「 人の話を聞け 2 」

 近所の映画館に「ALWAYS 続・三丁目の夕日」がかかるというので、
昭和ノスタルジーファンの私は、
ちょっと観てみようかな、という気持ちになった。
 前作をずっと前にテレビで観たとき、ストーリーはともかく、
当時の風景や雑貨や汽車や車が、
カラー映像で、しかも動いているのを見られたのが嬉しかった。

 コンピュータで作られた未来の街や、
架空の生物、実写ではありえない大胆なアクションなど、
コンピュータグラフィックスの使い道がカッチョイイモノカッチョイイモノへと向かう中、
昔の風景の再現に使うというところが気に入った。

 以前に、広島の原爆投下前の町並みを
コンピュータグラフィックスで再現した話を
テレビのドキュメンタリー番組で見て、
これはいいぞ、こういう風に最新技術を使って欲しい、
と、思っていたところだったのだ。

 公開直前に、前作をテレビで放映するということで、
予習の意味を込めてもう一度観てみたが、
やはり、これは、
大きな画面で、
閉じられた空間の中で、
いい音で観たいものだ、
と思った。

 しかし、暴れ盛りの2歳児を連れては、
とてもじゃないがゆっくり観られないので、
なんだかんだと親を丸め込んで預かってもらおうではないか、
と思い、実家に美味しい乾麺を持参し、
お願いに行ったところ、エライ目に遭ってしまった。


 私は、話のついでを装って、何気なく話を切り出した。
 「あ、そうそう、そういえば、あそこの映画館でオールウェイ・・・・・・」
 「ああ! あれ、ダメ! 最悪! ぜ〜んぜんダメ!」
と、母。

 タイトルも最後まで言わせぬほどの全否定。

 「え、何で?」
 いつもなら、子供預かるから行ってくれば、と、
ニコニコしながら気を回す母が、
烈火のごとく怒っているので、びっくりした。

 「あんなの・・・・・・インチキもいいところだよ!
下町をバカにしてるんだよ!
 あの時代は、もうあんな貧乏くさいところ無かったっつーの!
出てくる人間みんなもたもた動いててさあ、
いくら昔だってねえ、下町の人間は気が短いんだから、
もっと、ちゃっちゃちゃっちゃ動いてたよ!
 あ〜〜〜んな、ちんたらちんたら歩いてたら、
『邪魔だバカヤロウ』ってブチ殺されちまってるよ!
 あ〜〜〜、腹立つ!
 バカにしやがってさあ!
大体ねえ、あの頃下町に住んでいた人に聞いてみなよ。
みんな怒るよ、あんな田舎くさくしてさあ、
ふざんなっつーの!」

 「ああ・・・・・そうかあ、ふ〜ん」

 「昭和も下町も知らない人間が、
知ったようなことやってんじゃないよ、っつーんだよ、まったく!」

 「ああ、ごもっとも・・・・・・監督は、若い人だよ」
 「でしょう?! だ〜めだ! そんなイメージ映像じゃ!
 本物の昭和の江戸っ子を納得させられないっつんだよ」
 「ははははは・・・・・・」

 切り出せなかった。
 そのインチキをお金を払ってでも、ぜひ観に行きたい、だなんて・・・・・・。

 百歩譲ってインチキでもいい。
 というか、その作りこまれたインチキ映像を、
「よくできたインチキだなあ」
と観に行きたいと思っているのだが、
炎を吐く母に向かって、もうこれ以上何か言う勇気は無かった。

 ああ、じゃあ、実家に2歳児を預けるのはあきらめて、
夫にでも頼んでみるか、
と、ここは静かに引き下がり、
出されたお茶をすすっていると、
今度は、父が何か言ってきた。

