「 我慢大会 」


 子供が小さい頃は、
ただただ一生懸命に育て、守り、
抱きしめていればそれでよかったのだが、
幼稚園に通うようになり、学校に上がり、
中学に行くようになると、
そうとばかりはいかなくなってきた。

 長男は、幼稚園に入ったばかりの頃、
実にのびのびしていて、
仲のいいお友達と手をつないで駆け回り、
赤白帽のゴムを持ち、ぐるぐる回して飛ばしては、
先生に「こら」と叱られて「えへ」と笑っている子供だった。

 ところが、引っ越して幼稚園を変わった頃から
「転入生」という扱いを受けていくうちに
ひどく内向的な性格になっていった。

 おとなしく、いじめられても言い返せず、
へらへら笑いながらやられっぱなしの子供だった。

 しょっちゅう学校から青い顔をして帰ってきて、
「もう学校に行きたくない」
とひざをかかえているので、
若かった当時の私は、飛び掛るようにして長男のもとへ走り、
「どうしたの?」
「誰にやられたの?」
「いじめられたの?」
「先生に言ったの?」
「お友達は助けてくれたの?」
と矢継ぎ早に質問し、
息子のぽつりぽつり話す内容の、ひとことひとことに激昂し、
「キーーーッ」となって担任の先生に電話していた。

 ところが、次男が幼稚園や学校に上がると、
その立場は裏返った。
 毎日のように担任の先生から連絡帳や電話で注意を受けた。
 次男には悪気はないのだが、
自分本位の理屈で怒ったり暴れたりしてしまい、
各方面から苦情の嵐だった。
 週に何度も菓子折りを持って、
夫と次男と三人で頭を下げに回ったものだ。

 やられっぱなしの子供の親は、
子供の純な心を守ろうと必死に飛び出していく。

 一方、悪気は無くても未熟ゆえに野放図な子供は、
いつも、教師や友達の親たちから冷たい目で見られ、
その親は、必死にあやまり倒しているか、
開き直って堂々としている。

 その両方の立場を知った私は、
「いじめられた」と言う子供の一方的なことばを鵜呑みにして、
いきなり激しいクレームをつけるのはやめようと思った。
 それは、次男が、周りの人間に「悪い子」と色眼鏡で見られ、
彼のいいところを誰もわかってくれなかったという経験があったからだ。
 いじめた、と訴えられた子にも、
実は、何か理由があり、言い分があるんじゃないか、
と思うようになったからだ。

 そして、三男が入学し、四男が入学すると、
その経験を生かし、
「いじめられた」と帰って来た三男四男の話を
冷静に聞き、
「それは自分で解決すべきことだ」ということには、
「こういう風にするといいんじゃない?」
とアドバイスした。
 しかし、あまりにもひどい仕打ちを受けたときや、
繰り返す時には、
担任の先生に相談し、様子をよく見ておいてもらうように頼んだ。
 それで好転するようであれば、それでいいし、
それでもダメなときは、もう一度先生にお願いしたり、
自分のいじめられたときのことや、その時の切り抜け方を話したりして、
「生き抜くウラ技・超具体例」を提案し、
少しづつ様子をみて改善するようにしていった。

 それでも、今まで何度も何度も
「もう学校に行きたくない」
と言われ、根気よく説得したり、
一緒に登校したり、迎えに行ったり、と、
必死に対応してきた。

 子供というものは、黙っていても機嫌よく
「いってきま〜す」
と学校に勇んで出かけていく生き物だと思っていたが、
実はまったくそうではなく、
子供全員が、何の問題も無く、
ケロッとした顔で登校してくれるということは、
とてもラッキーで稀少なことなのだ。
 子供たちは、みな、
日々何かしらいろんな問題にぶつかり、
人間関係や社会生活について、
傷つき、慰められ、立ち直り、学習し、
楽しいな、面白いな、ということを求めて
また学校に向かう。
 しかし、それがつねに上手く回っているとは、限らない。
 むしろ上手くいっていない事の方が多い。

 だから、4人就学している者がいると、
誰かしらいつも
「ああ、嫌だなあ」
と言っている。
 そして、食事中は、もっぱら私の体験を語り、
入浴中は兄弟の誰かがアドバイスし、
「何かあったらすぐに言うんだよ、何とかしたるぞ」
と肩を抱いてやり、
翌日学校へと送り出している。

 そうやって、私自身も親として経験を積み、
子供たちもお互いにフォローし合っていても、
やはり、子供の傷ついている姿を見るのは実に忍びなく、
心穏やかでいられたためしがない。

