「 悪夢大会 」

 いい夢は、誰にも言わずに自分の胸にとどめておいた方がいい。
 そして、悪い夢は、すぐに人に言って、吐き捨ててしまう方がいい。
・・・・・・ということがよく言われるようだ。

 そういうことで、我が家では、
暗い顔で起きてきた人が、朝っぱらから家族みんなに、
「今日の悪夢」を発表することが多い。

 ちなみに、今朝は、中1の長男が第一声を発した。

 「お母さん、嫌な夢見たんだけど、聞いてくれない?」
 「いいよ、何?」
 「僕が学校のティンパニをトラックに運んでいたら、
突然まわりに人がいなくなって、
自分がどこにいるのかわからなくなったんだよ。
 家に帰れなくなって、すごく怖かったよ」
 「おお、そりゃあ、怖いなあ」
 「あ・・・・・でも、落ち着いて考えたら、そんな怖くもないか」
 「まあ、夢ってのはそういうもんだよ」
 「そうかあ・・・・・・」
 「ティンパニ運んで【ティンパニック 】なんつって」
 「あ〜あ、今ので完全に怖くなくなった」
 「あっそ、よかったな」

 1分だ。
 誰にも言わなければ一日中嫌な気分でいなくちゃならないが、
話せば、1分で悪夢から解放される。

 悪夢といえば、「じじじそ」こと、うちの父の悪夢ったら大変なもんだ。

 私がまだ独身で実家に住んでいた頃、
居間でテレビの深夜番組を見ていたら、
ふすま一枚隔てた隣の部屋から、
なにやら女のうめき声が聞こえてきた。
 そこは、両親の寝室なので、
(おい、まだ私が起きているのに始まっちまったのかよ?!)
とびっくりし、とりあえず、私が居るということを表明しようと思い、
「えへん、おほん」
と咳払いをしてみた。
 しかし、相変わらず女のうめき声は、激しくなる一方だ。

 「ええええっっへん! おおおおっっほ〜〜〜ん!」

 これ以上そんなものは聞きたくなかったので、
私は、ものすごく大きな咳払いをした。
 が、しかし、それ以上に大きな声で

 「うううう〜〜〜〜〜んんん〜〜〜」

 と、うめき声がしたかと思うと、

「うるへ〜〜〜!」

と、いう、かすれた母の怒声がした。

 (へ? 今のうめき声、母ちゃんの声じゃないの?)

 と、いうことは?

 私は、「鶴の恩返し」のおじいさんおばあさんのような心境で、
ふすまをそっと開けてみた。
 すると、そこには、
布団の端を乙女のように噛み、悪夢にうなされるじじじそと、
寝ながら隣のじじじそをコブシでぶん殴っているばばじそ(母)がいた。

 「どうしたの!」

 私が叫ぶと、ばばじそは、
「毎晩毎晩、くそじじいがひーひーひーひーうなされてうるっさいのよ!」
と、ブチギレている。

 じじじそは、散々ばばじそにぶん殴られて起き上がり、
「ああ〜〜〜、怖かった」
と、青い顔をしている。

 「どうしたのよ」

 と、もう一度聞いて見ると、じじじそは、
「まいったよ・・・・・・すげえでかい怪獣が追いかけてきてよう」
と言う。
 「はあ? 怪獣?」
 私は、聞き間違いだと思い、
もう一度聞き返すと、もう、すごい勢いで話し始めた。

 「怪獣がよう、逃げても逃げても、追いかけてきてよう、
俺、洞穴に逃げたんだけど、その中にでかい手を突っ込んできて、
俺をぼりぼり掻き出そうとしやがってよう!」

 じじじそ、はんべそをかいている。

 (お前は、子供か!!!)

 じじじそは、自分の悪夢を発表し終わると、
すっきりとしてすやすや眠り始めた。

 おいおいおいおいおいおいおいおい〜!

 女のうめき声が聞こえたときの私のショックと、
それから数分間のいろいろな葛藤、
その際の激しい精神的ストレスをどうしてくれるんだよう!
 このアホ父は!

 じじじそは、コタツでうたた寝していても、
しょっちゅううなされているが、
決してばばじそは、その夢の内容を聞かない。
 聞いたらムカつくことは経験上知っている。
 だから、ただ、起こす。
 
 「うるへ〜!」

 と言って、蹴っ飛ばして起こしてやっている。
 それでも、悪夢から解放されたじじじそは、
「ア〜怖かった」
とか言いながら、ホッとして起きてくるのだから、
ま、いっか。

 そういう、「あほ悪夢」を見るのは、
実は、遺伝なんだ、ということを、最近知った。

 じじじそそっくりの次男は、
毎晩、寝床でひーひーひーひー泣いているので、
「どうした?」
と起こしてやると、
「シッポが生えてきて怖かったの〜」
とか、
「宿題が山のように出たの〜」
とか、くっだらない内容で、死ぬほどうなされているのだ。

 昼間は、マイペースでのんびりやってる次男が、
毎晩(本人にとって)怖い夢を見ているのに対し、
昼間、気難しい三男が、
寝ながら毎晩「いひひひ、いっひひひひひひ」と、
さも可笑しそうに笑い転げているのも、変な話だ。

