「 12歳の白井君に学ぶ 」 |
次男が中学生になり、長男のいる吹奏楽部に入部した。 長男が華麗にドラムを叩く姿に感化され、 自分もやるやる、という調子で入部したものの、 ひととおり楽器をやらされた後、 どうも木管楽器に向いているようだ、ということで、 テナーサックス担当に決定した。 パーカッションをしたくて入ったのにサックスになってしまった、 と、部活中におんおん泣いてしまったらしく、 顧問の先生に励まされたり 「嫌ならやめたら!」とすごまれたりして、 連日、「やめたい」「どうしよう」ばかり言っている。 ああ、そういえば、長男が入部したときも、 金管楽器がやりたくて入ったのに「太鼓」なんて嫌だ、 女子の中で男子ひとりだけなんて嫌だ、 やめたいやめたい、と言っていたっけ。 それがいまや、打楽器のコンテストでたくさん賞を取り、 「バンドでドラムを叩きたい」などと言い出している。 最初はイヤイヤでも、続けているうちに上達し、好きになり、 そして、今まで考えられなかったような積極的な面も現れ始めたのだから、 なだめすかしてここまで続けさせて良かったと思う。 だから、次男もきっと今に・・・・・・。 しかし、次男のウジウジは、長男と負けず劣らず、 かなりなウジウジであった。 「ヤダよ〜」 「やめたいよ〜」 「自信無いよ〜」 連日連夜これを繰り返される身にもなれ、っての! ただでさえ「ツワモノ1歳児」に振り回されてくたくたになっているというのに、 その上、憂鬱光線を浴びせ続けられるのは、キツイっつの! 「頑張ってみなよ」 と言えば、 「僕なんてだめだよ・・・・・・」 と泣くし、 「じゃあやめれば!」 と言うと、 「白井君に何て言おう」 と言って泣く。 そうそう。 白井君のことはどうすんのよ! 白井君とは、小6の時の次男の同級生で、 一緒にお笑いコンビを組んで一年間クラスで漫才をやってきた親友だ。 毎日一緒に帰りながらネタを考え、公園で練習してきた。 何度かネタ帳を読ませてもらったが、 次男の書くネタが少々こじんまりしすぎなのに対し、 白井君のネタは、小学生とは思えないほどの完成度の高さだった。 へたすりゃプロの世界でも通用するのではないか、 と思えるほど、かっとんでいて、突き抜けていた。 小学生が演じる「小学生ネタ」はリアルで面白く、 「学級委員」というネタの中に出てくる 「聞こえませ〜ん、聞く耳持ちませ〜ん」 というギャグが、私は大好きだった。 オチも完璧で、まるで落語のオチのようにキレがあり、 センスがよかった。 その白井君が、 うちの次男が吹奏楽部に入るというので、 つられて一緒に入ってしまったというのだから、 「それでいいのか〜白井君〜」 と、一家で心配していた。 ここの中学の吹奏楽部は、 キツイ顧問の先生に、キツイ女の先輩だらけで、 常にドエスな攻撃にさらされる、という環境にある。 その、精神的苦境を強いられる部活に、 そんな「風まかせ」みたいな感じで入って、 本当に3年間も、耐えられるのか? 大丈夫なのか?! 白井君は、特に吹奏楽部に思い入れもこだわりもないらしく、 相変わらず大好きな「鉄道」についての熱い想いを語っているらしい。 自他共に認める鉄道マニア=通称「テツ」だが、 オタク独特の気持ち悪さは無い。 小学生の頃から、休みごとに1人で鉄道を乗り継ぎ、 結構遠い地方まで出かけ、 駅弁を食べたり写真を撮ったりして帰ってくる、活動的な子だ。 「ラッパズボンに下駄を履き、肩に大きな布のバッグを背負った放浪者」 的な、ひょうひょうとしたところがある。 トランペットの担当だ、と、一方的に先生に決められてしまっても、 「は〜い」ってなもんだし、 練習中、怖い先輩たちが 「テメーラやる気あんのかよう!」 と怒鳴っていても、 「聞く耳持ちませ〜ん」 と心の中で舌を出し、やるべきことを淡々とやっているのである。 どんなストレスにも「柳に風」で、 好きな鉄道やお笑いのことで頭を満たして ご機嫌に暮らしている。 しかし、先生や先輩の怒号に対してうちの次男は、 「ヒ〜ッ」 となって、泣いてしまうタイプであった。 環境によって思いっきり左右されてしまうタイプ、 つまり、私に似たのだ。 