「 虫嫌い 」 |
世の中には、 戦争とか、不治の病とか、テロとか、核兵器とか、 飢餓とか、飢饉とか、地震、雷、火事とかの、 もっと怖いものがたくさんあるというのに、 どうして、こんな小さな生き物に 毎日命が縮むような危機感を抱いてしまうのだろう。 虫が怖いのだ! 虫が、物凄く怖いのだ! 夏になると、出てくる虫が特にダメだ。 まず、ゴキブリ。 こいつとは、長い戦いの末、 ある程度の勝算を得ている。 家のそこかしこに、嫌ってほどホウ酸団子を仕掛け、 ヤツを脱水させ、家の外に追い出す。 ヤツの姿をほとんど見ないまま退治できるのがいい。 毎年同じ銘柄のホウ酸団子ではダメだ。 抵抗力のあるヤツが出てきてしまう。 毎年銘柄を変え、 出来れば、常に複数の種類のものを仕掛けて、 もれなく退治できるようにする。 それから、ホウ酸団子に一直線に食いついてもらうために、 流しに水は絶対ためない。 本当は、風呂場にも水をためておかない方がいいのだが、 我が家では洗濯やトイレを流すのに使うので、 仕方なく水をためているが、 それでもしっかりとフタをして、 なるべく浴室を乾燥させるようにしている。 そして、排水溝には、必ず目の細かい金属のネットを付けて、 下水からの害虫の侵入を防いでいる。 また、家の床下からの進入を防ぐため、 床下の通気口にも、さびないタイプのネットを付けて、 ねずみや虫の侵入を防ぐ。 それでも小さなものは入ってきてしまうようで、 梅雨時は風呂場にナメクジが這っているので油断はできない。 怪しい気配を感じたら、目を皿のようにして探す。 すると、必ず、何かいるのだ。 どんな小さな虫でも、必ず「気配」がある。 私くらいの猛烈な虫嫌いになると、 蚊一匹が、 ショウジョウバエ一匹が、 赤ちゃんなめくじ一匹が、 息を殺して静かにじっとしていても、 「居る」のがわかる。 メガネが無いと何も見えないくせに、 虫だけは裸眼でも倒せる。 「そこだ〜〜〜!!!」 と叫んで、一発で仕留める。 これは、肉眼ではなく、 心眼でロックオンしているからできるワザなのだ。 しかし、ゴキブリだけは見つけてもつぶしてはいけない。 メスだった場合、お腹の卵がその場に残ってしまい、 そこが巣になってしまうことがあるからだ。 ある人に聞いたのだが、 ゴキブリは、「油虫」とも呼ばれるくらいで、 (別の虫で「アブラムシ」という名の虫もいるのだが) 体が油っぽいのだ。 だから、油を一瞬で分解してしまう台所洗剤が 一番即効性があるのだ、と言う。 呼吸を止めるから、確実に仕留められると言うのだ。 そんなわけで、12年前から私は、 殺虫剤よりも台所洗剤で戦ってきている。 これは、確実だ。 都合のいいことに、一般的な台所洗剤の容器は、 片手でプッシュすると勢い良くピュッとよく飛ぶ。 だから、遠くからでもいい感じに発射できる。 ネバネバしているので、トリモチのようにしっかりと絡め取れる。 ヤツの動きを止めたら、念のために洗剤をたっぷりと掛け、 洗剤漬けにし、完全に動きが止まったら、 厚手のビニール袋に手を入れ、多目のトイレットペーパーを使って 一瞬でヤツを包み込み、袋を裏返して結わく。 その後、厚手のビニールで何重にも包み、 後で這い出してこないようにしてからゴミ箱の奥に詰め込む。 やっつけた後は、 その場が洗剤だらけになってしまうが、 ついでにその辺の雑巾がけができるから、掃除にちょうどいい。 この方法で、ほぼ完璧なのだが、 ひと夏に複数匹を目にしてしまった時は、 お払いの意味でもバルサンを焚く。 焚けば、自分が安心できる。 ついでに我が家全員のアレルゲンの、ダニもやっつけられる。 このように、ゴキブリに対しては、 「ホーム」内での出来事なので、こちらのリードで有利に戦える。 しかし、一歩外に出ると、 そこは、人間様にとっては、完全に「アウェー」となる。 で、物凄く強敵が次々と襲ってくる。 