「 まどおばけ 」


 いつも遊んでいる「ジャングル公園」のすぐ前に、
古い家があって、その前を通るといつも物凄い視線を感じる、
と、小5の三男が言っていた。

 三男は、小さい頃から神経が細かく、
第六感的なものを感じることが多かったので、
それもその種のものだろうと思い、
「気にしないようにしなさい」
と言っていたのだが、あまりに怖いというので、
私自身も「身近な心霊スポットなんだなあ」と思っていた。

 ある夕方、食事の支度をしていたら、
三男が半狂乱で帰って来て、
「お母さん、まどおばけがいた! まどおばけ!」
と、絶叫した。

 「なんだい、まどおばけ、ってのは?!」
と聞くと、
「ジャングル公園の・・・前の家に・・・・・・、
まど・・・まど・・・まどに・・・、
白髪頭の・・・おばけが・・・、
張り付いて・・・こっち見てた〜〜〜〜〜っ!!!」
と、目をバッテンにして叫んでいる。

 「その家の人がたまたま窓から外を見ただけでしょ?」
と言うと、
「ちがうちがう! やまんばみたいなすごい髪の毛のおばあさんが、
窓の内側にへばりついて、ぼくをじ〜〜〜っと見ていたんだよお!!」
と地団太踏んで訴える。

 「だから、ただの髪の毛とかす前のおばあさんでしょうが」
と言うと、
「ちがうよお!あのうちのおばあちゃんは、
もっと太ってて・・・ちがう人なんだってば。
もっとガリガリにやせてて、死神みたいなんだよお!!!」
と、叫ぶ。

 「えええ〜? 窓にぃ? 死神がぁ?」
 私がいぶかしげに言うと、
「いいからお母さん、こっち来て見てみてよお!!!」
と、私の腕を引っ張る。

 「ちょっとぉ、今ご飯作ってるから無理だってば。今度ね」
と言うと、
「だめだよ! 今すぐ行かないと消えちゃうよお!」
と、しつこく腕を引っ張る。

 「お母さん、ほんとなんだってばあ! 信じてよお!」
と、マジ泣きしている三男に、
「今度行くから!」
と、なだめると、
「ほんとなのにい〜〜〜!!!」
と床をダンダンダンダン踏んでいる。

 (何なのよ、まったく)
と、気にも留めず、そのときは済ませてしまったが、
あるとき、買い物の途中でやけにキツイ視線を感じて、
その方を見てみると・・・・・・、
いたのだ!

 その【まどおばけ】が!!!

 公園に面した古い一軒家の窓から、
公園で遊ぶ子供たちや道を歩く人々を、
窓の内側に頬をべったりと貼り付けて、
猛烈なテンションで見つめている白髪の老女がいたのだ。

 「うっわあ〜〜〜!」

 思わずのけぞるほど恐ろしい光景だった。
 目が合ったらあの世に連れて行かれてしまいそうだった。
 
 足早にその場を離れたが、
あ、れ、は、怖い!!!!!

 その日、学校から帰った三男に、
「お母さんも見たよ! まどおばけ!」
と、興奮しながら報告すると、
「ああ、【マドババア】ね」
と、シラッと答えた。

 「もう有名だよ。【マドババア】って」

 子供たちの間では、
彼女の存在が散々話題になった後、
やがて公園の生垣や電柱などと同様に、
一風景として認識されたのだという。

 それにしても、子供の順応力というのは凄い。
 友達同士遊ぶのに、
「【マドババア】前に4時ね」
などと言い合っているらしい。

 
 ジャングル公園の近くに住む母に聞くと、
あれは、あの家の認知症のおばあさんなのだという。
 家で家族が看ているのだが、
暴れるでもなく、徘徊するでもなく、
ただ、いつもうらめしげにおもてを見ているのだと。
 家族は手厚く、温かく、
あばあさんの面倒を見ているらしい。

 私は、何だかそのおばあさんと自分とを重ねてしまい、
とても切ない気持ちになってしまった。

 体は動く。
 心も動く。
 しかし、外へは出ない。
 いつも家の中から外の世界をじっと見ている。

 家族の目を盗んで家を抜け出したり、
遠くまで徘徊して家族を困らせたりもしない。

 「ここにいてね」
と言われた場所にじっと居て、
ただおとなしく、おもてを見ている毎日。

 公園で遊ぶ子供たちを見ている。
 一日じゅう。
 道を自由に行きかう人々を見ている。
 一日じゅう。
  
 何を考えているんだろうなあ、まどおばけ。

 嬉しいのか。
 哀しいのか。

 何を考えているのか、誰にもわからないけれど、
どこか切なく、どこか可笑しい、まどおばけ。

 人生感じちゃうよ。マジで。



     (了)

(子だくさん)2007.10.2 あかじそ作