「幸せになる魔法」


 幼稚園児の息子と、歩いて買物から帰る途中、
歩道に空き缶がたくさん落ちていた。

「お母さん、どうしてみんな、空き缶をゴミ箱に捨てないの?」
「誰かが片付けてくれると思っているんでしょ」
「このまま放っておいていいの?」
「良くないわなあ」

 息子は、あっという間に2〜3個の缶を拾った。

「あっ、汚いよ」

 私は、思わずそれを取り上げて、その場に置いた。

「お母さん、この缶、ここに捨てていくの?」

「!」

 そうなのだ。今、道端に缶を置いた(捨てた)のは、
私なのだ。

「じゃあ、これだけ拾って帰ろうか」
「じゃあ、これは? こっちのたくさんのは?」

 側の空き地には、山盛りの空き缶が捨ててあった。
私は、心の中で軽く舌打ちをしながらも、スーパーの袋2つを、
無理やりひとつにまとめ、空いた袋に、
息子と一緒に缶を拾い集めた。
 
「この袋の分だけ、おうちに持って帰って、明日、リサイクルボックスに持っていこう」
「うん」

 息子は、無心に缶を拾い、袋を抱えて家へ帰った。

 翌日、幼稚園から帰ってきた息子が、買物へ行こう、と言った。
今度は、もっと大きな袋を持っていこう、と言う。
 買物もそこそこに、私達親子は、45リットルのゴミ袋をふたつ、
空き缶でいっぱいにして帰ってきた。

 その翌日、今度は、買物はせずに、空き缶拾いだけをしに出かけた。
私がふた袋、息子がひと袋、ゴミ袋を空き缶でいっぱいにして歩いていると、
男子高校生ふたり組みが、飲み終えた空き缶を、
不法投棄された自転車のカゴに入れるところに出くわした。
 息子が、彼らをまっすぐ見上げ、手を出すと、
そのうちひとりが、恐る恐る、空き缶を息子に渡した。
もう一人は、息子の持っていた袋に、直接、缶を入れた。

「ありがとう」

 シャイな息子が、ぶっきらぼうに彼らに言うと、
すぐに道端の空き缶の方へと走っていった。

「いいえ、こちらこそ」

 高校生達は、照れくさそうに去っていった。

 それを少し離れたところから見ていた中年の太ったおばちゃんが、
うなづきながら近づいてきた。
手には、スーパーの袋を持っていて、大根とごぼうが飛び出していた。

「えらいねえ、僕。世直ししてるよ」

 私は、思わず笑った。

「あたし、感心しちゃってさ、僕に何かあげたいんだけど、気の利いたもん持ってなくてさ」
「とんでもないですよぉ・・・・・・」

 私は、おばちゃんの声のでかさに閉口し、
正直、早いところ、おばちゃんには去って欲しかった。

「あっ! そうそう! いいのあんのよぉ! これ! 魔法のガム!」
「はあっ?」

 おばちゃんは、すでに開封してある板ガムをポケットからほじくり出し、
息子と私に1枚づつ渡した。
何だか、生あったかい。

「それ、噛むと幸せになる魔法がかかるから! じゃあね!」

息子は、あっという間にそれを口に放り込み、
包み紙を自分のポケットに突っ込んだ。

「あっ! これっ! 毒入ってたらどうする!」

 私は、小さな声で止めたが、大丈夫そうだったので、
私も噛んでみた。
普通のミントガムだった。
 が、なんだか、いい感じだった。

 ふと空を見上げると、真っ青で高い。
もう、秋なのだ。
 ひとびとが道を行き交い、知り合いに出会ったらしい母娘連れは、
もう一組の母娘連れと話しこんでいる。
息子は、「うまいね」と少し笑い、また夢中で空き缶を拾い始めた。
 涼しい風が前髪を散らして、吹き抜けていった。

 (なんか・・・・・・幸せだぞ・・・・・・)

 家に着くと、うちの大量の洗濯物が物干し台ではためいていた。
運動会の万国旗のようだ。

 (し、幸せだ・・・・・・)

 狭い玄関周りには、毎日少しづつ集めた空き缶がたくさん、置いてあった。
それを見て、息子が、

「お母さん、えらかったね」

と、私の背中をさすった。

 (私は、幸せ者です・・・・・・(T_T))

 ガムが効いたのか、私が単純なのか、私は幸せだった。
そのガムは、その後しばらく、私達を幸せにし、また、
「幸せに気づく能力」を授けてくれた。

 おばちゃん、あんたは一体、何者なのか?
おかげで、今日も我々は、今日の幸せに気づくことができたので、
お礼をしたいと思っているのだ。


                   (おわり)
 2001.08.30 作:あかじそ