「 テイク イット ハード」
〜そのママチャリは魂を積んでいるかい?〜




 8年乗った車を廃車にしたものの、
正直、今のところ実生活に支障は生じていない。
 いざという時や、雨の日の長距離団体移動の時以外、
我が家の車は、実質、稼働していなかったのだから、
それもそうなのかもしれない。

 私は、みんなが車で行くような距離は自転車で行き、
自転車で行くような距離は徒歩で行き、
徒歩で行くような距離はアカンボを背負って行く。

 よっぽど遠くに行くときは、電車やバスに乗るし、
どうしても車でないと行けないような辺鄙な土地には、
怖いからあまり行かない。

 運転免許は持っているが、
怖がりだからなるべく運転したくないのだが、
それとはまた別に、自分の中に
「テイク イット ハード」という主義があるのかもしれない、
と、最近気づいた。

 普通は、便利な道具があれば、それを使って、
より合理的に、楽に、ノンストレスで暮らしたいと思うのが道理だと思う。
 しかし、一方、私は、
そういう合理的で便利で楽なことに対して、
物凄く嫌悪感を感じるのだった。

 合理的で便利で楽な行いは、
人間をダメにしてしまうような気がしてならないのだ。

 非合理的で、不便で、苦しい毎日の中にこそ、
その向こうの何か「悟り」的なものを得る近道があるように思えてならない。

 私は、とろい割には物凄く気が短い。
 何でもカンでも、やらなきゃならない仕事は、
とっとと早くやっつけて、すっきりしたいタイプだ。
 しかしながら、その過程で楽をするのが嫌いなのだ。

 だから、わざわざ自分から、
家事や育児や勤め先の仕事を、
必要以上にめんどくさく大変にしているふしがある。

 そういえば、学生時代からそうだった。
 数学の問題は、途中の計算式を異常にしつこく書き込むクチだった。
 ちょっとでも前の式と違う箇所があれば、
いちいち一行使って途中式を書き、
ノートや解答用紙が余白まで真っ黒になった。

 もう内容はわかっているのだから、
どんどん先に進めばいいものを、
その過程の段取りにこだわる面倒な性質なため、
いつも何かと立ち止まり、なかなか前へと進めない。

 しかし、心の中は、常に、
「早く早く」
と急いでいる。

 この自分の中に生じるギャップに始終悶絶し、
ギーギー言っている。

 まったく難儀な性質だ。


 さて、私の「テイク イット ハード」を裏付ける証言を
私は、私以外の人間から何度も聞かされたことがある。

 「ねえ、あなた!
自転車の前と後ろに子供乗せて、赤ちゃんおんぶしてるけど、
それ、危ないわよ! 中国雑技団じゃないんだから!
 えっ! その上お腹大きいじゃないの!
 何?! 臨月? いい加減にしなさいよ!」

 これは、道端で知らないおばさんに言われたことば。

 おばさんには、この後、
「たとえペーパードライバーでも、これなら車のほうが安全よ!」
と物凄く叱られた。

 ごもっとも。猛省している。

 「お客様、自転車ではご無理かと」

 これは、掛け布団と敷布団と掛け敷きシーツと枕のセットを、
自転車の前後左右に積み、
ひもでギシギシにくくりつけていたときに
店員に言われたセリフ。

 車で行ったつもりで布団一式セットを買ったものの、
うっかり自転車で店に行っていたのだった。

 それならば、家に一旦引き返して、車に乗り換えてくるなり、
店に配達を頼むなどの手を打てばスマートなのだろうが、
そこで私の「テイク イット ハード」魂が炸裂してしまったのだった。

 店員の制止も聞かずに、
無理やり自転車のぐるり一周に白い布団一式をくくりつけ、
般若の形相で街なかを走行する私を、
遠くから目撃した知り合いは、
「あかじそさんがキント雲に乗って移動している!!!」
と腰を抜かしたらしい。

 あたしゃ、孫悟空か!
 つーか、「そんなことすんな!」って?

