「 ネガティブ添乗員 」 |
我が家は、毎年夏休みに 夫の故郷に帰省するくらいしかしないのだが、 ふと思うに、 中学生になった長男次男は、 最近もっぱら友達と行動することばかりで、 家族とどこかへ行きたがることはなくなってきた。 特に、来年高校生になる長男が、 家族とともに出かけるなどということは、 もう何十年も無いかもしれない。 先立つものが無いばかりに、 【家族旅行】という認識を封印してきたが、 これは、お金の問題ではなく、 今しか出来ない貴重な経験として、 大金を積んででもやっておくべき大切なことのような気がしてきた。 今、という時期は今しかないのであって、 今楽しまないで、いつ楽しむのか? ということで、 早速電話して申し込んでしまった。 今まで新聞の折込みチラシで気になっていた、 「激安日帰りバス旅行」というヤツを!!! しかし、問題がふたつ。 末っ子で長女の1歳児(=激しく多動)が、 じっと何時間も静かに座席に座っていられるのか? 答えは、即答で「NO!」だ。 そして、もうひとつの問題は、 どこに出かけても「ひとっことも口をきかない」夫と一緒に行って、 果たして旅行を楽しめるのか、ということだ。 その答えも、「NO!」だ。 夫は、ディズニーリゾートに行っても、帰省しても、 その間、一切口をきかない。 何か問いかければ、かろうじて返答するが、 それ以外は、最初から最後まで無言で無表情、 ノーリアクションで通している。 そんな態度に腹を立て、 「何なんだ、その態度は! 何かしゃべれ!」 と、散々文句を言った時期もあったが、 何かしゃべらせたところで、 「もういいから黙ってくれ」 と言いたくなるほど話がつまらないので、 もう文句は言わない。 私は、おしゃべりな男は苦手だし、 よく話を聞いてくれる人だなあ、と思って夫と結婚したのであって、 これはこれでいいのだった。 だから、わざわざ、 一緒に旅行に行ってテンションの下がる夫と、 一緒に旅行に行かなければいいだけのことではないか。 夫に長女を見てもらって、 その間、私と息子たち4人が旅行に出かければいいのだ。 問題は、解決した。 さて、旅行当日、 さっそくの雨模様であった。 ずっとピーカンの猛暑だったから、 それに比べたら、まあ涼しくて体は楽なのだが、 旅行に行くにしては、あまりにもテンションの下がる 重い重い曇天だった。 駅前のバスロータリーに朝7時に集合し、 2階建ての大型観光バスに乗り込んだ。 我々は、奇数人数での申し込みだったため、 子供は隣同士に腰掛けられたが、 私だけひとつ前の席の窓側に、 よその人と相席で座ることになった。 最初の停留所では、その相席の相手は乗ってこなかったが、 次の町で思いっきりズカズカ乗り込んできた。 小3くらいの息子と小1くらいの娘を連れた、 真っ赤な髪でピンヒールを履いた、 年増の元ヤンキーらしきカーチャンが、 ギャーギャー怒鳴りつつ、子供たちをド突きながら バスの通路をドカドカ歩いて近づいてきた。 そして、自分の席の隣に私が座っているのを見るや、 「チッ」 と思いっきり舌打ちしてきた。 (うわ〜、最悪・・・・・・) と思いつつ、 「よろしくお願いします」 と声をかけると、 「ああ、はあ・・・・・・」 と、ろくに挨拶もしない。 何か、嫌な予感を抱きつつ、 まあ、そんなこともひっくるめての、 旅の面白さだ、と覚悟を決めた。 そして、バスは、一路、 「所沢トトロの森」と「江戸東京たてもの館」、 そして、「三鷹の森ジブリ美術館」へと出発したのだった。 さて、いろいろ気になる点はあるけれど、 初めてのバス旅行。 大人になってから初の「遠足」的な旅行に、 私は、わくわくしていた。 さあ、どうなんだろう、バスツアーって?! バスに乗り込んだたくさんの親子連れを前にして、 明らかに「再就職のアルバイト」と思える、 おじいさんの添乗員が、マイクを通して第一声を発した。 「みなさま、本日は、当社のバス旅行に お申し込みいただいてありがとうございます。 