 子供の誰かひとりでも、「何かあったな」という顔をしていると、
どうしようもない憂鬱な気持ちになり、
自分のことよりも必死な気持ちになってしまう。

 すぐに学校へでも、いじめっ子のところへでも
私自身が飛んで行って、
即刻この問題を処理し、子供を守りたいと思う。
 それが一番、親にとっては手早く、気が済むやり方だ。

 しかし、それでは、せっかくの子供の成長の機会を奪ってしまう。
 傷つき、打ちのめされ、その中で悩み、考え、
誰かの助けを借り、友情を痛感し、
人を信頼したり裏切られる経験を積んだりする、
そういう貴重な経験を奪ってしまう。

 子供を守りたい!
 しかし、その一方で、
子供にあえて少し痛い経験を積ませて、
親無しでも生きていく力を養ってもらわねばならない。

 子供と一緒に居たい!
 しかし、その一方で、
子供をしっかり巣立たせなければならない。

 これは、もう、親にとっては、
我慢大会みたいなものだ。

 獅子の親のように、
泣きながら可愛い子供を
谷底に突き落とすようなことを、
時にはせねばならなかったりする。

 子供が男の子だったら、なおさらだ。

 これは、尋常な我慢ではない。
 人情派の私にとっては、拷問に等しい。


 長男が所属する吹奏楽部の鬼顧問に目を付けられ、
逃げ場の無いやり方で徹底的に言葉の攻撃を受け、
毎日泣きながら頭を抱えているのを見て、
私の我慢大会は、かなりつらいものになった。

 はじめは、
「お前に見込みがあるから、人一倍厳しくされるんだよ」
「特訓を受けられてラッキーなんだよ」
と必死に慰めていた。
 部のためになるかと思い、
吹奏楽部を小学校へ招き、演奏してもらい、
最高の発表の場を設けたりもした。
 そのおかげで、新入部員が激増したので、
てっきり顧問も喜んでいると思った。

 しかし、実は、それが裏目に出て、
うちの親子は目を付けられてしまった。
 「出すぎた真似をする、生意気な親」の息子として、
おとなしい長男は、コテンパンに言われた。

 「ふにゃふにゃするんじゃない! 男のくせに!」
 「パートリーダーなんだから、後輩を泣かせるくらいきつく当たれ!」
 「歌のテストで低い声も高い声も出ないくせに!」
 「そんなだから運動も苦手なんだよ!」
 「パートの1年がやめたのは、お前のせいだ!」
 「やる気が無いのは、お前だけだ!」
 「部活であったことを家でべらべらしゃべるな!」

などと、連日、部員全員の前で怒鳴られてくる。

 帰ってくるなり、制服のままうつぶせに倒れこみ、
「もう嫌だ!」
「もうやめたい!」
「居場所が無い!」
と、号泣している長男。

 いっとき、それが続いて、
ストレスから肋間神経痛になり、
息をするだけで胸に激痛が走り、動けなくなった。
 そこで部活を休むと、
すぐに顧問から電話が掛かってきて、
「本人に替われ」
と言う。
 私は、
「うずくまって痛がっているから無理です。
それより、部活でイジメられているのではないですか?
 朝元気に登校していくのに、
部活に出ると心身症状を起こすほど具合が悪くなるのは、
何かあるからだと思います。
 どうなっているんですか?
 先生は、部活であったことは友達にも家族にも言うな、
と言っておられるそうですね。
 ですから、息子は、その決まりを守って、
何で悩んでいるのか、まったく言わないのですが」
と、強く聞いてみた。

 すると、顧問は、
「みんなコンクールで勝ちたくて頑張っているのに、
息子さんだけだらだらしていて、やる気が無いんです。
 部を休むときも、みんな私に直接言いに来るのに、
息子さんは、誰かに伝言を頼んでおしまいです。
 彼は、注意されても、頑固に自分のやり方を変えないし、
それでいいんだと思っていて、手に負えないんですよ。
 とにかく、電話口まで息子さんを呼んでください」
と言う。

 「ちょっと待ってください!
息子にやる気が無いというのは、
それは先生や他の部員さんたちの主観だけじゃないですか!
 息子は、帰宅後、夜中までCDに合わせて1人で練習していますよ。
 確かにうちの息子は覇気は無いですし、
やる気まんまんというタイプでは無いですけれど、
彼なりに頑張っています。
 ただ、それをみんなが認めようとしないし、
理解しようともしないで、攻め立ててばかりいるんじゃないですか?
 先生や部員さんたちが、みんな女性で、
うちの息子ひとり男子で、ひとりで頑張っているんです。
 みんなで理屈で攻め立てて、
逃げ場の無いほど追い込んでしまったら、
せっかく湧いたやる気だって、萎えてしまいますよ。
 心身症にもなってしまいますよ。
 うちの子は、毎晩、アカンボを風呂に入れたり、
ご飯を食べさせたりして、家のことも人一倍やっています。
 朝練の時、ぐったりしているのも、受験勉強の合い間に、
アカンボや弟たちの世話をしているからなんですよ」

