「 このジジイは 」


 父が会社をリタイアした後、
濡れ落ち葉のようにべったり自分に付きまとわれたらたまらない、と思った母は、
退職金から300万円を老後の小遣いとして父に渡した。
 「これをやるから、おとなしくおんもで遊んできな」
という意味で、まとめて300万円、ドンと渡した。
 
 急に大金を手にした父は、
しばらくは、釣りにパチンコに、と、散々趣味に興じていたが、
一年足らずで全額を使い切ってしまった。
 主にパチンコでの大負けが原因だった。
 これは、さすがに自分でも反省したらしく、
しばらくおとなしく暮らすようになったのだが、
これがわれわれ家族の苦労の始まりだったのだ。


 若い頃は、外で呑み歩いてばかりで、
一切家庭とは関わらなかった父だが、
基本的には、非常にまめで、日曜大工の趣味もあった。
 家じゅうの壁面という壁面に棚を吊り、
もうどこにも空いた壁がなくなったとき、
いよいよ暇を持て余して、
朝から晩まで母に文句を言い始めたのである。

 おかげで母は、ストレスから高血圧症を発症し、
大腸炎に大腸ポリープ、腸閉塞まで併発し、
今まで明るく活発だったのが嘘のように、
家に引きこもってしまうようになった。

 父が眠った後のひとりになる時間が、唯一ホッとできるらしく、
深夜3時4時まで起きていて、酒と睡眠薬を同時に飲み、
昼まで寝ている、という生活をしているため、
ますます体調もすぐれない、という繰り返しだった。

 連日連夜、母にグジグジグジグジからんでいる父。
 そのことでどんどん生活が荒れる母。
 母が心配なあまり、余計にグジグジ言う父。
 そのグジグジでますます体調を崩し、寝込む母。

 徒歩5分の実家で、あほらしい悪循環が展開されているため、
娘の私は見ていられず、
父に「母を責めないでよ」と言い、
母に「規則正しい生活をしよう」と言うのだが、
二人とも聞く耳を持たない。

 もともと「田舎のバカ息子」と「浅草のスケ番」だったこの男女に、
常識的な説教は通じないのはわかっていたが、
ならばなぜ、神様は娘の私にも、
この破天荒さを与えてくれなかったのだろう、
と思ってしまう。
 弟は、両親に似て「田舎の番長」タイプなのに。


 この夫婦、医者にかかれば確実に病名がつく。

 母は、「主人在宅ストレス症候群」。
 この症状としては、高血圧や腸の病気、抑うつ症状などがある。
 母は、まさに典型的な患者だ。

 そして、父は、「注意欠陥多動性障害」。
 この特徴は、以下の通り。
・ 話を最後まで聞くことが困難
・ 気が散りやすい
・ 物をなくすことが多い
・ やるべきことに最後まで取り組むことが困難
・ じっと座っていられない
・ 相手の立場やその場の状況を考えずに話す
・ 順番を待つのが難しい

 困ったことに、この「注意欠陥多動性障害」は、
父方の一族のほぼ全員にあてはまる。
 しかし、それを障害として認識せず、
「愉快なチャームポイント」として、むしろ重んじ、
いわば、「お家芸」的な位置づけにあるのである。

 確かに、ばあちゃんやおじさんたちの
「わけのわからんしょーもないエピソード」の数々は、
その配偶者や子供たちにとっては、悩みの種だが、
離れたところから他人ごととして聞く分には、
人生を笑い飛ばすに十分な、爆発的な面白さがある。

 つまり、この障害こそが、この一族の魅力なのである。

 だから、父に悪気は無い。
 むしろ、いい人だ。善人だ。

 しかし、家族は、爆笑しながら体を壊す。

 ちなみに、これは、シャレにならない事実だが、
父の兄弟の配偶者の数人は、
愛すべき困った連れ合いのもと、
ストレスの病気が原因で、苦笑しながら逝ってしまったのである。


 さて、じっとしていられない父が、
日々の買い物やら自宅での日曜大工をやり尽くし、
次に狙ったターゲットは、娘の一家、つまり、我が家なのだった。 

 前に乗っていた車が廃車になり、
しばらく我が家は、車無しの生活をしていたが、
仕事や通院に支障が生じ、中古車を購入した。

 その際の私の父の態度は、ひどかった。

 「車ってのはなあ、寿命10年なんだよぅ!
  お前、100万も出して、7年経った車なんて買いやがって、
  あと3年で捨てるんだな!
  100万を3年で捨てるんだな!
  てことは、1年に33万捨てるんだな!
  ああ、もったいない、もったいない!」

 と、30回くらい繰り返し言った。

 私は、ただでさえ大金をはたいた後で
ちょっとブルーになりかかっていたのに、
こういうことをしつこく言われてムカムカチクチクしていた。
 しかしそれでも、1時間くらいは、
我慢してじっと聞いていたのだ。

 「大丈夫だよ。
ちゃんと整備してある車を買ったし、保障付きだし、
アフターケアもあるし、大事に10年くらい乗るつもりだよ」
 と私が言うと、

「あと20万出せば小さい新車買えるのにな。
 あ〜〜〜、もったいない、もったいない!」

「1年で33.333333・・・・・・万円の損害な!」

「100万割る3年でぇ、
1年でぇ、
さんじゅう〜、さんてん〜、
さんさんさんさんさんさんさん万円の損な!
 家族で旅行に何度も行けちゃうな!」

と、いつまでも言うので、私もいい加減ぶち切れて、
「しつこいんだよ! もう買っちゃったんだからいやなこと言わないでよ!」
と言うと、さすがに静かになった。

 父としては、娘一家が心配なあまり、
ついつい口出ししてしまうのだろうが、
その言い方がひどい。
 まさに、
・ 相手の立場やその場の状況を考えずに話す
という症例のパターンだ。

