「 バモスが家にやってきた 」


 前の車を廃車にしてから1ヶ月。
 突然の故障だったため、買い替えの予算も用意しておらず、
しばらくは車無しの生活をしていたのだが、
夫の仕事の出張や、家族の通院などで、
どうしても車が無いと不都合なことが度重なってきた。

 何かあったらタクシーでも呼べばいいや、と思っていたが、
いざとなると勿体無いような気がしたし、
実際、急に呼んでもつかまらないことが多かった。

 ああ、ここは、田舎。
 やっぱり車が無いとめちゃくちゃ不便だ!

 廃車にしたのは、7人乗りのワゴンタイプだった。
 8年前に中古で買った時からトラブル続きで、
大事なときにいつもエンコした。
 また、夫婦して運転が下手なのにも関わらず、
車体が馬鹿でかくてうまく回せず、
出かけるたびに毎回どこかしら擦っていた。

 そんなわけで、よっぽどの事がないと乗らない状態が続き、
しょっちゅう放電してしまい、バッテリーを買い替え、
その後もまた長く乗らずに、
また放電してしまう、といった有様だった。

 だから、車なんてなくても
充分我が家は生きていけると思っていたのだが、
やっぱりなかなか厳しかった。

 住宅ローンだけでもキューキュー言っているので、
これ以上ローンなんて絶対組まないぞ、と思っていたが、
もう、そんなことも言っていられなくなってきた。

 ネットでいろいろな車を検索しては、
ああでもない、こうでもない、と「次の車」を検討していた。

 長男次男は、中学生。
 毎日部活部活で、ほとんど家に居ない。
 また、彼らが出掛けるといったら、
友達と自転車で街に買い物にいったり、
電車で都心まで映画を見に行ったりなので、
家族と一緒に車で出掛けたりすることは、もうほとんどない。

 だから、7人家族だと言ったって、
これからは、実際7人フルに車に乗ることはめったに無い。
 では、残りの家族5人でどこか出掛けるか、といえば、
それも無い。

 夫は、土曜も日曜も仕事で、休みが無く、
夫婦で子供たちを連れて出掛けるなんてことは、
盆と正月の、電車での帰省の時くらいだ。

 7人家族のうち、常につるんでいるのは、
私と1歳の娘と、小学生の三男四男の計4人。
 つまり、軽自動車で事が足りる、ということではないか。

 それならば、わざわざ、
維持費ばかり掛かって扱いきれないデカイ車を
いたずらに所有するのはやめようではないか。
 
 予算はまったく無いが、
とりあえず軽自動車をターゲットにして、
いろいろ探してみた。

 ママチャリにアカンボを乗せて、
買い物がてら中古車屋の前でうろうろしては
車を物色してみた。
 週末ごとに新聞に山ほど折り込まれる
新車や中古車のチラシを集め、
チラシに穴の開くほど比較検討の毎日。

 ネットでいろいろな車種の特徴を調べ、
これまた比較検討の日々。

 恥ずかしながら、運転免許をとってから21年。
 ペーパードライバーを返上し、
近所で運転し始めて11年。
 
 いまだに駐車場の広いところにしか行けないが、
一応、公道を運転している。

 しかし、恐ろしいことに、
自分でエンジンルームを開けて見たことも無ければ、
各種オイルや冷却水などのチェックなど、
やろうと思ったことすらなかった。

 だから、めったに乗らない、手入れはしない、で、
前の車はすぐダメになってしまったのだ。

 車=「雨に濡れずに大勢で遠くまで行けるデカイ自転車」

という認識で考えていたため、
今まで車自体にまったく興味が無かった。

 前の車は、弟に「予算はコミコミ80万円ね」とだけ言って、
適当に選んでもらったくらいだ。
 車に執着が無い分、大事にすることもせず、
前の車には、随分可哀想なことをしてしまった。

 今度こそ、ちゃんとこだわりを持って自分で選ぼう。

 条件は、

@軽自動車
A趣味のDIYの買い出しが出来るように、荷物がたくさん積めること。
B子供を乗せるので、ある程度の安全性があること。
Cオイル関係やエンジン内のメンテナンスが行き届いていること。

 しかし、予算が限られているので、

@車体の傷は気にしない。どうせすぐ自分で擦る。
A諸経費コミコミで100万以内。
B色や形はこだわらない。でも黒っぽいのは夏暑いのでパス。

 という条件で探した。

 ヒットしたのは、
スズキエブリィ・エブリィワゴン・
スバルサンバーディアスワゴン・
ダイハツスクラムワゴン・アトレーワゴン・
マツダスクラムワゴン・ホンダバモスなどの、
「軽ワゴン」と呼ばれるものだった。

