、ひでぶ〜〜〜!」 と叫んでいたのだった。 もう、呼吸法もくそもない。 何か叫ばなければ死んでしまいそうだった。 しかし、LDR室には、思いのほか大勢の人がいて、 「5人目ベテランママの見事なお産」 を見物しているのだった。 「痛い」とだけは叫びたくなかった。 また、一言でも「痛い」と発したら、 以後、ずっと「痛い痛い」を連呼しそうでいやだった。 だから、私は、極限の中で必死にごまかした。 新手の呼吸法に聞こえる叫びを。 「ハッハッ、ダハ〜〜〜ッ!」「ハッハッ、ダハ〜〜〜ッ!」 だめだ、これじゃ、せんだみつおだ。 「ひひひひっひ、ひっひひ〜〜〜〜!」 違う違う、これじゃ、魔女じゃないか! いきみのたびに妙な掛け声を発していると、 もそもそと夫がLDR室に入ってきた。 「ご主人、間に合ったわね〜!」 みんなが喜んでいる中で、 「はあ・・・・・・」 と、つまらないリアクションで夫は私のそばに来た。 これを待ってました、とばかり、 医者は、「はい、いきんで」と言った。 よっしゃ〜〜〜〜〜! 深呼吸2回のあと、息を吸って、長くいきむ。 もう一回、吸って、いきむ。 んん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!! だ〜〜〜! 完璧! おお、キテルキテル! 股に物凄い怒張感! 張り裂けるようなピキピキ感! もうすぐだ! もうすぐ終わる! おりゃおりゃおりゃおりゃ、きたきたきたきた〜〜〜! 深呼吸2回のあと、息を吸って、長くいきむ。 もう一回、吸って、いきむ。 んん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!! だ〜〜〜! 「ハイッ、もういきまないで!」 よっしゃあ、ここで胸を両手の平で軽く叩きながら 「はっはっはっはっ」の短息呼吸! 「だめだめだめだめ! はあはあしちゃあ!」 すかさず、ケンシロウ女史が叫ぶ。 「長く、は〜、は〜、ってやって!」 いやいやいやいやいやいや、 ここは、間違いなく「はっはっはっはっ」の短息呼吸でしょう? 「違う違う、ふ〜、ふ〜、よ!」 いやいやいやいやいやいや、 ここは、「はっはっはっ」でいかせてよ〜。 ううううううううう、またきたまたきた〜! んん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!! だ〜〜〜! ブリ〜〜〜ン、ジャ〜〜〜! 出た! 出た出た! 1年分のウンチとオシッコ、 いやいや、私の可愛い赤ちゃんと大量の羊水! 終わった! これで、終わった! 13年かけて産み続けてきた、 私の出産ヒストリーもこれで終わった! もう、産まなくていいんだ! もう、産まなくていいんだ! 次に行ける! 次のステージに行けるんだ! 長かった! 長くて辛かった! ああ〜〜〜〜〜〜〜〜、終わった! 「は〜い、女の子ですよ〜!」 LDR室じゅう、拍手拍手だった。 「よかったねえ!」「やっと女の子生まれたねえ!」 そんな声の中、私は、冷静だった。 頭は、冷静に、体は必死に、 分娩第三期・胎盤産み出しをやっていた。 痛みはまだ治まっちゃいなかったのだ。 その後、無事胎盤も出て、お産は終わった。 会陰切開はしなかったらしい。 アカンボの頭がでかかったのに、 股も裂けなかった。 医者の介助が上手だったにちがいない。 産んだ後の股の痛みが無いのだ。 生まれたアカンボが私のお腹の上に乗せられた。 ずいぶん羊水を飲み込んでしまったようで、 すぐに泣かなかったので、管で羊水を吸いだされて やっとひと声「おぎゃ」と泣いた。 次男のときと同様、顔をくしゃくしゃにして、 「おえ〜、おえ〜」 と、えづいていた。 えづいているから、誰に似ているかわからないが、 でも、もう、そんなことはどうでもよかった。 健康そうだし、血色もいい。 生まれたとたんに、口を開いて乳を探している。 助産師さんにたのんで、おっぱいをくわえさせてみた。 乳房ごと食われるかと思うほど、 ガバッと食いついてきて、チュウチュウ吸われた。 よし、よし、これでいいんだ。 私はコイツを待ってたし、コイツは、私を呼んでいた。 やっと会えた。ようやっと、会えたんだなあ。 数時間後、きれいになったアカンボを見せられたら、 物凄く見たことのある顔だった。 妊娠中、エコー写真で見た、 すさまじい顔とは、全然違って、 なかなかの美人ではないか。 よく見ると、 目が私の父に、鼻と口は、私の母に似ていた。 つまり、私に似ていたのだ。 (つづく) |
(子だくさん)2005.11.15.あかじそ作 |