「 ウメモッちゃん 」


18歳の春だった。
気まずいムードが部室内に充満し、吹奏楽部3年生一同は、
たったひとりの女子を囲んで静まり返っていた。

口火を切ったのは、真面目で冗談の通じない副部長Hだった。

「『やめたくなったからやめます』って、
そんな理由でやめていいと思ってるの?!」

高圧的でヒステリックな言い方だった。

責められている女子は、しばらく黙っていたが、
やがて少しふてくされたように
「だってやめたいんだから仕方ないじゃん」
と言った。

すると、そこにいた大多数の女子部員がいっせいにブーイングをあげた。

「そんな勝手なことしたらみんなに迷惑がかかるってわからないの?!」
サディスティックなHの攻撃は止まらない。

「もういいよ。みんな練習してよ。私やめるから」
投げやりに言ったその一言が、またみんなのひんしゅくを買い、
また彼女はブーイングを浴びた。

「じゃあ、みんながどう思ってるか、順番にひとりひとり聞いてみようよ」
Hがそう言い、輪になって座っているうちのひとりを指名した。

指名された女子は、
「勝手にやめられたら、パートに穴が開くから迷惑だと思います」
と言い、その後もみんな順々に彼女を責めることばを吐き続けた。

そのうち私の順番が回ってきたので、
「やめたいって言ってるんだからやめさせてあげればいいじゃない。
ウメモッちゃんだって随分考えた挙げ句の結論なんだろうし」
と言うと、
副部長Hは、機械音のような悲鳴をあげた。

「あかじそ、あんた、何言っちゃってるのよ! 
この子をやめさせないためのミーティングでしょ?!」

「いや、これはミーティングと言う名のイジメだよ。 
誰にだってやめる権利はあると思うよ」

「じゃあパーカスが1人抜けた穴をどうするのよ!」
「みんなで順番に埋めればいいじゃんか」
「ちょっと! だからあんたは甘いってのよ!」
「甘くて結構! アタシは集団イジメには参加しない!」
「イジメじゃないでしょ?! この子のためにもやめない方がいいんだよ!」
「うそだよ! この子の身になって考えてるようには見えないよ」
「あかじそ、あんた、どっちの味方なの?!」
「あたしは戦争はしない! 敵とか味方とか、そんなんじゃないよ」
「何それ?! みんなどう思う?」

輪になった一同、静まり返って誰も何も言わない。

キーキー怒っている木管パートの子達と、
ウメモッちゃんに同情的な金管パートの子達。
互いにチラチラと相手側を盗み見るも、
誰も何も言わなかった。

「じゃあさ、今日のところは、これで解散しよう。
下校時間過ぎてるし。さ、解散!」

部長のTは、そう言うと、やれやれという風にこちらを見た。
(女のヒスは、こえ〜よな)
と私は目でTに返事した。

「解散」と言ったのに、
またHはじめ、数人がウメモッちゃんを囲み始めているので、
「解散だってよ!」
と大きな声で言ってやった。

ウメモッちゃんは、少しふてくされた様子で部室を出て行った。
学校から一番遠い土地から通っている彼女は、
次の電車を逃したら、その次の電車まで
駅のホームでHの仲間と40分以上一緒に待たなければならなくなる。

(早く行きな!)
私たちチャリンコ通学グループは、ウメモッちゃんに目で合図を送り、
Hを呼び止めて足止めしてやった。

ウメモッちゃんは、女子の割にはボクトツで、要領が悪く、
何も悪いことをしていなくても、いつも1人だけ叱られるようなタイプだった。
それだけなら十分同情に値するのだが、
時々言わなきゃいいのに余計な一言を発して、
ヒス持ち女子の怒りを買うようなところがあった。

私たちが代わりにHたちからギャンギャン言われている間に、
ウメモッちゃんは上手い具合に駅までたどり着いたことだろう、
と、私を含む、数人の「いい加減軍団」は思っていた。

Hたちは、怒りながら喫茶店に流れていった。
我々「チャリンコ通学いい加減軍団」も解散し、
四方八方、それぞれの田舎道を帰っていった。

「あ、そうだ・・・・・・」

私は、親に買い物を頼まれていたことを思い出した。
新聞を束ねるスズランテープを買ってきてと言われていた。
駅前の文房具屋で買って行こう、と思った。

文房具屋で無事ひもを買い、道を引き返そうとすると、
向こうの道端で大きな荷物をぶちまけている人を見つけた。
ウメモッちゃんだった。

私は、チャリにまたがり、物凄い勢いで彼女に向かって走った。
「どうしたの! ヤツラに追いつかれちゃうよ!」
すると、ウメモッちゃんは、
「美術で描いたキャンバスが外れちゃってバラバラになっちゃたんだよ。
もう手に負えないよ、これ」
と、心底困り果てていた。

(あ!)

私は、いいことを思いついた。
さっき買ったばかりのひもがあるではないか。
私は、アルバイトで養った梱包技術を駆使して、
物凄くしっかりがっちりとキャンバスを梱包し、
ひもで持ち手まで作り、痛くならないようにハンカチまで巻いてみた。

「どうよ、完璧!」

私が梱包している間、ウメモッちゃんは、ずっと目をしばしばしていた。
地べたにしゃがんでひもを掛けまくる私の姿を、ただ黙って見ていた。

「はい、これで家までモツよ」
そう言ってキャンバスを渡すと、
「ありがと。あかじそっち、ホントにありがと」
と言い、いつまでも帰ろうとしなかった。

「早く行った方がいいよ」
私が言うと、
「でも、あかじそっちのひもが・・・・・・」
と申し訳なさそうに言うので、
「そんなんどうでもいいから、早く行きなって!」
と言い、彼女が駅の階段を昇りきるまで見送った。
彼女も私の方を何度も振り返り、
何度も手を振った。


それから8年ほど経った。
私は、地元を離れ、東京下町のアパートで、
貧しいながらも新婚生活をしていた。

なかなか定職に就かない夫に苦労し、
また、仕事で無理をして疲れ果て、
軽いうつ状態になっていた。

高校の吹奏楽の仲間と地元で会う約束をしていたが、
うつ状態で人と会う気力が出ず、
また、「会えない」と電話を掛ける力も残っていなかった。

「電話しなくちゃ」
「できない」
「連絡しないと」
「怖い」

長い葛藤の末、私は初めて友達との約束を破ってしまった。

数人で会う約束になっていたのだが、
いくら待っても待ち合わせ場所に現れない私に、
みんなカンカンに怒ってしまったらしい。
夜になってから
「あかじそ、お前、一生仲間から外す」
という留守電が録音されていた。

高校時代は、ドンマイが通じた仲間も、
もうドンマイ無しか。
まあ仕方ないわな。
私が全面的に悪いんだし。

結局、そのことが、ウツの回復を遅らせる一因にもなってしまった。
あんなに仲良くしてたのに、
私の青春時代の仲間は、もういない、
1回の不義理で、私は大事な友人を失った、という想いが、
憂鬱な気分を更に重くしてしまったのだった。


その翌年、私は、長男を産んだ。
高校の仲間には知らせなかったのだが、
誰かから漏れ聞いたのか、
突然地元の住所から赤ちゃん用のアルバムが送られてきた。
水色の、男の赤ちゃん用の柔らかな布のアルバム。

差出人は、ウメモッちゃんだった。




      (了)

(青春てやつぁ)2007.6.19.あかじそ作