「 あに食うだよ〜 」

 長女、生後8ヶ月。
 何でも口に入れるお年頃。
 一方、長男中2、次男小6、三男小4、四男小1.
 細かいグッズを所有したがるお年頃。

 居間には、直径3センチ以下のものは持ち込み禁止で、
もし私が見つけた場合、断りなしに処分していい、
という我が家の条例を作ってあるのだが、
やはり、連日、細かいものが、ころころころころ居間に転がっている。

 誤飲が怖いわけ!

「あい〜ん」じゃないんだよ、
「ごい〜ん」は、死んじゃうかもしれないんだよぅ!

 日に何度もビーダマや紙粘土や、ちびた消しゴムが、
畳の上で発見される。
 アニキたちに、
何度言っても、
何度怒っても、
何度優しく諭しても、
毎日毎日、ころころころころ転がっている。

で、悪びれもせず、
「いっけね〜」
で終わり。

 いけねえの!
 すんごくいけねえの!

 チラシなどの紙類も大好きで、
アカンボの顔をふと見ると、
食べ物をやっていないのに、そしゃくしている口元。

 「おい!」

と、口の中に指を入れて探ると、
学校からのおたよりや、マクドナルドのクーポンなどが、
上あごにまったりくっついている。

 「おえ、おえ」
と、エヅイテいたら、確実によからぬものを食っている証拠。
 エヅク、ということは、体が拒絶してくれているから、
まだ、瀬戸際で食い止められているが、
おもいっきりゴックンいっちゃっているときもある。

 さきほどは、長男の頃から使っていた歩行器の
破れた背当ての裂け目から、
ふるぼけたスポンジを掻き出して、
旨そうに食ってしまった。

 「あっ」

と気付いた時には、もう召し上がった後だった。

 まあ、よっぽど大量でなく、
有害物質でもなくて、
のどにつまりさえしなければ、
きっとウンチに出てくるだろうと
たかをくくっているのだが、
こう毎日何かしら口に含んでいるということは、
私の気付かぬうちにまずいことになっていることも考えられる。


 アカンボが生まれてから、
初めて気付いたヤバイところもいっぱいだ。

 障子ふすまの木の骨が折れて
ものすごく鋭い木がむき出しになっている建具の数々。
 骨まで折れていなくても、
子供同士の喧嘩で割れたり裂けたりした、
建具のベニヤ板。
 ささくれ立ったトゲが、無数に突き出している。

 配線のいい加減なコンセントまわり。
 掃除の行き届いていないサッシのレール。
 アカンボが自分で乗れるが、降りられないちゃぶ台。
 輪になったひもにぶら下げた雑貨。
 テーブルの上に置いた、とがった鉛筆。

 やばいやばいやばいやばい。

 ナニからナニまで、どこもかしこも、
小中学生のいる家庭は、
アカンボにとって、危険地帯に他ならない。

 私は、朝から晩まで床を這いつくばってチェックしたり、
アカンボの「いじくり」から逃げまくりながら、
食事したりお茶を飲んだり、新聞を読んだり。
 アニキたちが帰れば、
必死に片付けても怒鳴っても叫んでも、
危ないものが秒単位で氾濫していくし、
気が気でない毎日だ。

 落ち着かない。

 毎日数十回、
志村けんの口調で「あに(なに)食うだよ〜」と
叫んでいる。

 ところで、このアカンボの行動は、
きっと本能だと思うのだ。

 ヒトという動物は、古来、
親が運んできた食べ物を噛み砕いて
アカンボに口移しで食べさせたりしていたのではないか、と思う反面、
親は、勝手に横たわってアカンボに乳を吸わせ、
自分は、勝手に食べたいものを食べ、
アカンボは、這いまわれるようになると、
勝手にその辺の食べられそうなものを
はむはむと食っていたのではなかろうか、という推測もできる。

 こう考えると、
ヒトの子供というものは、案外たくましい生き物で、
最低限の親の加護の下、
勝手に大人に育っていくものなのかもしれない。

 親は、気ままに家のことなどしながら、
時々チラッと子供に目をやり、
「あ、生きとるな」
とチェックしつつ、引き続き自分の用事をやっている、と。

 で、子供は、子供で、
親の目を盗んで
少しづつ「やっちゃダメ」ってことをやってみて、
そうやって失敗しながら大人になっていくのではないか?

 運が悪ければ死ぬ。
 親は、死なないように「チラ見」を続ける。
 これが、太古からヒトに備わった
「種の保存」なのではないか?

 今の日本の親は、
忙しすぎるのか、暇すぎるのか、
そういうヒトとしての本能が狂ってきていて、
いい感じに「チラ見」できなくなってきているのではないか?

 過保護に「ガン見」とか、
放置して「無視」とか、
ヒトの親としての本能を忘れてしまっているんじゃないかしらん?

 自分は自分で
無理せず生きてればいいんじゃないか?
 子供のためにすべてを犠牲にしなくても。

 「チラ見」する愛、
「ガン見」しない忍耐、
「無視」しない人間性、
そういうものさえあれば、
一応子供は、育てられるんじゃないかしら?

 そう言っている間にも、
我が家のアカンボの口元は、
なにやらはむはむ動いている。

 今度は、あに食ってるだよ〜う!!!


   (了)


(子だくさん)2006.7.10.あかじそ作