「 
渋滞ランド 」


 中3の長男がやっと部活を引退したので、
お疲れさんと言う意味もあり、
9月の3連休のなか日に、一家でディズニーランドに行って来た。
 ここ数年は、ヘッポコドライバーの夫と私が
半べそかきかき車を運転して行っていたのだが、
最近、軽自動車に買い換えたので、一家7人乗りきれない。
 で、今回は、久しぶりに電車で行ってみることにしたのである。

 以前、夏場に行った時、
暑くて全員喉がすぐに渇いてしまい、
何度も何度も大量のジュースを買っていたのだが、
そのたび店で何十分も並ぶことになり、
もううんざりしてしまった。

 水分を摂るのにも並び、
排泄するのにも並び、
すぐそこに入るのにも並ぶ、
ということに、
田舎者の私は、生理的に受け入れられず、
いつもイライラしてしまうのだが、
それ以上にディズニー開園以来のファンなので、
懲りずに何度も何度も行ってしまう。

 しかし、ここはひとつ学習して、
せめて飲み物だけは飲みたいときにすぐ飲めるようにしようと、
前日に人数分のお茶を500ミリのペットボトルに入れて
凍らせておいた。

 また、いつも節約のため、
おにぎりやお菓子を山ほど持ち込んで、
ピクニックエリアで食べていたのだが、
今回は、長男の部活の打ち上げの意味もあるので、
めずらしく弁当無しで出かけ、
ケチケチせずに向こうで美味しいものを食べることにした。

 んが!

 これが裏目に出た。

 入場の時にチケットを買うために長々並ぶのはキツイと思い、
あらかじめネットでチケットを手に入れていたのに、
いざ行ってみると、入場するだけで40分以上も待った。

 「ねえ、入るだけでこんなに並ぶの〜?」
と、ぐずる子供たちに、
「まあまあまあまあ、これから楽しいディズニーの世界に行くんだから、
イライラしないで楽しく待とうよ〜」
と余裕の表情でなだめていたが、
実は、私自身が一番イライラしているのだった。
 その自分のイライラに、自分が気付かないように、
必死に楽しい気分になろうと努力していた。

 ところが、やっと入場できたと思ったら、
中は、全体的にラッシュ時の山手線のような混雑だった。

 今までは、どんなに混んでいても、
入場したら、ぷわ〜っと急に日常の世界から解放され、
「キャ〜」っと言いながらワールドバザールに駆け込み、
その中のちょっとこもった感じの楽しいBGMを聴きながら、
風船売りのお姉さんの横を走りぬけ、
シンデレラ城に向かって「わ〜っ」っと駆け出して行く、
という段取りだった。

 ところが、今まで数十回行った中で初めて、
入場しても走りこめなかった。
 人だらけで動けなかった。
 入ったところで、いきなり
写真撮影している人たちがごちゃごちゃ立ち止まっていて、
人が停滞している。
 キャラクターも誰もいないのに、
撮影ポイントで記念撮影するために、
長い長い列が出来ている。

 何だ、いつもと様子が違うぞ、
と思いながらワールドバザールに向かうと、
中は、やはり人人人で、前に進むのにも一苦労だった。

 ディズニーの一番の盛り上がりどころの、
「日常から一瞬にして夢の国に!」
というのが無かった。

 視界の中に入る「夢の分量」より「現実の分量」の方が
何十倍も多いので、
ちっとも日常から出られないのだった。

 今回は、効率よくアトラクションに乗ろうと、
前もって並ぶのが短くて済むファストパスを取っておこうと、
ファストパスのコーナーに行くと、
そのファストパスを取るための列に1時間並ぶのだという。