さて本日は、 所沢トトロの森、江戸東京たてもの館、 Kホテルでのランチバイキング、 そして、三鷹の森ジブリ美術館、と、 計4箇所に立ち寄る予定ではございますが・・・・・・、 このツアーは、非常にハードと申しますか、 そもそも日程に無理があると言いますか、 企画自体が無茶なんですよね。 無理なんです」 と、言った。 みんな、いきなりのBADニュースに あんぐりするしかなかった。 それでも、これから楽しい親子旅行へ行こうという人たちに対して、 何らかの明るい言いようで 無茶な企画を希望のあるツアーへとフォローしていくのだろうと信じていたが、 おじいさん添乗員は、こう続けたのであった。 「さて、これから行く【トトロの森】ですが、トトロいないです。 店も無ければ、トイレも無い。 な〜〜〜んにも無い、ただの雑木林ですから。 何年か前に「となりのトトロ」という映画があったみたいですけど、 そのモデルとなった場所だと言われているとかいないとかで。 まあ、天気もアレだし、時間も無いんで、 ちょっと20分くらいアレして、またすぐ出発しますから。 まあ〜〜〜、森林浴だと思って、アレしてください」 シーーーン、だ。 いきなりの絶望的な案内。 行けば、やはり、その通りの場所であった。 駐車場も無く、大型バスを路肩に停めて、 「はい、みなさん、急いで出てくださ〜い!」 と言われてバスを降りた。 小雨の中、傘を差して雑木林を黙々と10分ほど歩き、 そして、今来た道を帰るのみだった。 途中、ぬかるんだ場所で、 私と相席している年増の元ヤンが立ち止まり、 子供だけを先に行かせ、 自分は、その場で不機嫌丸出しで立っていた。 そりゃあ、歩けないだろうよ。 このぬかるんだ雑木林の泥の上を、 そのピンヒールじゃ・・・・・・。 綺麗にパールのペディキュアまで塗っているけれど、 ツアーのタイトルにも「森を歩こう」って書いてあったのに、 何でその靴で来ちゃったんだか・・・・・・ そそくさと20分位歩いて、みんなバスに戻ると、 彼女は、体からメラメラした炎が見えるほど、 恐ろしくイラ付いていた。 自分の子供たちの靴や服に泥が付いた、と言って、 「あんなところに行くからよ!」 と金切り声を上げていたが、 「あんなところへ行く」というツアーなんだから、 叱られた子供たちも気の毒であった。 さて、続いて、 とあるインターチェンジに着き、 15分の休憩の後、出発したのだが、 出発したとたん、 「これから次のところまで2時間くらい、 どこにも停まりませんので、 トイレに行っておいてもらわないといけなかったんですよね」 と、添乗員は、言った。 それ先に言えよ! トイレに行かなかった人たちは、一斉に、 「ええ〜っ」という顔をした。 さて、次の場所まで2時間、 バスは、高速を降り、ただただ渋滞した市街を、 延々走ったのだった。 そして、やっとのことで「江戸東京たてもの館」に着いた。 ここは、昔の建物が復元してあり、 なかなか面白いテーマパークであり、 いい公園でもあるのだが、 いかんせん、滞在時間が30分ほどしかなかった。 こんな見所満載のところに30分! 移動2時間で見るの30分! いや、しかし、文句を言っている暇すら無いのだった。 我々は、雨の中、ほとんどダッシュで走り回り、 昭和初期の銭湯や文具屋、金物屋に居酒屋など、 風情のある建物を駆け巡って見学した。 その間、添乗員のおじいさんは、 我々について歩いてくれ、 親切にいろいろ教えてくれた。 やさしくて、おっとりしていて、いかにもいい人なのだが、 いかんせん、この人のガイドは、ネガティブでいけない。 これから楽しもう、という人たちに対して、 本社の無茶な企画に翻弄される現場の人間のつらさが、 ダダ漏れになっているではないか。 さて、集合時間に遅れないでください、 と言われているにも関わらず、 やはり、私の隣の年増元ヤンは遅れて来た。 みんなを待たせても、予想通り、まったく謝らなかった。 それどころか、 ニヤニヤして乗り込んできて、 ドカッと座り、 「あんま面白くなかったな」 と子供たちに言っていた。 