「 体がやばい 」


 産後、どうも私の体は、なんだか変だ。
 大量の尿失禁は、産科の先生の指導の下、
連日のお股引き締め400回という訓練によって
何とか治まった。

 しかし、立ち上がるときに下半身に力が入らない、
右手の手首の痛みや左手のしびれや、関節の痛みなど、
年が明けてから次々と今までなったことのない異変が起こっていた。

 義母が脳梗塞や脳出血を経験し、
半身麻痺になったこともあり、
まず、脳の異常を疑った私は、
父に頼んで、公立の総合病院に一緒に行ってもらうことにした。
 いつもなら、自分ひとりでチャリンコでどこへでも行ってしまうのだが、
母乳一本で生きている生まれたばかりのアカンボを
連れて行かなければならないのだ。
 2〜3時間待つのは当たり前、という病院なので、
アカンボの唯一のお食事である私のおっぱいが
何時間も離れることは、アカンボにとって耐えられないことだ。

 じゃあ、母乳を哺乳瓶に搾って
アカンボと一緒に預けておけばいいじゃないか、とも思われるが、
私のおっぱい自体も、数時間おきにアカンボに吸ってもらわないと
次々湧く乳汁が乳房内に満タンになり、
カチンコチンに張ってしまい、
あっという間に乳腺炎になってしまうのだ。

 それに、5人子供を産んで育てるうちに、
お乳を絞って飲ませることと、直接吸わせることとは、
似て非なるもので、まったく違う意味があるんじゃないか、
と、本能的に感じるようなり、
搾乳は、できればしたくないのであった。

 というわけで、アカンボと父と私の三人で、
大混雑する病院の脳神経外科に行ってきた。
 初診のため、一番早く受付したにも関わらず、
順番がまわってきたのは、2時間後だった。

 問診の後、脳のCTスキャンと首のレントゲンを撮り、
その写真を受付に提出してから、
また数時間待った。

 その間、案の定、アカンボはおっぱいを欲しがったので、
ひと気の少ない廊下で、服をめくってサササと授乳した。
 過去5人の授乳経験から、
誰にも気づかれない、人前での授乳法は、身に付けている。
 股上の深いズボン(今は「パンツ」というのよね)で腹を隠し、
上半身はAラインの服を着ると、
服をめくって乳をくわえさせても、乳房は、見えないし、
ただアカンボを抱いているように見える。

 もし、人に授乳しているのがばれたとしても、
見た人は不快かもしれないが、私は一向にかまわない。
 昔は、公園のベンチや電車の中でも、さりげなく
上手におっぱいをあげているお母さんがよくいたものだ。
 周りの景色に同化しながら
堂々と授乳するお母ちゃんの姿はまぶしかった。
 それを、「エチケット違反だ」と
思う人たちも確かに大勢いるのだろうが、
少なくても私は、美しい光景だと思う。

 まあ、それはともかく、
今回は、一応隠れて授乳したが、
さすがにオムツは待合室では換えなかった。
 別にウンチをしているわけではなかったが、
具合の悪い人たちがごったがえしている中で、
「ご開帳」するのも失礼だし、
それこそエチケット違反なので、
いつ呼ばれるかヒヤヒヤしながらも、その場を離れ、
小児科周辺で授乳・オムツ換え室を探しまくり、
そこで急いでお尻をきれいにしてやった。

 ああ、自分の病気どころではない。
 医者に行くのも一大事だ。
 こういう大変さも手伝って、
子を持つ母は、
自分を医者に診せるのを明日延ばしにしてしまう。
 だから、「お母さんの病気」というものは、
発見が遅れてしまうのではないだろうか?

 さて、脳神経外科の診断では、
「異常なし!」だった。

 しかし、先生の判断だと、
どうも、整形外科の領域の疾患ではないか、
ということだった。

 そこで、同じ病院の整形外科にあてて、
経過を手紙に書いてもらった。
 「来週にでも整形を受診してください」と言われたが、
またこの混雑の中、半日かけて待つのか、と思うと、
クラクラしてきた。

 しかし、それから数日のうちに、
原因不明の指の関節痛や、
下半身の倦怠感がひどくなり、
受診せずにはいられない状況になってきている。
 ふとした瞬間に、
抱いたアカンボを落としそうになるので、
これは急いで治療しなければ危険だ。

 今日の朝、分厚い「家庭の医学」の本を開いて、
該当する症状を調べてみたら、
膠原病の一種、「慢性関節リウマチ」にぴったり合っていた。

 え?
 リウマチ?
 膠原病?

 親戚のおばさんや、友達に
膠原病やリウマチの人がいるが、
いよいよ私もか?

 手相では、どう見てもふたりしか産めない相が出ているのに、
強引に5人も産んじゃったから、
その分不相応さに、体がオーバーワークになり、
病気を発してしまったのか?

 ともかく、整形外科受診は明日。
 その後、週末には、MRI検査をすることになっている。

 ついにきた。
 体にきたね。

 でも、私は、なんだか、
ゆったりした気分になっている。

 こんな心身ともにハードな生活をしていたら、
いつか病気になってしまうだろう、と感じていたが、
「いつかいつか」と気を揉むのも、これで終わるのか、
と思うと、やれやれ、と、ホッとするような感じになる。

 病気が何さ。

 私に言わせれば、病気になった不幸せなんて、
5人の子供を持てた幸せと比べたら、
屁でもない、っつーの。

 子供たちは、みんな喘息だし、夫は通風。

 みんな持病持ちなんだから、
私だって一病くらい持っていたって平気平気。

 そんなこんなで、病院、行ってきます。
 病気の管理は、もうお手のものだもんね。


 追記

 ちょっと待てよ。
 もし、病気だったら、薬を服用しなきゃならないのか?
 その薬は、授乳していても飲めるものなのか?
 治療のために、無理やり授乳をやめなければならない、
なんてこと、ないだろうねえ?

 薬代は高いのか?
 入院とかが必要になるのか?

 おいおいおいおい、待てよ待てよ。
 のんきに病気なんてしていられないぞ。

 私ひとりの問題じゃあないぞ。
 まずいまずい。まずいぞ。
 お母ちゃんが病気じゃあ、やっぱ、大変じゃんか!

 ああ、単なる腱鞘炎であってくれ!
 単なる関節炎であってくれ!

 私のためではなく、
私の家族のために!


     (了)

 
(しその草いきれ)2006.1.16.あかじそ作