「 時間がかかる 」


 先日、長男が入っている吹奏楽部の県大会があった。
 「楽そうだからパソコン部に入りたい」
と言っていた長男に、
「そんな軟弱な考えは、認め〜ん!」
と、私が半ば無理やり勧めて入部させたのだ。
 私自身、中学・高校と、
吹奏楽部で青春を謳歌したこともあり、
私と趣味の合う長男も、
きっと向いていると思ったからだった。

 最初は、男子が二人だったのだが、
一人が退部してしまい、
男子が長男ひとりになってしまったことで、
「やめたいやめたい」
とばかり言っていた。
 また、先生のしごきがきつくて、
連日泣きながら帰ってきて、やはり、
「やめたいやめたい」
とぐずっていたのだった。

 ところが、1年生ながら、
パーカッションの技術の上達が認められ、
本来1年生が出られない
コンクールやアンサンブルコンテストに出場できることになり、
俄然、本人もやる気がでてきた。

 連日朝早くから夜遅くまで
練習練習と、がんばったおかげで、
予選を通り、県大会に出られることとなった。

 しかし、県大会本番は、私の出産の10日後で、
遠い会場まで行けそうもない。
 長男は、吹奏楽部を勧めてくれたお母さんに
一番聴きに来てもらいたい、と言うのだが、
家族みんなに「まだ無理だろう」と言われ、
やむなく断念した。

 その代わり、父に会場に行ってもらって、
ビデオ撮影をしてきてもらうことになった。

 父は、初め、めんどくさそうにしていたが、
いつもオドオドしている初孫が、
実際、会場でイキイキと銅鑼を叩いたり
ウッドブロックやスネヤドラムを華麗に叩く姿に
感動してしまったらしい。

 県大会の後、
学校で演奏会が行われるということで、
今度こそ私も聴きに行くことにした。
 私と、アカンボを含めた子供4人、そして父の、
総勢6人がずらずら並んで客席に着いた。

 小規模な演奏会なので、
演奏者と観客がすぐ目の前に向き合うような形で、
ものすごい迫力だった。

 数曲が演奏された後、
最後に、長男の担当するパーカッションが演奏した。

 恐ろしく大きな音量に、
子供たちは首をすくめ、目をまん丸にしていたが、
曲が終わると、みな立ち上がって拍手していた。

 私は、アカンボが驚かないように
自分の手のひらで耳をふさいでやりながら、
静かに感動していた。
 いつも自信なさげに、ビクビク生きている長男が、
今、体全体で拍子を取りながら堂々と演奏している。

 無理やり吹奏楽部を勧めてしまったことに
後ろめたさを感じていたのだが、
これでよかったんだ、とほっとして涙が出そうだった。

 そんな感動する私の耳元で、
父が意外な言葉を発した。

 「 お前が学生のとき、
『帰りが遅すぎる』って言って、ぶん殴って悪かったな。
 こんだけすごい演奏をするんだから、
よっぽどいっぱい練習しなくちゃいけないんだろ。
 お前も、毎日遅くまで一生懸命練習してたんだろうにな 」

 私は自分の耳を疑った。
 父が昔、子供だった私に理不尽な折檻をしていたことなど、
すっかり忘れていると思っていた。
 私だけが覚えていて、
父は、自分が虐待していた自覚すらなかったのだ、と。
 しかし、父は、自分のしていたことを覚えていて、
いまさらながらだが、反省している、という。
 そして、反省している旨を、
素直に娘に打ち明けているのである。

 頑張る長男と、素直に生きる父。

 アカンボのおくるみに涙がポトポト落ちた。
 しかし、演奏の大音響が、
うまい具合に私の涙をごまかしてくれた。 

 長男は、今、生まれて初めて
「頑張ること」や「その向こうにある喜び」を知った。
 そして、父は、
気分次第で子供に折檻してしまうような馬鹿だが、
馬鹿だからこそ、自分の過ちに気づいたらすぐに、
びっくりするほど素直に謝るのだ。

 時間がかかるなあ。

 うちの血筋は。

 馬鹿なんだなあ。

 頑張ることも、謝ることも、
普通はもっと早く覚えるものなのに、
ホント、時間がかかるんだなあ。

 心身ともに、余計な労力が要るよ。
 馬鹿だなあ。

 でも、時間は、かかるが、
ちゃんと自分で気づいて、
自分で学習できるんだ。


 帰り道、父の運転する車の中で、
次男三男四男は、
「 アニキかっこよかったなあ! 」
「 ぼくも絶対吹奏楽部入る! 」
と興奮して叫び合っていた。

 その姿を、ニコニコしながら
ルームミラーで見ている父。

 よしよし、いい子だ。
 みんないい子だぞ!
 父、お前もな。


      (了)




(あほや) 2006.1.8. あかじそ作