 私は、声の震えを押さえ、
極力冷静で理解のある大人の態度を心がけて言った。
 その他にも、
長男の持病(自律神経失調症や喘息)のことを言い、
あんまり精神的にダメージを受けると、
本人の意思ややる気とは関係なく、倒れてしまうのだ、
と、強い口調で主張した。

 しかし、一方で、顧問の言った、
「部を休むときも、みんな私に直接言いに来るのに、
息子さんは、誰かに伝言を頼んでおしまいです。
 彼は、注意されても、頑固に自分のやり方を変えないし、
それでいいんだと思っていて、手に負えないんですよ」
というクダリに、ビーンと引っかかった。

 これは、夫や夫の父親も持つ、
周囲が困惑しまくっている性格なのだ。

 「誰が何と言おうと、
世間的には間違っていようと、
俺はこのやり方を変えない」

という、はた迷惑な意固地な性格。

 これは、部分的に大いに納得してしまった。

 夫の一族には、
協調性のキョの字も無いところがある。
 夫の父親にそっくりな長男にも、
確かにその傾向が引き継がれている。
 それは、私自身、
夫との結婚生活や、長男の育児や、
舅との関係の中で非常に苦戦していた部分でもあった。

 普段は、おとなしくて善人だが、
みんなが「白だ」と言うと、
「そこは、あえて黒だ」と言い張るときがある。
 そうなると、夫や長男や夫の父は、
まったくもう、全然手に負えないのだった。

 ああ、長男にも、強く叱られる一因があるのかもしれない。

 そう思い、私は、電話口に長男を呼んだ。
 すると、長男は真っ青な顔で電話に出て、
「はい・・・・・・はい・・・・・・はい・・・・・・・はい・・・・・・」
とひたすら一方的に聞き、電話を切った。
 そして、
「あああああああああああ!」
と猛獣のようなうめき声を上げながらパジャマを脱ぎ始めた。

 「どうしたの?」
と聞くと、
「ちょっと話がしたいから10分くらい学校に来いって」
と言った。
 「えええええ〜〜! 具合悪くて休んでるのに〜!」
と、びっくりして叫ぶと、
「10分だけって言うから、頑張って行って来る」
と、胸を押さえてうめきながら出て行った。

 何か・・・・・・ひどすぎないか・・・・・・?

 具合悪くて休んでいるのに、無理やり登校させるなんて!
 人権無視じゃないのか?

 私は、その後、もんもんとしながらも、
アカンボの健診に出かけた。
 1時間後、急いで家に帰ると、
居間のちゃぶ台の上に、長男の書いたメモ紙を見つけた。

 【先生が練習に出なさいというので、
弁当を持ってもう一度学校に行きます。
 帰りは4時過ぎです。】

 何だって〜〜〜?!

 確かに、朝の時点で部活を休むかどうか迷っていたため、
弁当を作ってしまい、冷蔵庫に入れてあったが、
まさか、具合の悪い人間を無理やり10時間も練習に参加させるなんて、
拷問じゃないのか?
 健康上の理由も無視するなんて、
これは、あってはならないことなんじゃないか?

 私の心の中は、100億ヘクトパスカルの巨大台風が吹き荒れた。
 朝から長男が帰宅する5時ごろまで、
吹き荒れて吹き荒れて、
容赦無い凶暴な風雨が、
心の中の、たくさんの優しい部分をなぎ倒していった。

 こんなことがあっていいのか?!
 もし命にかかわることになったら、どうするんだ!
 訴えてやる!
 訴えてやる!
 訴えてやる!


 夕方、帰宅した長男は、
制服のまま玄関先にうつぶせに倒れ、
「疲れた」
とつぶやき、そのまま部屋に入って、こんこんと眠ってしまった。

 長男が目を覚ました後、よく事情を聞くと、
顧問は、最初、
「お前もやる気が無いわけじゃないんだってな。
家では、赤ちゃんをお風呂に入れたりして、エライじゃないか」
と、今までに無く優しい口調で言った後、
「でもまあ、胸がちょっと痛いくらいで部活は休ませるわけにはいかない。
痛いのは、気のせいなんだろ。
弁当を持って、もう一回登校してこい」
と、いつも通りの冷たい口調で言い放ったのだという。

