「実況!兄弟喧嘩サーティーズ」   テーマ★兄弟喧嘩


 2000年、1月1日。
この年は、激しい兄弟喧嘩で幕が開いた。

 当時、四男在中の、臨月の私は、3人の息子を連れて、
実家でのんびりと元旦を過ごしていた。
 そこに現れたのは、疲れ果て、目のスワッた弟だった。
私、34歳、弟30歳。

 おせち、酢だこ、紅白ナマス、煮物に、ハムに、鬼ガラ焼き。
そして、心身ともにテンパッテいる30代の姉と弟。

 −−− 役者は揃った。

 弟は、持参した白ワインを手酌でがぶがぶ飲み、
にやにやしながらも、会話の言葉尻がだんだんとキツクなってきた。
 私は私で、もう、レギュラー満タンの腹を抱えて、情緒だって不安定だ。

 「お前さあ・・・・・・」
口火を切ったのは、弟だった。

「お前さあ、4大出てさ、一流企業に就職したのに、すぐやめちまってよお、
いいよな、女はな!」

「上司に物凄くイビラれて、軽い鬱症になってやめたんだよ」

「あめえんだよっ」

「はあっ?」

「ちょっとやそっとのいじめなんて、みんな我慢してんだよっ!」

「でも、病気になったんだよ。死にたくなっちゃってさあ・・・」

「死ねよっ!」

「はあっ?!」

「そんな軟弱な奴は、死んじまえばいいんだよ!」

「えっ?!」

「俺なんて、ストレスで十二指腸潰瘍やったんだよ! 黙ってたけどよお!」

「それこそ自己管理能力の問題でしょ! いばるな! 出世キチガイ!」

 髪振り乱した仕事帰りの弟と、臨月の姉は、ちゃぶ台を挟んで、
あわや、つかみ合い、といった状態だった。

「死ね! お前なんて、死んじまえっ! 死ね死ね死ね死ね!!」

「なんだと、このガキャ! 
テメエ、元旦に、そんなことが言いたくて、ここに来たのかっ!」

「ち、ちが・・・う・・・」

 弟は、すっ、と、キッチンに立った。

 私は、悲しくて、涙が出てきた。
そして、キッチンに向かって叫んだ。

「あんたに言われなくたってねえ、出産の時に死んじゃうかもしれないんだよ!
毎回、毎回、子供産むときは命がけなんだ!
あんたみたいな子供に、何がわかる!」

 弟は、タオルを顔に当てて、どおどお泣いていた。
私も、ティッシュをズパズパと連続で引き抜きながら、
おいおい泣いた。
 
 父と母と夫は、遠巻きに固まって見ていた。

「そんなねえ、名前も聞いたこともないような小さい会社でねえ、
ぼろ雑巾みたいになるまでこき使われてさあ!
体壊すなんて、バカなんだよお!お前は!!」

 私は、大泣きしながら言った。

「あんたを心配して言ってるんでしょうが!」

「悪かったよ! 言い過ぎた・・・・・・」

 弟は、べろべろで、ふらつきながら家を出て行こうとした。

「ちょっと待ちなさい! あんた、車でしょっ!!」

 母が、弟にむしゃぶりついて止めた。
「止めて! 誰か止めてよ! ねえっ! お父さん!」

 夫が、駆け出して行って、弟を体で押しとめた。 

「帰るっ! 俺、帰るっ!! もう2度と来ないっ!」

弟は、玄関先で地団駄を踏んだ。

「私、具合悪くなった。もう、寝る!」

 私は、両親の寝室へさっさと入って、布団を被った。

 弟は、夫と母に引き戻されて、コタツに座らされた。
その後、朝まで、父と弟が夜通しもめている声が聞こえ、
夫の「まあまあまあまあ」が、これまた夜通し聞こえていた。
 
 朝、コタツに放射状に倒れていた父と夫と弟は、
子供達がどんなに声を掛けても、乗っかっても、
なかなか目を覚まさなかった。

 その後、弟は、ちょっと目を離した隙に、
「お姉ちゃんにあやまっといて」と母に言い残し、帰ってしまった。

 「相変わらずバカだねえ、この人たちゃあ・・・・・・」
母は、朝の一服をつけながら、せせら笑った。

 「熱いっす! ここの家族は・・・・・・」

 夫は、目をこすりながら、やはり煙草に火をつけた。

 何事もなかったかの如く、2000年1月2日の朝は明けた。


               (おわり)

2001.07.19 作:あかじそ