 「おう、この間、イクミが友達に怪我させられた話、どうなった?」

 そうなのだ。
 最近、三男が、クラスのワルガキに本を投げつけられ、
歯茎を大きくむしられる怪我をしたのだった。
 たまたまふざけていてそうなったらしく、
わざと悪意を込めてやったわけではないし、
養護の先生や担任からも説明や謝りの電話をもらっていたので、
一応、この事件は収束に向かっていたのだ。
 しかし、可愛い孫にひどい怪我をさせられたじじい心は、
ちっとも収まっちゃいなかった。

 「相手の親は何か言ってきたのか?!」
 「ううん、別に」
 「謝ってこないのか?」
 「うん。でも、もういいんだよ。わざとじゃないし、
本人も仲直りして納得してるし」
 「いや! 俺は納得できねえ! 
医者行くほど怪我させられてるのに、挨拶無し、ってのは、許せねえな」
 「でも、イクミも落ち着いてきてるし」
 「ダメだ! そんなこと親が言ってちゃよ!」

 いつまでもカンカンに怒っているので、
これは一からちゃんと説明しなければ、と思い、
私は、事態を説明した。

 「あのね、実は、イクミのクラス、凄く荒れてて、
担任の若い先生がちょっとまいっちゃてるみたいなんだよね。
 ここ数日、具合悪くなっちゃって、午前中しか出て来てないし、
もう、表情とか見ても、ギリギリなんだよ。
 今回のことも、半べそで電話してきて謝ってるし、
イクミも先生を心配してるし、
相手の友達とも仲直りできたんだから、
私は、このまま様子を見ようと思ってるんだよ。
 いやあ、最近の小学生も、その保護者も猛烈で、
若い先生とか悩んじゃって大変なんだってさ。
 ・・・・・・何かさあ、子供が大勢いると、
変に怪我させた、させられた、ってのに
慣れてきちゃうっていうか、
後処理上手になっちゃうからやんなっちゃうわ」

 「・・・・・・聞きたくねえ・・・・・・」
 父が口の中でもにゃもにゃ言っている。

 「じいさんばあさんに、そんなこと言ったってどうしろって言うんだよ」
 「へ?」
 「ぐちぐちぐちぐち愚痴言いに来やがって、聞きたくねえっつうんだよ!」
 「え、でも、『どうなってんだ?』って聞くから言ったのに」
 「そんなの聞きたくねえ!! 自分で好きで産んだんだろ! 
子育ての愚痴なんて、聞きたくねえ! 帰れ!」
 「ええええええ〜〜〜〜〜っ!!!」

 思わず私がのけぞっていると、母が、
「いっつもそうなのよ。このじいさんは! 
自分で『あれどうなってるんだ?』って聞いておいて、
答えると、『そんなの聞きたくねえ!』って怒るの」
と、半笑いで言う。

 思うに、父は、
自分の聞きたい内容の返事以外の答えが返ってくるのが気に食わないらしく、
そのせいで、
【聞いておいて『聞きたくねえ!』発言】
をするわけだ。

 要するに、勝手なのだ。
 相手がそこに居るのに、
「ラリー」ではなく、「壁打ち」をしやがる。
 じゃあ、ひとりで自由に壁打ちしていればいいじゃん、
と思いきや、それでは淋しくて耐えられず、
壁際に相手を立たせて、壁打ちしやがる。


 やはり、甘える相手を間違えた、
いや、人間、甘えてはならぬのだ、
と肝に銘じ、
2歳児と一緒に帰路についた。
 それをいつまでも玄関先で見送る両親に、
声が届かないくらい離れたところで、
手を振り、ニコニコ笑いながら言ってみた。

 「ばかやろ〜(^◇^)/~」
 「愛情も感情も、ピッチング専門か〜(^◇^)/~」
 「たまには、キャッチもしてみろ〜(^◇^)/~」

 両親は、ニコニコしながら、こちらに手を振っている。

 その口が、
「いい加減大人になれ〜(^◇^)/~」
と動いているような気がしたのは、
気のせい?



     (了)

(あほや)2007.11.13.あかじそ作