「 ジョージ・テンパッティング・GG 」

 私の父じじじその、またの名は、「ジョージ・テンパッティング・GG」。 
 日本語で言うところの、「常時テンパッているジジイ」である。
 彼のハードボイルドな生活を一部抜粋し、紹介することにしよう。


 シーン1 「俺の火曜は忙しい」

 俺の火曜は忙しい。
 午前中にヤクルトレディと生協の個人宅配がくるからだ。
 ババアは、毎晩夜中まで晩酌していて、いつも昼まで寝ているし、
俺がヤクルトや生協の応対をしなければいけないときている。
 俺は、いつも通り直径45センチメートルに広がった頭髪を
ドライヤーとスーパーハードヘアスプレーを駆使して、
完璧なオールバックに固め、
モスグリーンの野球帽を目深にかぶって彼らを待つ。
 待ちながら、大きな枝切りバサミで家の周りの庭木を
これでもかこれでもかというほど刈り込み、
近所の者たちのいぶかしげな視線をも鋭く刈り込んでゆく。

 と、俺の意に反し、そこに現れたのは、俺の娘であった。

 「ねえ、じい、タッパ返しにきたよ」

 ふざけるな!

 俺は、彼女の語尾をさえぎって怒鳴った。
 俺は、今、ヤクルトと生協を待つ、という重要な任務を遂行中なのだ。
 「タッパ返す」なんてどうでもいいことを、
この大事なときに持ち出すとは愚の愚である。

 娘は、半笑いを浮かべて玄関先に「タッパ」なるものを置き、
「じゃあ私はスーパー行くから何か買うものあったら電話して」
と言い残し、アカンボを背負って自転車を漕ぎ出していった。

 馬鹿者めが。

 火曜日の俺に何をこれ以上させようというのだ。
 ただでさえヤクルトと生協で忙しいのに、
歯医者の予約まで入れやがってこのやろう。

 俺は、いつ来るともわからぬヤクルトと生協を
玄関先で今か今かと
命を削るような思いでキリキリと待ちながら、
歯医者の予約の時間を常時気にせねばならず、
大いに任務に支障をきたしているのだ。
 おまけに、歯医者では、
「週に2回来て薬を取り替えろ」
などと要求を追加してきやがって、話が違うではないか。
 娘は、「薬交換だから5分で終わる」なんて言うが、
時々10分もかかって、俺をイラつかせる。
 俺は人一倍唾液が出る男だ。
 5分唾液を飲み込み続けるということは、
至難の業であるというのに、10分とは何ごとだ。
 何やら口の端に掃除機の小さいヤツをぶら下げられるが、
あんなヤツは、ダメだ。
 俺の唾液の10分の1も吸い込みやしない。
 軟弱なマシンだ。
 ババアも、娘も、
「10分位で怒るな」
と目を吊り上げるが、
5分唾液を飲み続けるのと10分飲み続けるのとでは、
命に関わる大問題じゃないか。
 俺を殺す気か。
 おまけに、歯医者のヤツ、
俺の虫歯の穴に詰めた綿を取り出すのに
恐ろしく手間取りやがる。
 確かに俺は、目覚めている間じゅう、
サキイカだの柿ピーだのを、常に噛みまくり、
綿をぐいぐい奥へ奥へ押し込んではいるが、
だからどうしたというのだ。
 プロなら約束の5分でやりやがれ。

 俺は忙しいのだ。
 俺の火曜は、激務を極めるのだ。


 シーン2 「水曜の俺は開放感でいっぱいなのだ」

 火曜に極度の緊張を強いられる生活をしている俺は、
翌日の水曜は、脳がいつも以上にアルファ波を発し、
開放的な気分に浸るのだ。

 いつも子育てにあえいでいる娘の家に車を横付けし、
「買い物に行ってやるぜ」
と、くわえタバコでニヒルに言うと、娘のヤツ、
「ええ〜っ!」
と、目を剥き、激しくのけぞって、
大喜びで車に乗り込んできやがる。

 そして、俺の外出は、一味違う。

 自慢の銀のビッツを転がし、
街道沿いのダイソーと業務スーパーを掛け持ちだ。
 二日にいっぺんは、
スーパーマーケットの無料の水を、タンク2つに汲む。
 自動水汲み機を操る俺の滑らかな一連の動作に、
列に並ぶジジイもババアも驚愕していやがる。

