「 同じところで同じことを続けること 」

 ふと気付くと、私は、今日まで、約14年間もの間、
乳幼児を育て続けている。
 最初の数年間は、私にとって「乳幼児」は、
わけのわからない猛獣でしかなかったが、
やがて、それらが成長することに気付き、
また、その成長がすさまじく早いことに驚いた。

 私を殺さんばかりにストレスを与えてくれた、かつての乳幼児は、
いまや、夫以上にたよりになる、立派な家族の構成員だ。

 現在0歳児の第5子が学校に上がるまでの6年間、
私の乳幼児を育てる生活は、続き、
その合計は、20年となるはずのなのだが、
その20年間が、ありがたくて貴重な、
そして、超高速で私を前進させてくれるものなのだと、
最近気付いたのだ。

 乳幼児育児数年、というキャリアのときは、
家の中で24時間365日子供の世話、という、
同じことを繰り返すだけの毎日を、
「足踏み状態」だと思っていた。
 夫や子供を通じてしか社会と交われないし、
そのくせ、夫は、忙しく、満足にコミュニケーションもとれない。
 社会の第一線でイキイキと働く人たちからみたら、
自分なんて、よどみの中にうずくまっている存在なのだと思っていた。

 そのことで、余計に、
「子供の世話」という超反復作業に対して、
意味を見出せなかったし、
自分は、意味の無いことを繰り返す、
意味の無い人間なのだ、とさえ思っていた。

 しかし、乳幼児育児生活10年を超えた頃から、
「子供って! 子供って! ・・・かわいいの〜〜〜う!!!」
と心底思うようになったのである。
 
 前から子供の可愛さは、ちゃんと感じてはいたが、
そんじょそこいらの「可愛さの感じ方」とはまるで違う、
体の芯から湧いて出る、生きる喜び、生への慈しみというものが、
とめられないほどに猛然と、ドクドクと湧き起こってくるのであった。

 これは、乳幼児を育て始めの頃には気付けなかった、
本能的な「悦び」ともいえる、エクスタシーであった。

 これは、育児に限らず、
同じところで同じことを続けることは、
まったく進歩がないことのようでいて、
実は、大変な進歩があることなのではないか?

 意識的に自分を進歩させようとして、
自己啓発セミナーに行ったり、
習い事を複数掛け持ちするのもいいが、
何気ない生活の中の反復が、
実は、自らを強力に進歩させる「悟り」のようなものを
ある日突然与えてくれる、ということがあるのではないだろうか?

 そういえば、先日、
我が家のアカンボが初めて熱を出し、
時間外診察に行ったのだが、
そこに訪れている若いパパママやジジババは、
もう、必死必死で、余裕が無く、
私たち親子が目の前に座っているにもかかわらず、
一度も目が合わなかった。

 私は、具合の悪いアカンボを抱きながら、
かつて自分もこうだったなあ、と、
親しみをもって彼らを見ていた。
 みな、自分の子供の病気で必死なのだ。

 しかし、彼らの懐に抱かれたアカンボたちの顔を見て、
私は、ハッとしたのだ。

 小さなアカンボたちは、みな、
笑顔をうっすら浮かべて、大人と目が合うのを待っている。
 笑顔のスタンバイをしているのだ。

 大人たちからたくさんあやされて、
周りの大人は、みんな自分に笑いかけてくれるものだと信じきっている。

 生後2ヶ月から半年くらいまでのアカンボは、
まだ自由に動きがとれず、
自分ひとりで座っておもちゃで遊ぶ、ということもままならないので、
大人たちが、自分に向けてあやしてくれることが、
大きな楽しみでもあり、一番の遊びなのだ。
 だから、そのくらいのアカンボは、みんな、
いつも大人と目が合うのを今か今か、と待ちわびて、
キャッキャ、と笑うスタンバイをしているのだ。

 可愛いじゃねえか!!!

 今まで、バタバタバタバタ走り回ったり、
ある日突然、グタ〜ッ、と死にそうになってしまう
自分ちのオスガキどもに必死になっていて、
まったく気付けずにいたのだが、
いや〜、実に可愛いじゃねえか! よそんちのミニアカンボ!

 待合室のそこここに、
「さあ笑うぞ今笑うぞ」
と大人と目が合うことをさあさあさあさあ、と待っているミニのアカンボたち。

 必死必死の親御さんたちの懐に抱かれて、
頬をひくひくさせて、笑顔のスタンバイをしている、ヤツラ!

 か〜〜〜わいいじゃねえか!!!

 おまけに、私の胸元でひくひく何かが動いているので、
アカンボの顔を見たら、
向かいのミニアカンボと目を合わせて、
お互いに「ひひ〜」「うひひひ〜」と、
笑い合っているではないか。

 きゃんわゆ〜〜〜〜〜〜い!!!

 乳幼児育児生活を、「暗闇生活」と思い込んだまま、
駆け抜けてしまっていたら、気付くことができなかった、この光景。
 目は見ていても、心から見えてはいなかっただろう、この光景。

 幸せだなあ〜!
 あの、アカンボたちの、
あの表情に気付くことができた自分は、
ものすごく幸せ者だなあ〜!!!

 同じところで同じことを続けることって、
実は、すごいことだったんだ。
 ひとを大前進させちまうんだなあ〜〜〜!!!



          (了)

(子だくさん)2006.2.27 あかじそ作