 「俺は心配してやったのに娘が自分に切れた」
という事実に驚いた父は、
母にそのことを報告すると、
母にも、
「当たり前じゃないのよ! 金出さないなら口も出すな!」
と叱られたらしい。


 また、あるとき、我が家の風呂場の壁にひびが入り、
タイルがおびただしく割れまくってきたので、
地震でつぶれるのも時間の問題だと思い、
夫の知り合いの建築関係の人にリフォームを頼むことにした。

 そのことを父に言うと、

 「あ〜あ、建て替えた方が早いのに、
風呂場一個に何十万もかけちゃって、
あ〜あ、もったいない、もったいない!
 それより、お前、冷蔵庫は?! 電子レンジはどうなんだ?!」
と、まくし立てる。

 「冷蔵庫って何?」
と聞き返すと、
「お前、バカじゃねえの? 知らねえの?
 今、いろいろリコール出てきてるのに、
ちゃんとチェックしてねえの?
 そういうのが爆発する方が危ねえんじゃねえのか?!」
と、目くじら立てて言う。
 
 「大丈夫だよ、うちは!」
と言い返すと、
「ああ、お前は、そういうことに気をつけない人間なんだな。
 ああ、よ〜くわかった。
 だめだこりゃ。全然わかってねえや! 全然ダメ!」
と、捨て台詞を吐いて帰って行った。

 孫たちがこの猛暑で脱水にならないようにと、
暑い中ドラッグストアまでスポーツドリンクを買いに行き、
3本5本と置いて行く帰りに、
そういう憎たらしいことを言うので、
私も、お礼を言いながらもカンカンに怒ってしまう。

 「はいはい、いつもありがとね!」
と、目じりをヒクヒクさせながら言うと、
「あ〜あ、危ねえ危ねえ、この家、危ねえ〜!」
と、小走りで家から飛び出していく。

 あ〜〜〜〜〜! 憎たらしい!

 これこそ、
・ 話を最後まで聞くことが困難
・ 気が散りやすい

 という特徴だ。
 「危険」というキーワードで、
「風呂が危ないから直す」という話から気が散り、
自分の気になっている「リコール商品」についてのことに
頭の中でスライドしてしまっている。

 ううん、このジジイは・・・・・・

 5分話すだけで病気になりそうだ!
 6分目には、胃痙攣が起きるよ!

 母はよくこんな人間と一緒に居られるものだ。
 病気になりながらも、一緒に居続ける、
その広い心に感動するよ!

 父が帰ってから、イラッイラしながら数時間を過ごしたが、
よく考えたら、私は父似じゃないか。
 ちゃんと立派に父の一族の血を引いている。
 注意欠陥多動性障害だ。
 私も同類なのだ。

 夫や子供たちに対して、
父と同じようなことを言っているのかもしれない。
 いや、絶対言っている。

 これはきっと、父という反面教師による特別夏期講習だ。
 私が私の家庭をダメにしないために、
そして、私の配偶者をストレスの病気にしないために、
神様が私に研修を組んでくれているのだ。



 この間、夜にいきなり父が来た。
 「ばあさんが具合悪くてさぁ」
と、ひざを抱えてポツリと言うと、
すすめられたビールをチビチビ飲んでいた。

 聞けば、ここひと月、
母は風邪をこじらせ、さらに血圧も上がりっ放しで
ずっと寝込んでいると言う。

 「なんでもっと早く言ってくれなかったの?!」
と聞くと、
「う〜ん」
と言って畳の目を数えている。

 母に電話して様子を聞くと、
夏になってから、台所にも立てないくらいつらいという。

 私の方は、夏休みに入ってから、
子供の部活のことや、帰省や何やかやで、
忙しくしていて、実家のことを気にしていなかった。

 この夏ずっと、母はヘロヘロ、父もクタクタだったらしい。

 「気がつかなくてごめん」
 私は、翌日から夕飯を余分に作り、
実家に届けるようになった。
 時には、アカンボの顔を少しだけ見せに行き、
元気付けてみたりした。

 アカンボがおかずの入った袋を母に突き出し、
「はいっ、バーバ、ど〜じょ〜」 
と言って渡すと、母は、
「わ〜、ありがとね〜〜〜」
と言ってアカンボにチュッチュチュッチュした。

 その後、父がアカンボを抱き上げて、
これまたチュッチュチュッチュした。

 母は、今さっき、玄関先で
「はいどなた」
と言った死にそうな声とは打って変わって、
アカンボを送るときには確かに元気になっていた。

 ちょっと元気になった母の横顔を、
父は、頬の力の抜けた半笑いでずっと見ていた。

 この夫婦は愛し合っているのだ。

 私とアカンボは、ジリジリと熱い夕日を背に浴びながら、
手をつないで家に帰った。
 後ろを振り返ると、
やはり背中に熱い日を浴びながら
いつまでもこちらに手を振る父と母がいた。


 相手の存在で自分が病気になろうが、
相手のせいで自分の生活に支障出ようが、
この人たちは、いつまでも一緒にいるし、
私も、私の子供たちも、このふたりに、
単位がつけられないくらい猛烈に愛されているのだろう、と、
思った。
                   
(あほや)2007.8.28.あかじそ作