「 しじゅうにしてまどわず 」

 いつものことだが、また悪夢にさいなまれ、
油汗を流しながら起床した。

 あんなに苦しんだ悪夢なのに、
起きて人に話すと、今回も、実にくだらない内容なのだ。

 かつてから気になっていたディズニーシーの新アトラクションが公開され、
それをテレビのCMで見た、その夜のことだ。
 その夢を見たのは。


 夢の中で、私は、ディズニーシーの新アトラクションの前にいた。

 大きなスクリーンがそこにそびえ立ち、
大勢の人間が、ずら〜っと並んで入場を待っている。
 私もその列の中にいて、順番を待っているのだが、
どうも、昼間テレビで見た内容と違うのが気になった。

 確か、それは、フリーフォール型のエレベーターのはずなのだが、
今自分が並んでいるのは、どう見ても、屋外映画館という感じだった。

 まあ、それはそれとして、
順番を待ちながらその大画面を眺めていると、
その画面の左端に、高い高いひとり用の舞台がついており、
ピンスポットのライトが当たっている。
 そこに、順番の回ってきた人が立ち、
上映されているディズニー映画にアテレコをしているのだ。
 「公開アテレコ」というべきか、
ともかく、私にはその面白さがまったくわからないのだが、
大観衆は、誰が出てきて何をしゃべっても、
「うお〜〜〜!」
だの、
「わお〜〜〜!」
だの言って、盛り上がっている。
 で、みんな実に上手に声を使い分けて、
ミッキーやドナルドや、ナレーションなどの声を出している。

 ひとり終わるごとに大喝采で、
いつの間にか、じわじわ自分の順番がせまってきた。

 順番がくると、小さな秘密の入り口から、私ひとりが通された。
 近未来型の銀の通路がえんえん続いている。
 それは、動く歩道になっているらしく、
ぼんやり立っている私は、
勝手にギンギラの「装置裏セット」の中を、
ウイ〜〜〜ン、とオートマティックに進んで行った。

 これはなかなかいい感じであった。
 いろいろなかっこいいセットの中を突き進むうち、
ついに舞台袖にまで、オートマティックに運ばれたのだった。

 そこには、宇宙的なコスチュームに身を包んだ
綺麗なお姉さんがひとり立っていて、
こちらをどうぞ、と指差す。
 いつの間にか壁から発生し、
パカッと開いた15センチ×15センチの銀のドアからは、
ウイ〜〜〜ン、カシャ、
ウイ〜〜〜ン、カシャ、
と、何かきらめいたお盆が出てきて、
その上には、オレンジジュースの入った銀色のコップが乗っていた。
 お姉さんは、
「宇宙オレンジジュースです。本番前にどうぞ」
とクールに言う。

 「宇宙オレンジジュース!」

 思わず感嘆し、震えながらそれを飲み干す。
おお、なんという味・・・・・・
 心なしか、ポンジュースの味に似ている。

 すると、ふいに、喝采が起こり、
お姉さんの表情に緊張が走る。

 そして、唐突に私に向き直り、こう言うのだ。

 「さあ、出番です! 行ってらっしゃい! 発進!」

 (発進?!)

 ギョッとしているうちに、いつの間にか私は、
地上50メートルほどの高さの舞台の上にいて、
まぶしいスポットライトを当てられ、
人々の注目と拍手を浴びていた。

 私は、先ほど宇宙的な通路を通るとき、ひそかに小声で
「ぼく、ミッキーだよ」(裏声)
とか、
「くわっくわっ、ドナルドだよ、くわっ」
などと必死に練習していたのだが、
いざ本番が始まると、足がすくんで声も出ない。

 (なんでこんなのに並んだんだろう!)
 (やりたくない!)

 しかし、時すでに遅し。

 半べそでお姉さんの方を振り返ると、
「ハバナ〜イス、アテ〜レコ!」
と、やたらでかくて綺麗なよそ行きの声で言われちゃうし、
「えっと、台本とかは?」
と、聞くと、
「すべてあなた次第です! エンジョ〜イ! ディ〜ズニ〜!」
と、ニッコニッコしながら突き放しやがった。

 (ええい、こうなったら、思い切りやってやる!)
 (みんなを笑わせて笑わせて、大いに受けまくってやるぞ!)

 そう覚悟を決めてスクリーンに目をやると、
そこにはなんと!

 「大河内伝次郎」とか「坂東妻三郎」とかが、
白黒の画面の中、コマ送り的な動きで、
ちゃんちゃんばらばらやっているではないか!

 (ええええええ〜〜〜〜〜っ?!)
 (ディズニーじゃないじゃ〜ん!)

 しかし、観衆は、ジ〜〜〜ッと私を見ている。
 私が何かしゃべらないと、この場が収まらないようだ。

 (ああ〜〜〜ん、もう!! やるっきゃねえ!)

 私は、のどを絞って、出せる限りのダミ声で第一声を発した。

 「ときは、元禄15年ん〜、お江戸に悪がはびこる世の中でぇ〜、
ひとりの素浪人が悪者退治に立ち上がった〜い!」

 (なに言ってんだ、私!)

  「『ああれぇ〜え、お助け〜』
   『おい! 何をしやがる、こんちきしょうめ!』
   『てめえなんぞには、用は無い、どけぃ、どきやがれぃ』  
   『こら、そうは問屋がおろすめえ、こんな昼ひなかから、何をしやがる!
                                     お天道様が見てらあね!』
   『てえい、しゃらくせえ! ぶったぎってやる』
   『やるか、悪漢、受けて立つぞ、覚悟、えいえいえい、覚悟じゃあ〜』」

 (ええ〜〜〜ん、誰か助けて〜〜〜)

 必死にわけのわからない講談をやってみたが、
見事に会場は、どっちらけだった。
 映画も中途半端に終了し、
次の人の番になり、また、ディズニー映画に戻っている。

 (何で、私だけ「ちゃんばら」なの〜?!)