おいおい・・・・・・ そして、数分後、 彼女の息子が、 「おしっこおしっこ」 と騒ぎ出し、 道の途中でバスを停めるはめになった。 (お〜い、トイレ行っとけよ〜〜〜) 息子のトイレ騒ぎで恥をかかされ、 ますます不機嫌になった年増元ヤンは、 「ちょっとここ場所替わってよお!」 と息子や娘に何度も交渉している。 (そんなに露骨に相席嫌がるなよ〜。こっちこそ嫌だわ) 私もだんだん嫌な気持ちになってきたが、 (ここでマイナーな気持ちになったら旅行が台無しだ! 面白がろう! この状況を笑いに変えるのだ!) と心に誓った。 40分ほど走って、バスは、Kホテルに到着した。 添乗員は、1時間後ぴったりにバスに戻ってください、と言う。 「ホテルのバイキングで食べ放題」ということで、 めいっぱい旨い物を食べてこようぜ、と、 誓い合っていた私たち親子は、 「1時間じゃあんまり食べられないよね」 と、一瞬肩を落としたが、 「与えられた時間の中で精一杯ベストを尽くそう!」 と声を掛け合い、 物凄い勢いでいろいろなおかずを食べまくった。 しかし、我が家はみんな、ソトヅラがいいので、 いかにも「大家族で食いまくりだ〜い!」みたいな、 みっともない真似はしない。 あくまで姿勢は正しく、 紳士的に皿に料理を取り分けていくのだが、 その速度が速い。 ものっっっ凄く、きびきび無駄無く動いて、 うちの家族だけ、早送りのようにみえる。 にっこりと微笑みあって会話を交わしつつ、 手だけはすばやく数種のおかずを盛り付けている。 顔は笑顔で、手は、千手観音のごとく。 つまり、目にも留まらぬ速さで 完璧にあらゆる料理を収集しているのだった。 ツアーのみんなが、やっと席に着いたくらいに、 我々は、ほぼ満腹状態になっていた。 実は、うちは、みんな小食なのだ。 いろいろな美味しいものを、 ちょっとづつ、たくさんの種類食べられれば、 それで幸せであった。 みんなが食べ始めた頃、 我々は、さっさと席を立ち、 しっかりとトイレを済ませて、早めにバスに戻った。 数分後、みんなもバタバタ戻ってきたが、 口を揃えて「時間が足りなかった〜」と言っていた。 むふふふ・・・・・・。 まだまだ甘いな。 早飯、早グソは、芸のうち。 激安ツアーの飯と言ったら、そんなことは覚悟しておくのさ! さて、その後、 添乗員のおじいさんが、想定外の行動に出た。 「これからは1時間半ほど時間があるので、 私のハーモニカをお聞かせしようと思いますが、どうですか?」 と言うのだ。 みんな、キョトーンとして、無反応だった。 すると、 「聞きたいのでしたら、拍手してくださいよ〜」 と言う。 仕方ないので、みんな、パチパチパチパチ・・・・・・と、 まばらな拍手をすると、 「それでは、ご期待にお応えして、ハーモニカをやりたいと思います」 と言った。 そして、 「立って吹くと揺れて危ないので、座って吹かせていただきます」 と言うと、一番前の席で前に向いて座ったまま、 「秋の童謡メドレー」 とやらを吹き始めた。 その音色は、実に微妙で、 上手いというわけでもなければ、 下手というわけでもなく、 旋律の2度上を同時に吹いて、一応ハーモニーを奏で、 時々ほわわわわわ〜、とビブラートを入れている。 子供向けのツアーということで、 童謡の秋のメドレーを吹いていたのだろうが、 次に「森に行きましょう」を、 その次に「ともし火」を吹き始めた。 大体、今の子供は「ともし火」が何だかわかるのだろうか? スイッチをパチッと入れれば、 電気で何でも明るく照らされる時代に、 「火」に縁もなければ、その火を「ともす」なんてことは、 下手すれば死ぬまで一回も未経験のまま過ごすのではないか? そんなことを、憂鬱なメロディーの中に感じながら聴いていた。 それにしても、マイクも通さず、吹く姿も見えない、 そして、淋しいハーモニカの音色だけが聞こえてくるバスの中は、 何だか変な空気が漂ってしまっているのだった。 