プロの仕事      


 高校生の頃からアルバイトに精を出し、
自分の欲しい物は自分で買ってきた。
 例えば、40万円弱のダブル管フレンチホルン、 
普及し始めたワープロや、大学主催のワープロ講座の月謝、
自動車教習所の代金に、
2回目に入学した大学の通信教育学科受講費。

 結婚してからも、子供を託児所に預けて
ヤクルトを売り回り、貯まったお金で中古車を買った。

 いつでも頑張って働いていたが、
最近は、どんな仕事をしても、
人間関係などのつまらないツマヅキで神経をすぐやられてしまい、
長く続かなくなってきた。

 なぜなんだろう。

 お金を稼ぐために勢い込んで勤めに出ても、
すぐに空しくなってしまい、やめてしまう。

 どんな仕事に就いても、頑張れない。

 「お金のために」と思うと、どうも頑張れないのだ。

 じゃあ、「家族との楽しい生活のために」と思ってみるのだが、
それでもやっぱり、どうしようもない空しさに襲われ、
一刻も早くやめたくなってしまう。

 はっきり言って最近の自分は、
「勤めに出ると神経をやられる」
というのが最大のコンプレックスになっている。
 また、更に追い討ちをかけるように、
行くところ行くところ、「えええええ〜!」と叫びたくなるほど
極端に異常な人間関係の職場ばかりなのだった。

 これは、何かの修行なのだろうか。
 それとも、私が過敏すぎるだけなのか。
 はたまた、精神の鍛え方が足りないのか?

 いや、これはもしかして、
「お金のため」といういう動機がいかんのではないか?
 もっと、「世のため人のため」的な、
素晴らしい目標目的がなければ、
もはや自分を動かすことができないのではないか?

 そんなことを思ったりしていたら、
小学校のPTA仲間が看護士さんとして
いきいきと働いているのを、
心から尊敬し、また、うらやましく思ってしまうのだった。

 そうだ、介護の仕事の資格でもとってみようかしら?
 いやしかし、私に出来るのだろうか、
この私に?

 でも、世のため人のための「立派な仕事」をしたい。
 金がらみではなく、働く喜び自体を感じたい。

 そうやって、もんもんとして週末を過ごしていたら、
子供たちが「お母さんどこか連れてって連れてって」と騒ぐ。

 あまりにうるさいので、
小学生ふたりとアカンボを車に乗せて、
郊外の大型ショッピングセンターに連れて行くことにした。

 実は、そろそろロト6を買いに行こうかと思っていたところだった。
 子供たちには、
「しょうがないなあ、じゃあ行くか?」
と言いつつ、実は、その店の入り口にある
チャンスセンター(宝くじ売り場)目当てに重い腰を上げたのだった。

 さて、その宝くじ売り場に到着すると、
私はあることを思いついた。
 いつもは1000円の予算で、
ひと口200円のロト6を5口買い、
週に1回の当選発表を楽しみにしていたのだが、
たまには違う楽しみ方をしてみたい。
 前回は、初めて、
同じ数字の組み合わせをひと口づつ、
5週に渡って買う、というやり方をしてみたが、
これは、同じ1000円で一ヶ月も楽しめて、
結構お得であった。

 今回は、また違う買い方をしてみたい。
 そういえば、いつもロト6ばかりで、
ミニロトやナンバーズ3やナンバーズ4は、未体験だ。
 最近、小さなストレスが山盛りで、疲れが溜まりがちだから、
思い切ってやってみよう。

 抽選の曜日も毎日のようにあって、
たとえ全部外れたとしても、
一週間の間、わくわくできそうではないか。

 そこで、私は、売り場の窓口で、
子供たちにナンバーズ3とナンバーズ4の用紙を渡し、
好きな数字を3つ、もしくは4つ、
マークシートに塗っていいよ、と言った。
 子供たちは、用紙を前に、
「これ、どこに書いたらいいの?」
「どうやって塗るの?」
と戸惑っているので、
「ひとつのコーナーの中から3つとか4つ塗ればいんだよ」
と言い、自分はロト6の数字を選んでみた。

 そして、合計4枚の用紙を窓口のおばちゃんに出すと、
おばちゃんは、ムッとした顔でそれらを受け取り、
いきなり鉛筆で用紙の【取消】の欄をマークしまくり、
窓口の小さな穴からつき返してきた。

 「はあ?」
 という顔をしておばちゃんを見ると、
おばちゃんは、ニッコリとほほ笑み、
ゆっくりと、こう言った。

 「お客さん、お子さん見てたら違うやり方してたわよ。
 これじゃ買えないんですよ。
 一列に数字一個づつ塗るのよ。
 それをスリーなら3列、フォーなら4列塗るの。
 で、数字を選んだ後に、ストレートかボックスかセットかを選ぶの。
 『ストレート』ってのは、数字も順番も、当選番号と同じなら当たり。
一番確率が低いから、賞金も高いのね。
 で、『ボックス』は、順番が違っていても数字が全部同じなら当たり。
 『セット』は、ひと口200円のところ、
『ストレート』を100円分、『ボックス』を100円分買うことね。
 当たりやすさが倍になる分、当選金も半分になるわけ」

