「 右脳で家族を考える 

 市から子供たちへの助成金を受けるため、
早めの確定申告をしなくてはいけないのに、
夫は、年が明けても一向に帳簿を持ってこない。

 毎年、私が計算をして申告をすることになっており、
いい加減持ってきてもらわないと期限に間に合わなくなるので、
「ねえ帳簿は?」
と聞くと、
「まだ帳簿をつけていない」
と言う。

 「いやいやいや、ちょっと待って。よく理解できないんだけど、
帳簿つけてない、って、もしかして、去年1年分、
まるっきり帳簿につけてないの?」

 「は、はい・・・・・・」

 「はい、って! 自営業者が帳簿つけないでどうすんのよ!
 申告するんだから、早くつけてよ。
あんたが自分でやるって言うから、私ノータッチだもん。
 あんたがつけないと誰も収支わかんないじゃんか!」

 「あ、はい」

 そのやりとりが、1月の中旬。

 学校から助成金の手続き書類が渡されて、
確定申告が済んだかを問われ、
「もう帳簿持ってきてよ」
と夫に言うと、
「まだ2割しか出来ていない」
と言う。

 もう2月中旬だ。

 何をやっとる!
 早く申告しないと助成金を一切もらえなくなって、
子供たちの養育もままならなくなるんだぞ!

 私は、いい加減頭にきて、
「この週末に持って帰らなかったら、あんたが家族を見捨てたと見なして、
しかるべき行動に出るからね!
 子供を路頭に迷わすわけにはいかないんだよ!」
と、ハッパをかけてやった。

 すると、その晩、
夫が深夜になっても帰らないので、
「必死に帳簿つけてるな」
と思いつつも、
知り合いのご主人が過労で何人も亡くなっているので心配になり、
「早く帰って、早く寝て、明朝早めに始めたら」
とメールすると、すぐに帰ってきた。

 翌朝、夫は、言われたとおり早く出勤し、
その晩もなかなか帰らなかった。
 昨夜メールしたから、今夜もちゃんと適当な時間に帰ってくるだろう、
と思って、午前2時まで待ったが、先に眠ってしまった。
 そころが、夜中の授乳で何度起きても、
夫は帰っていなかった。
 やがて表が明るくなり、子供たちがみんな起きてきても、
夫は帰ってこなかった。

 「もしや深夜ひとりで仕事先で突然死か?」
と心配し、夫の携帯に電話をすると、
「今から帰ります」
とのこと。

 「今から」って、もう、始業時間の40分前じゃないか?
 今から帰ってどうする?

 帰ってきた夫は、
「できました」
と言って、帳簿をポンと置いたが、
一睡もしていないと言う。

 「誰も徹夜しろなんて言ってないよ。
年も年なのに、無理して突然死でもしたら、子供たちどうするのよ?
 ユリはまだ1歳なんだよ! ひとりよがりなツッパリはやめてくれない?」

 「・・・・・・」

 「その月の収支はその月末ごとに締めるのが常識でしょ?
 私に怒られたから帳簿つけて、私に怒られたからすぐ帰宅して、
私に言われなかったから徹夜はオッケーだと思った、なんて、
あんた、言われたことしかやらないの? 言われなければ、何もしないの?」

 「・・・・・・」

 「今日は仕事何時まで?」

 「午後3時」

 「寝ないで3時まで体持つの?」

 「・・・・・・」

 「死ぬよ!」

 「・・・・・・」

 「もう知らないよ。もう始業時間だからご飯食べて行きな」

 「はい・・・・・・」

 その間、子供は、息を殺して私たち夫婦を見ていた。
 夫が、支度をして出かけようとすると、三男が、ギュッと夫にしがみついて、
「お父さん、今日休んでよ!」
と言った。
 夫は、それをゆっくりふりほどいて出かけていった。

 その日の夕方、夫は無事帰ってきたが、
午後4時半から翌朝7時半まで、一度も起きなかった。
 その間、子供たちは、夫の生死を確認するため、
かわりばんこに枕元に行き、呼吸を聞きに行っていた。