曲が終わるたび、 ほぼ強迫的に拍手をしないといけない感じになっていて、 それも何だか苦痛になってきた。 しかし、そんなたくさんの親子連れの気持ちを知ってか知らずか、 サービス精神満点の添乗員のハーモニカは続く。 というか、彼は、吹いているうちに 1人でどんどん興が乗ってきてしまったらしく、 「次に【島倉千代子】メドレー」 と言うと、ますます渋いメロディーを奏で始めてしまった。 こうなると、完全にお客は置いてけぼりだった。 子供たちは、みな一様に白目になってしまっているし、 親たちはみな、困惑している。 私は、と言うと、 その状況が可笑しくてたまらず、 吹き出す寸前の口を両手で押さえて、 必死で笑いをこらえていた。 島倉千代子の曲調も、 どんどんビブラートのかかり具合が激しくなってきて、 添乗員のおじいさんの魂がバリバリ吹き込まれてきているのがわかる。 おじいさんは、自分の壮絶な生き様を命の音色に乗せ、 物凄いビブラートぽわわわわわわわ〜〜〜ん、 だし、 子供全員、白目で、ポカーン、 だし、 大人全員、困惑で、はあ〜ん、 だし、 もう、可笑しくて可笑しくてたまらない。 ああ! もうダメだ! おっかしい! あはははは! ああ〜、 は〜は〜、 くっくくくくくくく・・・・・・・ 私がひとり、必死に苦しんでいる中、 おじいさんは、島倉千代子メドレーを終え、 まばらな拍手を浴びながら、次の一言を言った。 「それでは、次は、古賀政男の『影を慕いて』」 プーーーーーーーーッ! それはないだろ! トトロ大好き親子のバスツアーで、 「古賀政男」の「影を慕いて」は、無いっ! とうとうこらえきれず、 私は吹き出してしまった。 まあ、いっか。 現場のつらさを押して頑張って仕事しているんだ、 このおじいさんは。 涼しい部屋で若造どもが適当に儲かりそうな企画を立て、 現場の人間は、猛暑の中、それを遂行するのに必死だ。 クレームを受けるのも、 お客のわがままを聞くのも、現場の人間。 どう考えてもしんどい状況だけれども、 それでも自分らしくお客を接待しようと、 頑張ってハーモニカの練習をしてきているのだ。 素敵なことじゃないか。 その精神は、トトロに通じるのではないか? (ホントか?) さて、バスは、本命のジブリ美術館に着き、 午後4時から6時まで自由に見学することになった。 今まで一箇所2〜30分しか立ち寄れなかったが、 やっとここにきてじっくり楽しめた。 おなかいっぱいだし、 美術館は、本当に面白かったし、 結局最後は、満足してこのツアーを終えた。 終わりよければ全てよし。 やれやれ、激安日帰りバスツアーとは、 結局、添乗員の努力とお客の協力、 「最後は、まあまあよかったね」 という締めの感想でうまくまとまるのだろう。 それにしても、我々の前の町で、 年増元ヤン母子がバスを降りるとき、 子供たちが「ゴミ持って帰ろうよ」と言っているのに、 「邪魔だから置いていけ!」 と怒鳴ったバカ母の存在だけが、 最後まで心に引っかかってしまった。 終始カンカンに怒っていたあの母親は、 結局、今日、楽しかったのだろうか? あの人、人生、楽しいんだろうか? 私も、コンディションが悪くて 子供にギャンギャン言ってしまう時期があるのだが、 人の振り見てわが振り直せ、じゃないけれど、 イライラしないで、もっと人生楽しまなくちゃだわ、と、 強く感じた次第である。 イラッ、と、なりそうになったら、 あの母親のピンヒールを思い出そう。 自分で「森に行く」と決めたのなら、 ズックを履いて、泥まみれになって歩けばいい。 その方が楽しい。 「所帯を持つ」と決めたのなら、 相手と上手くやろうという気持ちを持てばいい。 「子供を持つ」と決めたのなら、 腹くくって子育てを面白がればいい。 そうすれば、 「ピンヒールのイラつき」は、無い。 トラブルも、「旅の面白さ」に変わる。 ああ、ネガティブなバカ母とネガティブな添乗員だったけれど、 今日も、私は、とってもポジティブだぞ〜! (了) |
(こんなヤツがいた!)2007.9.4 あかじそ作 |