こんなヤツがいた! 「ゆるい人」
地元の広告代理店で、
お店紹介の取材の仕事をしていた頃、
私は、実にゆるい人kiと出会った。
お店紹介の記事といっても、
実際は、お店から広告料をもらって、
記者がレポートし、「ここいいですよ」と紹介する、という形をとっているもので、
クライアントのほとんどが、
「頑張って広告料を払ってでも宣伝しないとお客が来ない店」で、
あまり儲かっていない個人商店であった。
だから取材は、たいてい店主が切羽詰った感じで、
写真を撮れば、「どんな写真だ、見せてくれ」とその場でチェックを受けるし、
記事を書いて原稿をあげ、ゲラハイ(出来上がり原稿のチェック)となれば、
何度も細かいダメ出しを受けることになる。
儲かっていない店主にとっては、
1回2〜3万円程度の広告料も、身銭を切っているだけに、
明らかな反響と効果が無いと、物凄く文句を言う。
しかし、実際は、1回1回の広告に効果を期待し、
元を取ろうとしても、それは無茶なのだ。
繰り返し広告を打つことで、
何度も何度も無意識の人間の視界に滑り込み、
うっすら印象に残り、何かの時に
「あ、そういえば、あそこに店があったっけ」
と思い出され、
初めてそこで広告の効果が現れるのであって、
はい、広告料3万円払ったから、すぐに3万円以上の儲けが生じるでしょう、
と思うのは、甘いのである。
そんなわけで、
ライターである私と一緒に同行する営業の人は、
「効果が出ないことへの不満」を聞き取り、
「それでは、今回だけ広告料を1万円に負けましょう」
と言ったり、物凄く怒りを表明している相手には、
「じゃあ、今回だけ無料で掲載いたします」
などと、その場で約束したりする。
一緒に回っている私は、
「何だよ、広告料って。値段なんて有って無いようなもんだな」
と怪しく感じてしまうのだが、
私の給料を払っているのが、そのあやしい業種なんだから仕方が無い。
ふむふむ、という顔をして横で値段交渉が終わるのを待っているのである。
そんな営業がらみの取材の中でも、
時々、美味しい取材もある。
飲食店の取材だ。
その店一押しの一品を作ってもらい、
それをデジカメでいい感じに撮影し、
その後試食して、厳選された材料や、味のこだわりについて取材する。
その試食というヤツが、
食いしん坊の私にとって、この仕事の一番のうまみである。
今まで食べたことも無かったイタリア料理や高級中華、
ベトナム料理に上海ガニなど、
タダでもりもり食べまくった。
そして、お世辞抜きで
「うまい! うま〜〜〜い!」
と連呼するので、店主も気分がいいらしい。
食いねえ食いねえ、となり、
私も感激して、つい、紹介文に力が入り、
熱い文章になってしまう。
そのおかげで多少お客が増えたという話を聞くと、
ますます嬉しくなり、
次回も旨そうな文章を書いてしまう。
ところが、困ったことに、
その取材が食事と食事の合い間の時間帯だったり、
食事直後だったりすると、
美味しい物でもなかなか喉を通っていかないこともある。
おまけに、一緒に回る営業の人が、
物凄く好き嫌いの多い人なので、
2〜3人分の食事を、食事直後の満腹時に
「旨い旨い」と言いながら、ひとりで詰め込まなければならないときもある。
そういう時は、やっぱり、
「楽な仕事なんて無いな」
と思う。
ところで、そういうクライアントめぐりの中で、
「この人ゆるいな〜!」
と心底感心した人がいる。
有名な健康食品の代理店をひとりでやっているおばさまなのだが、
夫が地元で不動産屋をしていて、
その店舗の応接間を使って仕事をしている。
健康食品が儲かっているのか、
それとも、夫の経済力に物言わせているのか知らないが、
各種広告を打ちまくりで、
どのフリーペーパーにも必ず大きく広告を載せている。
取材に行くと、
応接間のソファーやテーブルの上には、
新聞や雑誌や衣類や商品や私物などが、
山盛りでまぜこぜでてんこ盛りなので、
そのごちゃごちゃな埃の積もった物のスキマに座り、
取材をするのだ。
健康食品だけでなく、
ダイエット食品にも力を入れているにも関わらず、
おばさまは、思いっきりふくよかな体型で、
「私は栄養士だから栄養相談もしている」
と豪語している。
そして、その際、力説する点として、
「肉を食え」
というのを一番に挙げている。
みんなダイエットをするとき、
すぐに肉を抜こうとするが、
肉は大切なたんぱく源なのだから、
絶対肉を抜いちゃいかん、と言う。
うむ、これは、私も多少納得した。
が、この後が凄い。
「ま〜〜〜ず、肉を食べなさい。
肉が一番、肉こそ命、肉が主食でしょう」
的な発言にまで及ぶと、
さすがに相づちも打ちづらくなる。
肉ばかり食べているから、その体型なんだろうなあ、
としみじみ思いつつ、
しかし、ふくよかなだけあって、
おおらかでいい人なのである。
おまけに、経済力は潤沢で、
いつも回っているような
カツカツでケチケチでイラついている個人事業主たちとは正反対の、
「金持ってんど〜〜〜」という余裕がある。
高価な新商品の化粧品の瓶を陳列棚からひょいと取り、
躊躇無くバリバリ開封し、
記者や営業の人間の頬に塗りたくってくれる。
「こういうのもあるわよ」
「これもオススメ」
と、数千円、数万円の商品も、
バリンバリン開封する。
おまけに、「これ持ってけば」と、たくさん商品をくれたりもする。
気前がいい。
いやあ・・・・・・
頑張って働いてもワーキングプアだったり、
人並みの給料をもらっていても、ひどい人間関係だったり、
店をきちんと掃除して接客に力を入れ、
いい商品を提供していても、客が来なかったりして、
今の世の中、みんな大変なのに、
このおばさまのゆるい商売といったら、もう、
うらやましい限りである。
殿様商売というか、何というか、
金と時間が有り余り、
夫の理解も愛もあり、
生きがい求めてルンルン頑張ってま〜す、
でも、無理は禁物、
一切我慢はいたしませ〜ん、
という自由さ、ゆるさは、
もう、本当に、
う! ら! や! ま! し! い! よ!
こちとら、いつもいつも貧しさとの戦いだってのに、
何で同じ人間なのに、
こんなゆるく生きていける環境の人がいるのだろう。
一時、母の体調が悪くなったので、
子供たちを預けられなくなり、
結局この仕事をやめてしまうことになったのだが、
このおばさまの出した広告を見るたびに
「相変わらずゆるくていいなあ」
としみじみ思い、
そして、その後、
「う! ら! や! ま! し! い! よ!」
と、ついつい声を張ってしまうのであった。
(了)
(こんなヤツがいた)2007.10.30.あかじそ作