 またあるときは、
フラッと寄ったスーパーで、メン玉が飛び出るほどの大安売りをやっていて、
「うおりゃ〜〜〜!」
とテンションが上がってしまい、
乾麺30食入りのダンボール2箱と、
18ロール入りトイレットペーパー2パックと、
野菜や肉やお菓子や餅など、スーパーの袋4袋と、
酒・醤油・みりん・つゆのもと・砂糖・味噌など、1パック1キロの商品を各2個づつ買い、
おまけに小脇に幼稚園児を連れていた、ということがあった。

 そう。
 その時も自転車であった。

 まず、自転車のところまで幼稚園児と共に何往復もして商品を運んだが、
さて、どうやって積み込んだらいいものか、頭を抱えてしまった。
 当時、まだ携帯電話を持っていなかったため、
誰にもSOSは出せないし、携帯を持っていたところで、
きっと私は、自分で何とかしてしまおうと思う性質だった。

 これは、テトリスを得意とする私に対して、
安売りの神からの挑戦状がたたきつけられたようなものだ。
 私は、幼稚園児の肩を抱きながら、
「さあて、はじめっぞ!」
と眼光を鋭くし、
まずは、乾麺入りのダンボール二つを後ろの荷台にひもでくくりつけた。
その上に、18ロール入りトイレットペーパー2パックを乗せ、
先ほど店からもらったスズランテープでくくりつける。

 さて、次に、重いものを前のカゴに入れよう。
酒・醤油・みりん・つゆのもと・砂糖・味噌など、
1パック1キロの商品を各2個づつが入った計12キロの袋をカゴに入れ、
その上に重めの食品の入った袋を乗せ、
持ち手同士を結びつけ、落下しないようにスズランテープでハンドルに固定。
 次に、前の子供椅子に2つ目の食品袋を乗せ、
この持ち手をハンドルについたベルに掛けて固定。
 残るふたつのお菓子しか入っていない軽い袋を、左右のハンドルにかけて、
飛び出した大根やごぼうなどの長い野菜を子供に持たせる。

 乗った!
 搭載完了だ!

 幼稚園児が荷物に追い出されて歩くことになったため、
本当は乗って走ったほうがバランスは取りやすいが、
ここはあえて、またがった状態で歩く。
 子供を横に歩かせて、車の来ない道をゆっくりと帰る。

 これを知人に目撃された。

 「修行か?!」

 そう言われてみれば、そうなのかもしれない。

 「よいしょ〜い、こらしょ〜い」
と腹の底からうなりながら自転車をこぎ、
その横で子供が両手に大根とごぼうを持って
「エイッ! エイヤア!」
と叫びながら歩いていたら、
そりゃあ、もう、これは、「ショッピング」の域を超えているだろう。

 知人には、突っ込まれるのと同時に
「子供同伴の時は、危ないから絶対やめなさい」
と注意され、以後、一切、
子供連れでも一人の時でも、
無茶な搭載行為はやめているけれど、
それでもやはり買い物は、車でなく自転車で行く。

 自転車が好きなのだ。

 そんな自転車も、先日、ついに逝った。
 こんな無茶な使われ方をしているにも関わらず、
よく我慢して10年近く働いてくれた。
 車輪は、何度もパンクを直しながら乗ったが、
金属がゆがんで、もう、直しても完全には直らなくなっていた。
 ついに先日、最後のパンクをしたので、
その足でホームセンターに行き、
新車を購入し、愛車を引き取ってもらってきた。

 だから、我が家は、
ガランとしたカースぺースに(車が無いから)爽やかな風が吹き抜け、
自転車置き場には、ピカピカの新車(ママチャリ)が燦然と輝いているのだった。

 テイク イット ハード。

 ヒーヒー言いながら自ら困難に立ち向かい、
そして毎度毎度打ちひしがれている自分は、
実は、「ドM」なのか?
 いや、そんなんと違う!

 テイク イット ハード。
 「ハードボイルド・カーチャン・オン・バイセコ−」なのさ!!!



       (了)

(しその草いきれ)2007.4.17.あかじそ作