「 自己中ウイルス 」


 20×0年。

 日本では、
弱いものイジメ、嫌がらせ、村八分、
各種クレーム、近隣トラブルに、
セクシャルハラスメント、パワーハラスメント、ドクターハラスメント、
ドメスティックバイオレンス、親殺し、子殺し、無理心中、
暴力事件、テロ活動、無差別殺人などが横行していた。

 夫婦は、常に留守がちで、会えばすぐに言い争い、
子供は、親にキレ、友人にキレ、先生にキレまくっていた。
 夫の勤める会社では、
上司が部下をいじめ、部下は上司を馬鹿にし、
経営難を下請けの中小企業のせいにして、
いびるだけいびっていた。
 妻が教師として勤める学校では、
親の苦情の処理で授業もままならず、
生徒も教師の言うことを聞かなかった。
 子供の通う学校は、もはや教育機関としての機能を失い、
辛うじて経済的にゆとりのある家庭の子供のみが、
限られた私立の教育機関でまともな授業を受けられていた。

 職場も、学校も、地域も、
役所も、政治家も、国家全体も、
みんな「自分さえよければいい」という主義で固定され、
そうではない人たちは、心を病み、街を追われた。
 彼らは、やがて集まり、
人里離れた山中に「むら」を作り、
電気もガスも水道も無い、原始的な生活を営み始めた。

 都市部には、裕福だが誰にも心を許せない者たちが住みつき、
山村部には、貧しいながらも自給自足で助け合う者たちが集まった。

 都市に住む者は、山村部の者たちを
「負け組」「脱落者」と呼び、さげすんで、
山村部に住む者は、都市に住む者たちを
「金の亡者」「病む者たち」と呼んだ。

 主義思考によって、はっきりと住み分けされた日本は、
貧富の差から、差別や教育の不平等が生まれ、
支配や弾圧、貧困や争いがあふれ、
完全に以前「発展途上国」と呼ばれた国の様相を呈してきた。

 日本は、今、
「発展完了国」もしくは、「衰退途上国」と呼ばれ、
もはや、堕ちていくしかない哀れな国として、
世界に知られていた。

 それもこれも、みんな、
平成に蔓延した「自己中」という奇病が原因であった。

 この病気は、人類始まって以来の恐ろしい感染症で、
人から人へと感染し、
心から心へと恐ろしい勢いでウイルスを拡大させていくものだった。

 一国を、いや、全世界を破滅へと導く恐ろしい感染症だというのに、
人類は一向に特効薬の開発のメドが立たず、
世界中が破綻していく一方だった。

 開発スタッフ自身も自己中ウイルスに感染しているため、
せっかく見つけた「優しさ遺伝子」の権利について、
どこに売るか、いくらで売るかで、何年ももめていて、
一向に世に出る兆しが無いのだ。

 最近は、山村部の中でも貧富の差や身分の差が発生し、
新しい差別やいじめが始まっているらしい。
 貧困の苦悩や不安から来る、新種のウイルスだと言われている。

 地球温暖化により、熱帯と化した日本で、
心身ともに健康な状態を保ち、
冷静にこのウイルスと戦おうという奇特な人間は誰かいないものか?

 そこで、天上から見ていた1人の小柄な神様が、
見るに見かねて、とあるひとりの青年に声を掛けてみた。

 (どうしたい? どうなりたいの?)

 青年は、清い心で、澄んだ瞳で、答えた。

 「この世にはびこる自己中ウイルスによく効く、
強力な抗生物質をください」

 神様は、大きくうなずき、ある者を指差した。
 その者は、とりつかれたようなうつろな目で、
ひとつのボタンを押し、ひとつの爆弾を発射した。

 その直後、我も我もと、
各国の核のボタンが先を競って押され、
そして、人類のほとんどが消えた。


 「よかったわ。これで安心して生活できるわね」
 母親の優しい声に、小さな少年はうなずいた。

 「抗生物質を使ったら、ほとんどの【ヒトウイルス】は、やっつけられたね」

 「これからは、こんなに悪くなる前に、もっと早く病院にきなさいって、
お医者さんに怒られちゃったわね、うふふ」

 「ほんと。もう少しで入院するところだったよ」

 ひと組の神様母子が、ほほえましい会話を交わしている。
 それでも神様の世界では、
まだまだ未知のウイルスがたくさん潜んでいるらしい。

 神様の世界の開発や発展は、急速に進んでいくと思われる。


(小さなお話)2007.7.3.あかじそ作