 長男は、普段はっきりものを言わないくせに、
寝言は、起きているとき以上にはっきりとしたカツゼツで、
「3番、Y=3X+5です。いいで〜す!」
などと言っているし、
四男は、
「はいよ〜、はいよ〜」
と赤ちゃん言葉で言っている。

 ちなみに、「はいよ〜」とは、
四男が3歳になってもまだ断乳できず、
夜中に私のおっぱいを吸いたがっていたとき、
「もうやめなきゃだよ」
とたしなめつつも、私が眠いものだから、根負けして、
「はいよ」
と乳を差し出すときに毎度発したせりふである。
 つまり、夢の中では、
ヤツは、まだおっぱいを欲しているわけだ。
 昼間は、あんなにいっちょ前な口をきくのに、だ。

 そんなわけで、ひとりひとり、
昼間の性格と夢の中では、かなりの違いが認められる。

 ちなみに、うちの夫も、よく夜中うなされているのだが、
朝起きてから「どうしても聞いてくれ」と言われて、
その夢の内容を聞くと、
「学生時代の友人がどうの」
とか
「何かがどんなで嫌だった」
とか、
ほんっっっとうに、ど〜〜〜でもいい内容で、
しかも、ぜんっっっぜん面白くないので、
心底うんざりする。

 だから、いざ、書こうとしても、
ちっとも思い出せやしない。

 かく言う私も、かなりのものだ。

 じじじそのことは言えない。

 今朝もまた悪夢を見たのだ。

 朝、幼稚園に四男を送り出そうとしたら、スモッグがない。
 慌ててお兄ちゃんが使っていたスモッグを出してきて、
似たような名札をつけようと紙を切って作っているのだが、
うまく切れない。
 「キレテないっすよ」
などと、つぶやきながらも、
必死に切るが、やっぱり切れない。
 イライラしているうちに、時間が迫り、
慌てて自転車の後ろに四男を乗せて、
猛スピードで幼稚園に行く。
 すると、職員室で秘密の会議をやっていて、
その中へ、飛び込んでしまった私は、
園長にものすごくネチネチネチネチ責められる。
 慌てて外へ出て、ほかの父兄の人たちに会うと、
「あ〜あ、あかじそさん、ついにやっちゃったね」
と、また、口々に責められる。
 ああ、どうしよう、どうしよう、と、
混乱しながら駐輪場に行くと、
コントに出てくる泥棒のように、
口の周りに丸くひげを描いた泥棒が、
自転車をたくさん分解していて、
トラックに積み込もうとしているところだった。

 私は、とっさに、
「あ、用務員さん、こんにちは」
と、すっとぼけたが、思いっきり顔を見てしまったので、
泥棒が私を亡き者にしようと、スパナを持ってじりじり迫ってくる。

 「ぎゃあ〜〜〜!」

 はい、そこで朝。

 もんもんとしながら起き上がり、
子供たちを起こして、階下に降りた。
 長男の悪夢を聞いてやった後、
私も長男に聞いてもらう。

 「・・・・・・で、スパナで殴られそうになって、怖かったんだよ〜」

 すると、長男は、
「バス通園なのに、何で自転車で行ったの?」
と聞いてくる。
 
 あ、そっか。

 「言っちゃ悪いけど、お母さんの夢って、
いっつも誰かに責められてるよね」

 あ、そうね・・・・・・

 そうか。
 長男に指摘されて気付いたのだが、
私は、いつも誰かに失敗を責められて、
言い訳をしたり逃げ回ったりしている。

 完全にあのトラウマがらみじゃないか。
 就職して、新入社員だったとき、
会社始まって以来の、ものすごい大ポカをして、
みんなに責められ、誰もかばってくれなかったことで、
軽いウツ症になり、せっかく就いたいい会社を
病気退職してしまった、という過去のトラウマ。

 もう、それは、17年も前のことだ。

 まだ引きずっているのか。

 ああ、人から見たら、くっだらない夢でも、
案外、深い意味があるのかもしれない。
 
 と、いうか、反対に、
自分では、重大に考えていることが、
人から見たら、どうってことないことだったりするんじゃないか?

 ああ、これをきっかけに、
このトラウマを吐き捨ててしまおう。
 私の人生の奥底で、
いまだに私を苦しめ続けているトラウマから、
私を解放するために見ているのだ、悪夢を。
 悪夢は、心のウンチだ。
 私の心の宿便を、排出させようとしているのだ。
 この怖い夢は。

 さ、今日も見よう、悪夢。
 うなされよう、もっと、もっと。

 そして、起きたらすぐに、忘れないうちに、
誰かに言おう。

 言って、
「アホか」
と突っ込んでもらって、
自分の心の奥底に沈殿している、
嫌だったこと、つらかったことを、
「アホアホエピソード」に変換しよう。

 そして、さっぱりして、明日からの現実を生きよう。



       (了)

(しその草いきれ)2006.3.13.あかじそ作