桁外れにマイペースで甘ったれな夫。
 なんでこんなのと結婚したのだ、私よ。
 陽気で男気のあるイケメンがタイプだったのに・・・・・・

 まあ、そんなことを言っていても仕方ない。
 朝だ。
 朝なのだ。
 さっさと子供たちを学校に送り出さねば。

 気持ちを切り替えて、朝食のしたくをし、
母子で食べ始めると、
「寒いから」と言って両手を袖から抜いて胴体部分に入れていた三男が、
トレーナーの袖口を味噌汁の中に漬けてしまった。

 「お母さんこれどうしよう」
と言うので、サッと脱がせ、
今まさにゴウゴウ回っている洗濯機へトレーナーを投げこんだ。
 すると、
「それ今日着るのに!」
と絶叫しながら洗濯機に駆け寄り、
びっしょびしょのトレーナーを取り出して絞り始めた。

 「それ洗うから違うの着てよ。いっぱいあるでしょ」
と言うと、
「これしかない!」
と、半べそをかいている。

 「他にも服あるのに、どうしてそればっかり着るのよ!」
と言うと、半狂乱でエアコンの吹き出し口に服を当てている。

 「無理だってば! やめて!」

 三男は、私の制止も聞く耳持たず、
アイロンを当てたり、ドライヤーを当てたりしている。

 「ほら、この中なら選んで!」
 私が箪笥から出した4〜5着の服には目もくれずに、
三男は、そのくすんだ青いトレーナーにアイロンを当て続ける。

 「何でよ! 何でその服しか着ないのよ!
 しかも、襟の前のところ噛んじゃってボロボロじゃないの!
 『ビンボー』とか言われていじめられるぞ」

 「いいんだよ! 僕は、これしか着たくないんだよ!」

 「そんなずぶぬれで学校行ったら、虐待疑われちゃうよ」

 「僕が自分で着たがった、って言うからいい!」

 「ダメダメ! 風邪ひく! 喘息出る!」

 その騒ぎの中、夫が、さもうるさそうに布団をかぶったので、
「ああ、相変わらず家にいるのに『我関せず』かい」
と、聞こえよがしに言ってやると、
もそもそもそ〜っ、と夫が15時間ぶりに起きてきた。

 そして、寒いのにびしょぬれのトレーナーを着て家を飛び出した三男に、
「ほらこれ着ろ〜」
と言いながら、よりによって一番三男が嫌いな服を手に追いかけていった。


 ああ、やれやれ・・・・・・

 私は、さっきから、物凄く胃の内側がチリチリしている。
 焼けるような痛みとは、このことか。

 最近、夫のことを考えると胃が焼けて、
子供と衝突するたびに、こめかみあたりの血管がピクピクいう。

 こりゃあ、ストレスで、
いつガンになっても脳溢血になってもおかしくない。
 いつもいつも、家族の問題で気が休まる暇がないのだ。


 そうだ。
 いつもこうだ。
 いつも、考えても考えても、
事態は一向に改善しやしない。
 それなら、もう、理屈で考えるのは、やめよう。
 思考回路を変えてみよう。

 言葉で考えても行き詰まるのなら、
理数系の考え方で問題を解いてみよう。
 左脳には、この問題を解くことは、向いていないのかもしれない。

 それでは、右脳で解いてみよう。

 ちょうど、長男が、学年末試験で図形を勉強していた。
 私は、学生時代、図形が大好きだった。
 この得意分野で考えてみよう。


 夫も妻も、子も、父も母も無い。
 家族という図形を構成する者の1点として、みんな平等に扱う。

 2人家族なら人間関係は、1通り。
 3人家族なら、3通り。
 同様に4人家族は、6通り。5人なら10通り、6人なら15通りである。



 我が家の場合、7人家族だから、どうなるのか?