 「ひっどいな!」
 私は、思わず叫んだ。

 しかし、長男は、久しぶりに穏やかな顔で言った。

 「でも、おかげで少し先生優しくなったよ。
お母さんが
『嫌なことがあると自律神経の弱い子なのですぐ倒れます』
って言ってくれたから、
それなりに気を使ってたみたいだよ」

 「本番目前で肝心なパートを受け持つアンタが抜けたら困るから、
先生もヤバイと思ったんじゃない?」
と私が言うと、
「まあ、そんなところだろ」
と長男は言い、久しぶりに元気に夕飯のおかずをワシワシ頬張った。

 紆余曲折あったが、
この件以来、顧問のキツイ指導は続いたものの、
長男ひとりに集中砲火を浴びせ続ける、ということは激減した。
 (減っただけで、無くならないというのがミソ)

 ギャーギャー叱った後、
一重まぶたの子に対して
「何だ、そのふてくされた顔は!」
とキレまくったり、
(二重まぶたの子は、反省しているように見えるらしい)
冷房の無い猛暑の部室で、
ちょっと手で自分を扇いだ子に対しては、
「そんな態度ならコンクールに出してやらない!」
と部室から締め出したり、
もう、被害者続出なのらしいが、
みんな顧問の作った
「部員や顧問の悪口は一切禁止」
という規則をちゃんと守って、必死について行っているのだった。

 しかし、実際は、
女子同士でこっそり顧問の悪口を言ったり、
メールで愚痴を言って、励まし合っているに違いない。
 親にも報告して、親もそれぞれ一緒に悩んでいるだろう。
 だが、たったひとりの男子部員である長男には、
その実情は伝わってこない。
 だから、ずっと自分ひとりの悩みとして、
孤独に耐え忍んできてしまったのだ。 

 ところが、最近、長男は、
比較的気が合う女子部員たちに
勇気を持って話してみたと言う。

 「先生、ちょっとひどすぎないか?」
と。

 すると、彼女たちは、みな一様に、
堰を切ったように「わあ〜っ」と自分たちの想いを話し始めたらしい。

 みんな、それぞれ傷ついて、
それぞれ個人個人で悩んでいたのだと言う。

 顧問からしたら、それは規則違反の「陰口」かもしれないが、
私は、長男をほめた。

 「そうやって、自分たちが不当な扱いを受けていると思ったら、
誰かが勇気を出して声をあげなくちゃね。
 そうすれば、みんな勇気を出して、
一緒に力を合わせて現状を打破できるかもしれないでしょ」

 長男たち3年生は、来週、
体育祭の行進曲を演奏したら、吹奏楽部を引退する。
 よくぞ、やめずに続けたものだ、
私だったら、絶対無理だっただろう、と、心底感心する。

 「みんな、ほんと、よく粘ったね。
 なんだかんだ言って、みんな吹奏楽が好きなんだよ。
 顧問はひどいヤツだったけど、
ある意味、これから世間の荒波を渡っていくために
いいワクチンだったんじゃない?
 子供の頃に予防接種を受けておいた方が、
大人になってから重症にならなくて済むもの。
 みんな、これから、どんなしんどい状況に陥っても、
免疫が出来ているから、きっとたくましく生き抜けると思うよ。
 そういう意味では、『いい先生』だったよな」
と私が言うと、長男は、余裕の表情で、
「そうだよな」
と笑った。

 もう、彼は、部活の愚痴は言わない。
 進んで嬉々として朝練習に出掛ける。

 いつの間にか背も私より高くなり、
苦手な女子とも普通に話せるようになった。 
 小学校の頃いじめてきた悪ガキとも互角にやりあえるようになり、
言いたいことは、モジモジせずにはっきり言うようになった。
 自分勝手な意固地な部分に気づき、
少しは気をつけるようにもなってきた。


 親の私も、ひとつの試練を乗り切ったような気がする。
 大きな我慢大会を勝ち抜いたような。


 ・・・・・・あ!
 そういえば!
 長男の制止も聞かず、
次男も吹奏楽部に入部していたではないか?!

 この大会は、まだ終わっちゃいない。
 先輩部員一同と顧問がミーティングでこう言っていたのを、
長男は聞いた。

 「問題は、ユウジだな」

 次男はサックスを吹いている。
 音色はいいが、舌足らずでタンギングがろくに出来ない。
 そして、小学校の頃から、
リコーダーをまともに吹けたためしがない。

 次男の、けた外れな下手さが、
部内で大問題になっているというのだ。

 ああ、また開幕だよ。
 第2幕の我慢大会が!!!



  (了)

(子だくさん)2007.9.18.あかじそ作