 もんのすごくわかりやすい説明だった。

 もう一度おばちゃんの顔を見ると、
まるで小学校の先生みたいな顔をしていた。

 そして、言われたようにマークシートを塗りなおしていると、
抱いていたアカンボが私の腕を揺らし、
思いっきりはみ出してしまった。

 「あ! ちょっと、揺らさないで〜」

 私が、慌てていると、おばちゃんは、
「大丈夫。【取消】のところを塗れば同じ用紙何回も使えるからね」
と優しくアドバイスしてくれた。

 そうやって、すべて正しく記入し、
おばちゃん先生に提出すると、
「はい、これで大丈夫よ。4枚で800円です。
当たりますように。ありがとうございました」
と、おばちゃんは頭を下げた。

 「勉強になりました」
 私も頭を下げた。

 下手すれば、本当の学校の先生よりも分かりやすい説明だった。
 あの人に小学校低学年の算数を教わりたかった。


 子供たちと一緒にショッピングセンターの中に入り、
100円均一コーナーや雑貨コーナーを回り、
帰りに食料品コーナーを回った。

 するといきなり、知らない女の人に
「ねえねえ! キノコの漬物って食べたことある?!」
とフレンドリーに声を掛けられた。

 気がつくと、私は、手に小さなスチールのカップを持っていた。
 知らないうちに持たされていたのだった。

 カップには、しめじとえのきとキュウリが入っていた。

 「キノコを湯がいてキュウリと一緒に浅漬けの素と混ぜるだけ。食べてみて」

 普段、私は、試食の実演販売(通称「ホットプレートさん」)の前を
素通りすることが多いのだが、
その時は、魔法にでもかかってしまったように
無意識にきのこを口に入れ、「あ、旨い」と言っていた。
 そして、フワ〜ッとした気分のまま
体が勝手にしめじを買い物カゴに投入しているのだった。

 「浅漬けの素が無かったら、つゆの素でもいいのよ。
ちょっと酢入れてね」

 そこで私は初めてハッと我に返り、その人の顔を見た。  

 メガネを掛けた50歳代のおばさんだった。

 小5の三男と手をつなぐアカンボを見て、
「この子、お兄ちゃん大好きなのね。手ェぎゅ〜って握って」
と笑った。

 そこで私は、三男と四男もきのこを頬張っているのに気がついた。
 子供たちは、「うまいね〜!」と、うなづきあっていた。

 「帰ったらすぐ作ってみますよ」
 私は、おばさんにニコニコしながら話していた。
 何だ。何なんだ。
 この楽しい感じは。

 すごい・・・・・・・・・
 すごすぎるぜ、おばさん!

 これぞプロの仕事だよ!

 買った私もいい気分。
 買わせたあなたもいい気分。

 一瞬にして絆を結び、長年の知り合いのような関係にしてしまうワザ。

 商品に対する深い知識と経験。
 相手の顔色や態度を見て、瞬時に対応を変える機敏さ。
 柔軟さ。

 その後いろいろ買い物をしたが、
私は家に着いてもまだ、キノコのおばちゃんとの交流にうっとりしていた。
 そしてまた、あの宝くじのおばちゃんのことも
頭から離れなかった。

 あの人たちは、プロだ。
 玄人だ。

 別に「世のため人のため」と銘打って、
誰もが尊敬するような職業に就いているわけではないけれど、
でも、自分の役割を完璧にこなしていた。

 人を納得させる仕事をしていた。

 どこの誰とも知らぬ人たちと瞬間瞬間関わり、
心地よい「気」を人々に送り込んでいる。

 彼女たちは、自分では気付いていないかもしれないが、
間違いなく間接的に世のため人のためになっている。

 確実に、世の中を動かす何かの、
小さな動力の1パートを務めている。

 そうか!
 そうだったのか!

 どんな仕事でもいい。
 そのパートでのプロになろう。

 誰も見ていなくても、専業主婦でも、
ちゃんと背筋を伸ばして、堂々とプロの仕事をしよう。

 そして、時期がきたら、何かの職に就けばいい。
 そこで自分の担う仕事のプロになればいいんだ。

 今自分がしていることにプライドを持って、
気持ちよく働こう。

 何にもビビることなく、
誰にも媚びることなく、
堂々と胸を張って失敗し、それを学習すればいい。
 時間がかかってもいい。
 よりよいやり方を模索しながら、
プロを目指し、前へ前へと歩いて行けばいいのだ。

 何も余計なことは考えない。

 今、自分のすべきことは、胸を張ることだ。
 視線を上げて、前を見ることだ。

 生まれたときから、みんな、
きっと「何かのプロ」の卵なんだ。
 その「何か」は問題ではない。

 卵をかえすか、かえさないか、
そこのところが一番の問題なんだ。

 宝くじのおばちゃん、キノコのおばさん、ありがとう!

 私も今日から自分卵の殻を内側から突付いて割ろうと思います!


  (了)

(しその草いきれ)2007.7.10.あかじそ作