 納得のいかないまま、首をかしげかしげ出口から出てくると、
出口付近にあるベンチに腰掛けていた子供たちが、
のろのろと近づいてきた。
 夫は、アカンボを抱いて、私と目を合わさないようにしている。
 そして、長男は、開口一番、
「お母さん、ドンマイ」
と、心底気の毒そうに言った。

 なんだ、このアトラクション!!!!!

 ここは、夢の国じゃねえのかよ!!!!!

 日常を忘れられる場所じゃないのか?!

 なんで、急に、自分の実力を問われなきゃいけないの?

 なんで、急に、アトラクションを客に丸投げ?

 おかしいだろう!
 おかしいよねえ!!

 しかし、泥のように落ち込む私以外は、
この国のみんなは、夢心地の表情だ。

 うっそ〜〜〜ん!

 そこで、どろ〜ん、と落ち込んで座り込んでいると、
ニコニコしたディズニーのお姉さんが私に近づいてきて、こう言った。

 「おめでとうございます!
  あなたは、全国で4人という難関を突破し、パレードのみこしの上で踊れることになりました!」

 「は?」

 「みんながうらやむパレードダンサーに選ばれたんですよ!」

 「はあ・・・・・・」

 そこで、お姉さんは、急に小声になり、
「このダンサーになると、ディズニーダンス研修を受けてもらわないといけないんです」

と言う。

 「なんすか、それは」

 「九州か東北のどちらかの研修室で踊りを練習するんです、4回です」

 「遠いわ!」

 「遠いって言っても、ディズニーですよ。みんながうらやむディズニー研修室ですよ」


 「ええ〜、でも、遠いって〜!」

 「断るんですか? こんなにラッキーなことが起こっているのに、断るんですか?」


 「ええ〜、でも〜」

 「どうするんですか? 研修するんですか? しないんですか?」

 「ええ〜〜〜、したくないけど、しなきゃいけない空気なんでしょう?」

 「そうですけど、決めるのは、あなた自身ですよ」

 「ええ〜〜〜」

 「さあ、さあ、さあ、さあ」

 「やっぱ、めんどくさい! やんない!」

 「ええ〜〜〜〜〜! ディズニーですよお!!」

 「何よ、断るって選択肢は無しなの?」

 「いえいえいえいえ、そんなことはありませんよ」

 「じゃあ、やめるよ」

 「まさかまさかまさか!」

 「ちょっと〜!」

 この問答が延々続く中、
突如、携帯のアラームが鳴って、
現実の世界に引き戻された。

 朝だ。
 子供の学校のしたくだ。
 2学期だ。


 なん〜〜〜〜〜〜なんだ!
 この夢!!!

 気分わる!!!!!

 ず〜〜〜〜〜〜〜っと悩んだり、迷ったりしている夢じゃんか!
 楽しくねえ!
 ちっとも楽しくねえ!

 夢だよ!
 自由に見ていい夢なんだよ!
 それなのになぜ、こんなに精神的にクル内容ばっかりなのよ!

 だいたいねえ、
怪獣が出てきて、ああ、怖かった、とか、
どらやきたらふく食べて、ああ、お腹いっぱい、とか、
そういう単純明快な夢が見たいよ。

 なんで、いつもいつも、こう、
「どうするどうするおまえならどっちを選ぶ」
とか、
「お前の実力は、どうだ? どこまでできるのだ?」
とか、
そういう、精神的に追い込まれるような状況ばかりになるのだ。

 これって、夢診断とかをしてもらったら、
絶対、「生き方を迷ってる」って言われるよね。

 迷ってるもんね、実際。

 でも、ここで、ハッとしたのだが、
私の今までの人生は、ずっと、
「迷っている」という事態に支配されてきたような気がする。

 迷うことに悩み、
 迷うことに困り、
 迷うことに疲れ、
 迷うことに叩きのめされてきた。

 もうさあ・・・・・・

 迷うのやめてみないか?

 どうやったって、なるようにしかならないし、
迷ったって、迷わなくたって、
結局私は、自分の行きたい方向に行こうとしてしまうんだから、
もう、迷うのをやめて、
行きたいところへ行けばいいじゃないか?

 私の人生の大部分を占めてきた心の問題、
その心の大部分を占めてきた迷う行為、 
その「迷う行為」をやめたら、
もっと他のことにパワーが回せるじゃないか?

 いつも現実の一歩を踏み出せないのは、
常に迷い疲れてしまっているからではないのか?

 迷わずに進もう。
 もう、一生分迷ったじゃないか?
 迷うだけ迷って、そして、
そろそろ明るい場所へ出てきたんじゃないの?

 これからは、人生に迷わないで、
行きたい方向へ行こうじゃないか。
 
 実際に動いて、1歩でも2歩でも、
前へ進もうじゃないか?

 こういうくだらない夢ばかり見るのは、
迷ってばかりいて動きが取れなくなっている馬鹿らしさに、
自分が気付き始めているからなんだ。

 優柔不断歴40年。

 しかし、「しじゅうにしてまどわず」というし、
一回、迷うのやめてみよう。

 そして、
「だからなんだ、このヤロー」
と、胸を張って生きて行こう。

 こういうのって、実は、広い意味での
「自信回復」っていうんじゃないかしらん?

 違うかしらん?

 いや、そうだね! (迷い無し)



   (了)

(しその草いきれ)2006.9.4.あかじそ作