セミだ! セミのヤツだ! あああああああ〜〜〜! 口にするだけでも背筋が凍る! アイツ、嫌だ〜〜〜! うちは田舎なので、セミが多いのだ。 さらに、家の玄関先にある松の木は、 セミ天国なのだ。 いっつもいやがる。 朝、新聞を取りに行くと、頭の上で 「ジジッ!!!」 という。 「ジジッ!!!」って何だ! 怖いだろ! いきなり威嚇すんな! 朝一番に部活に行く長男などは、 毎朝のようにセミにおしっこを掛けられている。 そしてまた、「ジジジジジッ!」と言いながら、 どこに飛ぶか分からないという恐ろしさをはらみながら、 いきなり飛び立つ。 運が悪いときは、 こちらの顔に向かって突撃してきやがる。 「ギーーーーーーー!!!」 何すんだよう! こちとら丸腰なのに、全身「飛び道具」って! それになんだ、その甲殻感は。 体、チョリチョリし過ぎ! で、早朝から恐怖感を味わった後に、 今度は、洗濯物を干すとき、ベランダで遭遇するのだ。 近所の家の壁や、うちの松の木(ベランダの傍にある)など、 5メートルくらい離れているときは、まだいい。 常に目を離さずに警戒しながら洗濯物が干せる。 ところが、機嫌よく窓を開け、 澄んだ朝の爽やかな外気を胸いっぱいに吸い込みながら、 「あ〜、涼しい〜」 などとつぶやき、 大量の重い洗濯もののカゴを 「よいしょ!」とベランダに出した途端に、 頭のすぐ近くで 「ビビビビビビビビビビビビビビ!」 と羽を擦られた日にゃあ、 「だあああああああああああああああああああああああああああああ」 と絶叫して、私の方が3メートルくらいぶっ飛んでしまう。 ベランダへの出口の窓の上の壁にとまっていやがった。 サイ〜〜〜〜〜アクだ! ひどい。 平凡な淡々とした毎日の中で、 ささやかな幸せを見つけながら、 一生懸命生きている人間に対して、 何、その突然の狂気の羽音! ひどくない? めちゃくちゃだ! 「ああ。今朝はセミに襲われなかった」 と、安心して過ごし、 夕方洗濯物を取り込むときに、 夫のパンツにセミのヤツがとまっていたりして、 それに気付かず顔面10センチの距離で 「ジャミジャミジャミジャミジャミジャミジャミ」 と暴れられ、 私の頬に「バチバチバチッ」と当たってから飛び立たれたりしたら、 完全に寿命が10年20年は縮む。 この時は、声も出なかった。 「はう」 と、なって、一瞬気絶してしまった。 ひぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。 も〜〜〜〜う!!! 何なの何なの?! 何のたたりなのよぅ! 玄関の前で、死んだセミがひっくり返って落ちていて、 そっと通り過ぎようとすると、 いきなり息を吹き返して、 「ジャミジャミジャミジャミジャミジャミジャミ」 と、飛び立つし!! 何年も何年も暗い土の中で幼少期を過ごして、 やっと地上に出てきて、 一週間で死んじゃうから必死で鳴いて、 一生懸命なのはわかるけど、 だからって、人を脅かしちゃダメ! 人間だってねえ、 幼少時代に苦労して、先行き短い命だからって、 よその人に危害加えちゃダメなのよぉ! 自分以外のみんなも、一生懸命生きてるんだから〜! (うちのゴキブリも私に対してこう思っているだろう) ああ・・・・・・ 田舎で、草ボウボウの我が家の敷地内は、 まるでビオトープ状態で、 普通にヤモリは出るわ、蚊はわくわ、アリが巣作りまくるわ、 鳥が糞して、その中のタネが芽を出し、何か知らん木が生えるわ、 自然天然の虫天国じゃないですかあ! それでも、秋になるとセミも消え、 ゴキも身を潜め、 軒下でコオロギや鈴虫がチロチロ鳴き始めるのだ。 そして冬になると、それも消えてしまう。 虫は大嫌い。 でも、諸行無常を教えてくれる 一番身近な教科書なんだよね、本当は。 (了) |
(しその草いきれ)2007.8.7.あかじそ作 |