 「そんなの意味無いじゃん、やめよやめよ」
と、ファストパスを取るのを一切やめ、
とりあえず空いているアトラクションを探した。

 今までは、スモールワールドやカリブの海賊はガラガラで
いつでもスルーだったので、
そのつもりで行ってみたら、
嘘みたいにおそろしく並んでいた。

 特にカリブの海賊は、
その近辺の地面が見渡す限りまったく見えなくなるほどに
みっちり並んでいる。

 入るのに、2時間だ3時間だ4時間だ、というので、
家族みんなで一斉に
「パスッ!」
と言った。

 じゃあせめていつものお楽しみの
味つきポップコーンでも食べようや、
と思いきや、
ポップコーンの売店の前にも恐ろしく長い列が出来ている。

 「え〜〜〜っ!」
とのけぞり、
「ポップコーンもかよ!」
とみんなでがっくりした。

 ともかく、園内、どこもかしこも、
人がみっちりなのだ。
 アトラクションの周りは、
人の頭で真っ黒に塗りつぶされているようだった。

 何でもないただの通路でさえ、人人人人人人で、
前にも後ろにも進めない状態。

 さらに、店や撮影ポイントなどには、
バカみたいに人が群れていて、
ありの巣状態なのだった。

 アトラクションにも乗れない、
ポップコーンも買えない、
歩けない、止まれない、戻れない、って・・・・・・

 入ってすぐに、
この日に来園したことを後悔していたが、
その気持ちもまた、自分の中に封印しようと必死で努力した。

 人と人とに挟みこまれて
意図せず彼らの声を耳にしたが、
日本中のお国ことばが飛び交い、
外国人もたくさんいた。

 そうか。
 やはり、秋の3連休は、
地方から泊りがけで来ている人が多いのか!
 だから異常に人が多いんだ!

 人ごみで危ないので、1歳の長女は下に降ろせない。
 降ろしたところで、気の強い長女は、
すれ違う足という足にエルボーを食らわせながら歩くので、
みんな長女と一緒に歩いている夫が
すれ違いザマに足を蹴ってきているのだと勘違いして
むっとして通り過ぎていく。

 昼食を買うのに1時間近く並び、
ポップコーンを買うのに30分並び、
何とかお腹は満たすことができた。
 比較的空いていたカレー屋さんのカレーが
とても美味しかったのには、少し救われた。

 初めて来た長女のために、
少し並んでスモールワールドに入り、
それなりに喜んでもらえた。
 さらに、普段は、退屈なので行かない
魅惑のチキルームやカントリーべアシアターにも、
空いているということで、久しぶりに入った。

 しかし、「遊園地」という観念のまだ無い1歳の長女には、
「巨大な人形」が大音量で歌ったり踊ったりしている状況は、
単なる「怪奇現象」としか受け取れず、
号泣号泣、また号泣であった。

 混みすぎていて
お兄ちゃんたちはジェットコースター系のアトラクションにも
イベントにも近寄れず、
下の子は、どれに乗っても怖がり、
結局、何だか誰も楽しめていないようだった。

 しかし、そんなことでは、せっかく来たのにつまらないと思い、
恒例のウエスタンの扮装写真館に行って撮影してみた。

 今まで来演するたび撮っていたのだが、
今回は、待望の女児参入ということで、
写真に色が添えられるだろう、と楽しみにしていた。

 ところが、いつもガラガラの写真館までもが、
今日は混み混みで並んでいた。
 ここもか、と困惑しつつも、
これだけはどんなに並んでも外せない。
 私の主目的は、これなんだから。

 40分くらい待った後、全員衣装を選び、
いつもの「夜の幌馬車」のセット前で撮影した。
 長女が小さなワンピースを着て白い帽子をかぶると、
兄貴たちは一斉に目が垂れた。
 このときを待っていたのだ。
 何年も何年も。
 小さい末の妹が、可愛い衣装でとうもろこしを持ち、
カメラにガンを飛ばしているのにはさすがに苦笑したが、
みんな慣れたもので、一丁前にガンマンの表情で
写真に納まっていた。

 親御さん、これでよろしいでしょうか、
というので、撮れた写真を私がチェックしてみると、
兄弟の中でも笑顔の者あり、苦い顔の者あり、で、
統一感が無かったので、
「全員笑顔で統一しよう」
と声をかけ、もう一回撮りなおしてらうことにした。

 ひとりふたりの撮りなおしならすぐ出来るのだろうが、
子供5人の7人連れともなると、
みんなそれぞれ勝手にがちゃがちゃ動きまくってしまい、
全員きちっとポーズを決めるのに、ひと苦労だ。
 何とかもう一回ポーズを取って撮影したものの、
今度は誰かが目をつぶっただの、
顔に鉄砲がかぶさっただので、
なかなかちゃんと撮れない。

 長い時間撮影しているので、
店内で買い物をしている人たちが、
うちのこの大所帯の扮装撮影にみな立ち止まり、
「子供多!」
とか、
「顔が少しづつグラデーション!」
とか言っているのが聞こえてくる。

