「正しい母親」



 ある日、スーパーに、「アンケート」の箱が置いてあり、
側にアンケート用紙があるのを見つけた。
 
 メモ用紙にでも使おう、と思い、何の気なしに1枚、
袋に突っ込み、家に持ち帰ってきた。
家で、冷蔵庫に食品を入れながら、その用紙に書かれた文字を見て、驚いた。
 
 <あなたは、それでも「母親」のつもりですか?>

 アンケート用紙と思っていたが、それは、
どこかの団体の啓蒙活動パンフレットだったようだ。


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  <あなたは、それでも「母親」のつもりですか?>

 増えつづける子供の虐待死! あなたは、他人事と思っていませんか?
以下のことは、母親として最低限のルールです。
 守ってますか? 正しい母親の義務を!


 1、 就園前の幼児を、午前10時〜正午くらいの間、近くの公園に連れて行き、
  同年代の子供と遊ばせ、子供の社会性を育てる。

 2、 子供に「おともだち」を作り、その母親とも仲良くし、
  お互いの家を行き来するなどして、交流を図る。

 3、 子供同士の喧嘩は、常に「両成敗」を主張し、被害を受けた子供よりもむしろ、
  加害者の子供の言い分をしっかり聞いてあげる。
  その場で仲直りさせ、親子ともども遺恨を残さない。

 4、 休日には、家族ぐるみの友人たちと共に、バーベーキューをし、友好関係を築く。
 
 5、 子供の入学式や卒業式、運動会などには、ビデオ撮影担当の父親を参加させ、
   子供の祖父・祖母にも声を掛け、イベントを盛り上げる。
 
 6、 母の日、父の日には、実の両親はもちろん、義理の親にも贈り物を欠かさない。
 
 7、 子供のちょっとした才能を見逃さず、どんどん伸ばしていく努力を怠らない。

 8、 幼稚園、学校の役員は、「控えめな立候補」または、「親しい人に推薦」してもらい、
   役員としての仕事は、しっかりとこなしつつ、でしゃばりすぎない。

 9、 子供の望む進路を、親の経済的な事情で捻じ曲げたりしない。

10、 子供の反抗期は、黙って見守り、子供と仲良くすること。

11、 子供のプライバシーや、言い分を尊重し、ひとりの人間として扱う。

12、 子供が成長し、成人しても、子供の必要に応じて手助けする。

13、 子供の結婚式には、経済的援助をする。

14、 子供の結婚生活は、つかず離れず、見守り続ける。

15、 孫が生まれたら、前述の1〜14の主旨をその親に守らせる。


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 何じゃ、そりゃあ!!

 私は、その紙の隅々まで読んで、その発行元を探してみた。
驚いたことに、発行者は、地元の<婦人会>だった。
 
 この人たちにしてみれば、私のような母親は、まったく正しくない。
間違った母親、もっと言えば「虐待母」なのだ。

 しかし、私の周りには、「正しい母親」がたくさんいる。
いつも堂々と優等生然としていて、子供の問題に右往左往する私に、
大上段に意見してくる「立派な母親」が多い。

 私は、思った。
私は、正しくなくてもいい。
子供は、立派でなくていい。
 
 ひとりのひととして、一生懸命生きていきたい。
ひとりのひととして、一生懸命、生きるひとになってもらいたい。

 私は、その変な紙を、くちゃっ、とまるめて捨てた。


              (おわり)