 車にまったく興味のなかった私が、
日がな一日パソコンで車を検索しまくり、
街を歩けば、「やっぱりエブリィは後姿がちょっと」とか、
「可愛いなあ、あのブレーキランプの位置」とか、
言っているので、子供たちも、
「お母さん、ハマルと凄いね」
「ハマッてない時とハマッてる時の差が凄いね」
などとあきれていた。

 何軒か中古車屋も掛け持ちして見回ってみたが、
その場に停まっている車を見てしまうと、
ちゃんと中までよく見もせずに、すぐにでも欲しくなってしまい、
「買います買います」
となってしまうので、非常に危険だと思った。

 だから、パソコンの画面上で条件を満たす車を選ぶ、
というシステムの店で買うことにした。
 大手の中古車買取業者で、種類も数も充実していて、
メンテナンスや保障も確かということだった。

 そんなこんなで何度も店に足を運び、
買った車は、ホンダバモスのターボ2000年型だった。

 やはり予算上7年オチの車だが、
エンジン関係のメンテナンスの良さで決めた。

 本当は、新車を買いたかったが、それは致し方ない。
 目下、育児中で休職中の身。
 貯金をはたいたって、ここまでが限界だ。

 納車されてきたバモスを見て、ハッとした。
 いくら「傷は気にしません」と言ったものの、
やはり傷が多い。
 しかし、やはり、今まで見慣れたでかい車と比べて、
軽は小さくて可愛い。
 そして、小さいのに、ワゴンでやがる。
 小さくて四角い。
 まるで積み木だ。
 これがまた可愛い。

 傷もご愛嬌。
 新車を買って自分で擦ったら、
それこそ自分の心の方がへこみまくってしまうし、
夫が擦った日にゃぁ、
「テメーこのヤロー、またかよ!」
と、夫をボコボコにしてしまいそうだ。

 だから、最初から傷だらけの方が、
心の平穏と家庭の安定が保てるというものだ。

 いざ乗ってみると、これが凄く軽い!
 今までいかに重い車を転がしていたか。
 恐ろしく軽快な上に、ターボが凄い。
 街なかで、必要以上のターボが凄い。

 車体が銀色なので、
暑い日に乗り込んでも車内がそんなに熱くなっていない。
 汚れも目立たない。
 小さくて小回りがきく。駐車が楽。  

 そして、何より良かったのが、
アカンボを後ろに1人で乗せていても全然ぐずらない。

 今までは、後部座席のチャイルドシートからは、
窓が上のほうにあって、外の景色が見えず、
常に誰かがあやしていないと、
すぐに嫌がってシートから出たがってしまった。
 しかし、この車は、シートが高いので、
アカンボは外の景色を眺めて静かに座っていてくれるのだ。

 これは非常に!
 ひっじょ〜〜〜〜〜うに、助かった。

 これで「あやし係」の子供が学校に行っている間も、
私とアカンボだけで買い物に行ける。

 このことが、
この、ほんのささいなことが、
私を軽快なドライバーに変えた。

 どんな遠いところでも、
どんな暴風雨の中でも、
どんな大荷物でも、
常に!
常にチャリンコで、
般若みたいな顔で爆走していた私が、
にこやかに、アカンボを連れて、
好きなミュージックを聴きながら
軽やかに移動している。

 毎日のように。

 車を軽のワゴンに変えた。
 前の車が壊れたから仕方なく変えた。

 そのおかげで、私の毎日が変わった。

 要らぬイライラが消えた。

 「あそこはチャリでは無理だ」
 「雨だからダメだ」
 「子守担当がいないからダメだ」
と、あきらめなくてもよくなった。

 そんなちっぽけなことで、
私の行動範囲は広がり、
我慢が減り、
行動的になった。

 いつもいつも私を支配する、
心の重い荷物と我慢の蓄積が、
一台の可愛い軽ワゴンが解消してくれた。

 毎日乗っているので、
ちょっと運転もうまくなった。
 以前より確実に確認し、安全運転し、
「どうぞ」と、人の車を優雅に優先させる余裕も出てきた。

 エンジンルームを開け、
油の様子や水の量も確認し、車内も綺麗に整理している。

 やっと始まった私の快適カーライフ。
 「便利な巨大移動箱」でなく、
可愛いケナゲな、相棒としてのマイカー。

 これで私は、子供をもっと可愛がる余裕が得られた。
 児童手当の正しい使い道であった。


      (了)

(しその草いきれ)2007.7.31.あかじそ作