 恥ずかしいのでとっとと終わろうと、
再度写真のチェックをしたとき、
あまりよく見ないでオッケーを出してしまった。

 しかし、数分後、出来上がった写真を見て唖然とした。
 チェックの時には気づかなかったが、
三男が四男の頬に鉄砲を突きつけ、
四男が青白い顔で半分うつむいているのだった。
 これは、いかにも嫌な感じだ。

 「あ〜〜〜あ!」

 落ち込む家族の中でも、
三男が一番ショックを受けていた。

 自分は、その場の雰囲気で楽しく動いていたが、
その姿は自分には見えず、
写真にして見てみたら、
自分が物凄く嫌なことをしていた、という事実に、
愕然として固まってしまった。

 私は、「もう!」と言いかけて、
三男の真っ青な顔に気づき、
それ以上言うのはやめた。

 こういう経験は、自分にもあった。

 自分では悪気無くやっていたことが、
みんなにヒンシュクをかっていて、
後から気づいたときの、あの、冷や水を浴びるような気持ち。

 「あ〜あ」
ということばを、この日は、何度飲み込んだか。

 今まで、何も考えずに、
「あ〜あ」と思ったときに「あ〜あ」と口にしていたのだが、
それは、知らず知らずのうちに
周囲の人間を傷つけ、空気を悪くし、
せっかくの大事なものを台無しにしていたのではないか、
と、思った。

 自分はもう、充分大人だと思っていたが、
それは大間違いで、
これからもまだまだ、
気づいていなかった課題がたくさんあるのだろうなあ、
としみじみ感じた。

 夢の国での超現実実感。
 いや、「胡蝶の夢」ではないけれど、
今このときも、この人生も、何もかも、
誰かの夢の中の出来事なのかもしれないのだから、
この超現実的渋滞ランドも、
ある意味、夢のテーマパークなのかもしれない。

 そんなことを考えていたら、もう夕方になっていた。
 遠方から来た人たちが少し帰って行ったのか。
 アイスクリームの売店も、ポップコーンの売店も、
ほとんど並んでいない。
 昼食のために、あんなに並んだ店も、
もうガラガラだ。

 キャラメルポップコーンとクリームソーダ味ポップコーンを買い、
大きな蒸気船マークトウェインに乗った。
 ゆったりと船で一周するだけだが、
これが案外のんびりとしていて、いい気持ちだった。
 夕焼けが、園内を、すべての人々を、
みんなオレンジ色に染めてしまった。
 少し涼しくなった風が、
もう暑い夏が終わったことや、一日の終わりに近いことを告げていた。
 そばにいたよそのお父さんが、ぼそっと
「期待してなかったけど、案外よかったな、船」
と言ったひとことに、勝手にうなづいてしまった。

 いつも人気のあるものに駆け込んで乗り、
みんなが食べるものを、みんなが食べる時間帯に食べ、
せかせかイライラぎゅうぎゅうヒーヒーやってきたが、
そんなのもとは縁の無い世界が、
同じ空間に存在しているのを知った。

 勢いのある本流に乗るのもいいが、
そうじゃない細い支流の楽しみや、ゆったりした水たまりの面白さも
そろそろ味わってみようかな、と思った。

 ああ、今頃、
わが師・白井先生は、
廃線間近のローカル鉄道に揺られて、
車窓からゆっくりした日本を眺めているに違いない。

 ああ、「渋滞ランド」にて、
先生の偉大さをあらためて知る。

 こんなに大枚はたいて、押し合いへし合いしながらも、
長女が一番喜んでいたのが、
最寄り駅から乗った私鉄だったという事実。

 帰りの電車内では、子供全員が爆睡し、
駅で5人全員無事起こして降ろすのに大騒ぎだった。
 向かいの席の人たちの微笑み!
 おい、また私らは、
知らんうちよそ様の「ほほえましい一風景」になってるぞ〜!

 はあ・・・・・・
 もうちょい続くぞ、「コソダテ」は!

 よおし、残り少ないコソダテ生活は、
ひとつひとつのエピソードを、楽しんでやる。
 この生活を愛し、味わって育てるぞ!
 「子供のいる生活」というものを、堪能しながら過ごそうぞ!



  (了)











(子だくさん)2007.10.2 あかじそ作