 フッ。
 そんなに見るなよ。
 俺がまぶしいのかい。

 次に行くのが、無人精米所だ。
 息子の嫁さんの実家から送られてくる玄米を、
軽やかなステップで胚芽米に精米する俺は、
後ろに待つ者たちの羨望の的だ。
 無駄の無い動きで100円玉を3つ続けざまに投入し、
 大きな茶色の紙袋を華麗に操り、
一粒残らず30キロの米を袋に流し込む。
 そして、出てきたヌカをすばやく回収する俺に、
ヤツラの視線は釘付けなのだ。

 その一連の行為を
少し離れたところで見ていた娘は、
まるで俺の母親のような微笑を浮かべつつ、
「じい上手ね〜」
と言う

 ほめられているのか?
 それとも・・・・・・。


 シーン3 「3時には帰宅しないと危険なのだ」

 そんな寸分の隙も無い俺だが、
ひとつだけ、どうしても気をつけなければならない事柄がある。

 午後3時には、
自宅の居間の自分の座椅子に座っていなければならないのだ。
 なぜなら、午後4時から、6チャンで「水戸黄門」が始まるからである。

 4時から確実に見るためには、
3時には、水割り専用のグラスに、
サントリーホワイトで水割りを作り、
おかわり用の酒と氷、旨い水と数種のつまみを、
完璧にテーブルの上にセットしていなければならない。

 だから、毎日、どこへ行くにも
俺は時間を常に気にし、
道路の渋滞に巻き込まれないように、
混んだ店に混んだ時間帯に行かないように、
と、あらゆる配慮をしているのだった。

 それなのに、ババアと娘は、
この思慮深い俺に向かって、
「気が小せえ」だの「そんなのどうでもいいじゃねえか」だのと言う。

 愚か者め!

 水戸黄門だぞ!
 水戸黄門を見逃すということが、
俺の人生において、どれだけのダメージを及ぼすのか、
ヤツラわかっているのか?

 水戸黄門を見ている大事なときに孫が騒いでいると、
一番いいところで、ご老公の声が聞こえなくなるから、
俺は猛然と怒り、孫に「帰れ」と叫ぶ。

 そんな俺を、ババアは理解しない。
 俺は、いつもババアに叱られる。
 そうさ。
 俺は、いつも孤独な男なのさ。


 シーン4 「そんな孤独な俺だけど」

 俺は、非常に人に親切にし、
善良な暮らしをしているにもかかわらず、
みんなに叱られることが多い。

 誰にも理解されず、孤独な俺だが、
そんな俺でも、子供の頃は、愛情に守られていた。

 戦争中で、5人兄弟の三男坊だったから、
親には充分にかまってもらえず、忘れられがちだったが、
そのかわり、小4までばあちゃんの乳を吸っていた。
 ばあちゃんは、俺の唯一の味方で、
俺が学校でわがままを言って、ひっくり返って大泣きし、
親兄弟に散々叱られても、
ばあちゃんだけは、いつも優しく甘えさせてくれた。

 そのばあちゃんが亡くなった後、
何度も不思議なことが続いた。
 毎晩毎晩、仕事帰りに、
酔って朝まで道路に寝ていたことがあったが、
一度も車に轢かれたこともないし、
高速道路で俺の前と後ろの車が大破したのに、
俺の車だけ完全に無傷だったり、
激しく転んでも、すんでのところで危険なところを避けていたり、
いつも怪我も病気もしないのだ。

 ババアや娘は、
「ばあちゃんが守ってる」
と言うが、そんなことがあるのか。
 ババアが健康ランドのインチキ占い師に見てもらったら、
「ダンナさんは、一生おめでたい人生を送る」
と言われたそうだ。
 「いつも周りのみんなに助けられて、物凄く安泰な人生だ。常に守られている」
とも言われたらしい。

 そんなわけないだろう。
 俺は、ひとりでこんなに苦労しているというのに。
 インチキくさい。

 俺にどんな守りがついているかは、知らないが、
とにかく、俺はいつも俺にしか出来ない任務に忙しく、
常に命の危険と隣り合わせで、
ババアや娘の家族のために心を砕き、
日々さまざまな特別活動をしている。

 あるとき娘は、俺のことを、
「ジョージ」と呼んだ。
 俺の生き様が日本人離れしているからだろう。

 俺のまたの名は、
「ジョージ・テンパッティング・GG」。

 悪くない。

 「10」の世の悪に向かって「パッティング」している俺か。
 GG、すなわち、「グレート・ゴッドファーザー」か。
 よし。


   (了)

(あほや)2006.11.14.あかじそ作