 角「夫」、角「私」、角「長男」、角「次男」、角「三男」、角「四男」、角「長女」と、
角が7つある、七角形ならどうか?
 この7人家族の中に、「人間関係」が何通りあるのか?
 数えてみたら、21通りだった。

 このせまっくるしい家の中に、
21もの異なる人間関係があった。
 こりゃあ、めんどくさいわけだ。そりゃあ、からまるわ。

 しかも、この人間関係という名の互いを結ぶ線は、
どれも一様ではない。
 あるものは、太く強固で、あるものは、温かく優しい。
 そしてまた、あるものは、今にもちぎれそうにもろく、
あるものは、ツギハギだらけで不恰好だが確かである。

 比較的いい関係なら、一本線、
とても仲良しなら二重線、
目下やばい関係は、点線で示すと、こうなる。



 ちなみに、夫から出ているうっすい線は、
いい関係とか悪い関係とかではなく、
希薄な関係を表している。
 夫と家族との関係は、夫が普段家に居ないせいもあり、希薄で、
また、夫が「常時無言」兼「平和主義」であることを示す。

 しかし、この図は、一見して弱いのがわかる。
 安定性に欠ける。
 特に、三男周辺の骨が骨粗しょう症で、
夫からのつながりが細細で、無きに等しい。
 建築物に例えると、鉄骨が何本も抜けていて、
夫周りは、竹ひごの柱でできている。

 これでは、違法建築だ。危険な建物だ。
 いまにも崩れそうなもろい家族じゃないか。

 そうか。正七角形だからいかんのだ。
 組み替えて、太い柱を中央に配置しよう。



 まず、家族全員に太い愛情の柱を結ぶアカンボの長女を中央に据える。
 その周りに他の家族6人で囲み、それぞれバイパスを結ぶ。
 これなら、先ほどよりは、安定する。
 心の大黒柱として、長女を配することで、
この図形は、強固に結びつく。
 多少弱い部分はあるが、細い糸どうしが絡まって、
そこから崩壊することは避けられそうだ。

 誰かと誰かが関係を引きちぎろうとしても、
他のいくつもの線がからまりあって、壊れないようになっている。
 全員が、互いの存在を支え、
誰かと誰かとの関係が、他の誰かと誰かの関係にからまって結ばれている。

 ごちゃごちゃしているが、しっかりしている。


 ところで、これは、平面上の話だ。
 この世の中は、平面じゃない。
 立体だ。
 この図を立体に持ち上げてみると、どうなる?

 一応、世帯主である夫の部分を指でつまんで、
高く持ち上げて見るとどうなるのだ?
 風に揺れるモビールのように。

 おそらく、夫のところでブチッと切れて、
家族は、かたまりのままドテッと下に落ちる。
 それでは、夫と妻で「親」として上に立ち、
2人手を取り合って子供を持ち上げようとするとどうだ?

 理想は、こうだ。



 しかし、我が家の現状は、こう。



 だっら〜〜ん、だ。

 私が、頑張りすぎて
「私、親だから頑張るもん! 父親の分も頑張るもん!」
と意気込むから、血の気が多くなって、親子喧嘩になり、
関係がグズグズになってしまうのだ。
 こうなれば、いっそのこと、
頑張りすぎてブチ切れてしまう性質の私は、
本来の「のんびり屋」に戻り、
家族の一構成員として、お立ち台から降りて、
一歩引いて暮らしてみようか。

 多角形のひとつの角に徹しよう。


 さて、それでは、先ほどの平面図の良さを生かしながら、
しかも、夫を一家の柱としてタテマツルとどうなるか?
 
 う〜〜〜む。
 う〜〜〜む。
 う〜〜〜む。

 チ〜〜〜ン♪
 解けた!

 こうだ!



 夫を頂点とし、長女を主軸に据えた五角すい。
 これだ!

 長女を中心にがっちりと心を寄せ合う母子家庭状態の上に、
ほっそいながらも、平等に垂れ下がり、
傾きの無い夫からの、うっすい愛情。

 一応、なんとなく、平衡を保ち、
風に揺られてひらひら〜ん、と、踊りそうではないか。

 これで行こう。
 とりあえずは、これでやってみよう。

 で、これを左脳で言葉にまとめてみると、
「肩の力を抜いて楽しんで生きよう」
「夫との絆を大切に」
・・・・・・となる。

 なんだよ〜。
 結局いつものお題目じゃないかよ〜う\(◎o◎)/!

  (了)

(しその草いきれ)2007.2.20.あかじそ作