対照的なふたりが、お笑い好きということで意気投合し、 仲良く遊んでいるのはわかるが、 うちの次男が無理やり引っ張り込だ吹奏楽部を、 次男ひとりで勝手にやめたら、白井君は、どうなる!!! 次男が、毎日部活の帰り道、半べそをかきながら 「僕自信無いよ、どうしよう、やめた方がいいのかな」 とウジウジしていると、 白井君は、 「まあまあ、何とか線の何系の車両のラインを想像してみろよ」 というような、よく分からない慰め方をしてくるらしい。 白井君にしてみれば、 自分の大好きなことがあり、 自分の大好きなことを家族も友達も認めてくれ、 大好きなことに関するグッズで身の回りを固め、 自分の大好きなことに関する仕事に就く、という確固たる目標もある。 毎日の生活の中で、 迷ったり悩んだりする暇も無いくらい、 好きなことで心が満たされているのだ。 つまらない人間関係のもつれとか、 目下起こっている些細なトラブルとかは、 その充実感の中においては、まったく重みを持たないのだった。 「今の今」のことばかりに気を取られ、 先の見通しを持たずに、 ただただ「今起こっているトラブル」に振り回される私たち。 しかし、白井君は、若くして「今」を「人生の一過程」と知っている。 達観しているのだ。 だから、悩まない。 まったく、ほんとに、うらやましい! ま、そんなこんなで、入部から一ヶ月経ち、 先日、部活保護者会に出席した際、 練習風景を見学させてもらうことになった。 音楽室に向かって歩いていると、 はるかかなた、廊下の突き当たりのところで、 渋いジャズの音色を発している子供がいるのを見つけた。 もしかして、あの小柄でころころしたサックス吹きは、 うちの第二王子かえ? まだ初心者のはずなのに、何なのだ、あのいい音色は。 真昼間の公立中学の廊下が、 次男の奏でるサックスの調べのせいで、 かなりムーディーになっている。 「ユージ?」 遠くから声を掛けると、リードから口を離し、 「あ、お母さん」 と、素朴な少年に戻る。 小走りで近づいて 「お前、結構やるなあ!」 と、お尻をペンと叩くと、 「え、別にそんな」 と照れ笑いした後、 また練習を始めた。 よく聴くと、それは、ジャズでも何でもなく、 ドレミファミレド〜♪の「かえるのうた」であった。 物凄くムーディーな「かえるのうた」なのであった。 嫌だ嫌だ言いながら、 結構頑張っているじゃないか。 いや、しかし、 一ヶ月の間に、こんなに上達してしまうものなのか? 私は、更に廊下を進み、音楽室の前まで行くと、 白井君がトランペットを吹いていた。 まだあんまり音が出ていなかったけれど、 彼は、すっきりした顔で吹いていた。 人懐っこいくりくりの目を見たら、かわいくて仕方なくなり、 思わず、白井君のお尻もペンと叩いて 「頑張ってね」 と言ってしまった。 後で聞いたら、白井君のお母さんは、 学生時代吹奏楽部で、 サックスとパーカッションをやっていたらしい。 白井君のお母さんがやっていたものを、 うちのふたりの兄弟がやることになり、 私がやっていたトランペットとホルンのうち、 トランペットを白井君がやることになるとは、 何とも面白い偶然だ。 そして更に後で聞いた話によると、 白井君のお母さんは、 「ユージ君と付き合っていると安心」 と言っているという。 「それはこちらのセリフです。 白井君と付き合っていると、うちのヘタレボウズは、 ストレスとの付き合い方が上手になりそうです」 と言いたいところだ。 いや、へタレボウズだけでなく、 ヘタレ母こと、この私までもが、 強く明るく生きるヒントをもらえます、 と言いたいくらいなのだ。 白井君のお母さんは、言う。 「ユージ君は、素直で優しい子ですよね。 挨拶も世間話もできるし。 昔の子のような素朴さがあって、安心します」 と。 私は、若干12歳の白井君に、ある意味生き方を教わり、 白井君のお母さんに、自分の良さを指摘してもらったようで、 感銘を受けた。 子供の友達と、そのお母さんから、 大きな影響を受けた。 ああ、運命を感じるなあ。 白井君。 ユージよ、私に白井君を紹介してくれてありがとう! この感動を白井君に伝えたところで、 きっと、 「聞こえませ〜ん、聞く耳持ちませ〜ん」 と返されるんだろうけど・・・・・・ (了) |
(しその草いきれ)2007.6.5.あかじそ作 |