「 散々な一週間 その2 」

 散々だった一週間が過ぎ、
これから平穏な日常が戻るのだろう、
という考えは甘かった。

 世の中、そんなに甘くないのだった。


 1月24日(木)

 長男の受験した私立高校の合格発表の日。
 合格通知とともに最後の模試の結果も配達された。
 私立は滑り止めでもあるし、
高校のインターネットで見て無事合格したことは知っていたので、
とりあえず模試の結果だけ封を開けて見てみた。

 すると、第一志望の公立高校の合格可能性が20%と出ているではないか。

 20%!

 前回の結果では、90%だったので、
すっかり安心していたが、直前で20%とは!

 長男の成績は、その回によって偏差値62だったり51だったりと、
とにかく、波があり、安定しない。
 長男の志望校は、偏差値が57以上ないと入れないので、
かなり厳しい。

 うちにはこの後何人も進学予定者が控えていると言うのに、
しょっぱなから私立となると、
経済的にこれからの展望が立たなくなる。

 やばい!
 マジでやばいぞ。

 受験直前になって、
志望校のレベルを下げてきている人が上からずれ込んできたせいか、
合格ラインが上がってしまったのだろう。

 長男が帰宅した後、
まずは、私立高校の合格通知を一緒に開封し、
「まあ、これで浪人は避けられたね」
と喜び合った後、
「実は、これを見てよ」
と長男に模試の結果を見せると、
「あ・・・・・・」
と絶句している。
 さすがにショックだったらしい。

 「これから1ヶ月かけて一緒に勉強しようよ、ね!」
と声を掛けてみたが、
「あ〜あ、塾に行ってたらなあ!」
などと恨みがましい口調で言うので、
「これから一生懸命勉強して志望校目指すか、一個下のレベルの高校に変えようよ」
と言うと、
「絶対志望校変更しない! 落ちたら私立行くからいい!」
と、ふてくされてしまった。  


 その晩から母子で毎晩特訓が始まった。
 基本の基本から忘れている理科社会を、
教科書と問題集と解説書を照らし合わせながら、
一単元づつ丁寧におさらいしていった。

 やればできるし、記憶力もいい。
 ただし、私に似て早合点で、
問題をろくに読まずに答えを出してしまうので、
トンチンカンな答えを書き、わかっているのに×になる。
 これが減点の最大の理由なのだから、
もったいないったらありゃしない。

 まあ、こんなに直前になってからだが、
本人もやっと受験生らしい緊張感を持ち始めたのだから、
本番まで一ヶ月、こっちも頑張らねば。
 私や夫だって、腐っても大卒、
塾の講師くらいの学力はあるはずだ。
 塾なんて行かなくても、
自家栽培で大きな花咲かせたるわい!


 1月28日(月)

 長男の胃腸の風邪や末っ子の鼻風邪を、
もれなくいただいたらしく、
半端じゃなくだるい。
 腹も下している。
 朝起きたら、首が動かなくなっていた。
 背中も肩の筋肉も硬直し、
「気をつけ」の姿勢のまま動けない。

 それでも家事育児は平常どおりしなければならないので、
必死にこなす。

 こんなにひどい状態ではあるが、
私立高校の
「入学金の支払いは、公立の合格発表までちょっと待って費」=1万円
を、振込みに行かねばならぬ。

 鼻水ずるずるの2歳児を後部座席に乗せて、
ひとっ走り銀行まで行き、振り込んできた。

 その後、光熱費などもろもろの料金を銀行口座に入れるため、
また違う銀行にも行く。

 ぐずる2歳児。
 そりゃぐずるだろう。
 具合悪いのだから。

 でもねえ、カーチャンは、お前の3倍は具合悪いと思うぞ!



 1月31日(木)

 小2の四男が、吐き気がするというので、
学校を休ませる。
 先日の頭部外傷のせいではなく、
風邪からくるもののようだった。

 夕飯の時、四男は、ボソッと、
「ぼくの担任の先生、ずっとインフルエンザで休んでるの」
と言う。
 更に、
「それからクラスで5人くらいインフルエンザで休んでる」
と言った。

 隣で食事をしていた長男が、
「なに〜〜〜っ!」
と飛びのき、
「じゃあ、お前もインフルエンザじゃないのか?!」
と叫んだ。
 その晩、四男は、40℃を超え、
明らかにインフルエンザだと察することができた。
 2階の和室に隔離し、水筒や飲むゼリーなどを枕元にセットしたが、
さすが40℃、かなりやばい。
 半分白目で遠くを見ている。
 明日一番で医者に連れて行かなければ。

 その晩、私が風呂から上がると、
次男と三男が喧嘩をしていた。
 事情を聞くと、
次男のクラスの女子が、次男に、
「アンタの弟がうちの妹に『死ね』とか言うから妹が登校拒否になりそうなんだよ! やめさせて!」
と言ってきたらしい。
 その子の妹は、三男と同じクラスなので、
お母さんが姉にそう言うように頼んだらしい。

 「『死ね』なんて言ってないよ! ぼく、そんな言葉使ったことないよ! 信じてよ!」
泣いて叫んでいる三男に、私は、
「絶対言ってないんだな? それなら相手のお母さんに話してみるから、待ってな」
と言い、その家に電話をかけた。

 三男は、以前から、
執念深い先生のことを「ねばり強い先生」などというように、
汚い言葉を使わないように気をつけていたし、
喧嘩はしても、いじめをするようなキャラではないと思い、
相手の親御さんに確かめてみようと思った。

 ただ、三男の話では、
先日その女の子が小声で
「私もう死にたい」
とつぶやいていたとき、三男の友達(男子)が
「じゃあ死ねば」
と言っていたという。
 そのとき自分もその場にいたから一緒に言ったことになったんだろう、
ということだった。

 相手の親御さんは、学校で時々談笑する間柄だったので、
話せばわかるだろうと思い、
「何か、三男のことで次男から聞いたんだけど、詳しい事情を聞かせて」
と切り出してみた。

 すると、相手の女の子がクラスじゅうにいじめられていて、
アトピーが汚いとか言われて、
三男には、「死ねよ」と言われたのだ、と言う。

 「え、ちょっと待ってね。うちのは自分もアトピーで苦労してきたから、
アトピーのことでいじめる事はないと思うよ。
 それに、『死ね』ということばを人に向かって言ったことはないって、本人は言ってる。
 でもね、友達がお宅のお子さんの悪口を言っている時に、
一緒にいて、否定しないで聞いていたっていうから、
『それじゃ同罪だよ!』って言って注意したから。
 もう絶対悪口は言わせないし、友達が酷いことを言っていたら、
注意するようにさせるから。
 私もいじめられたことあるし、いじめは絶対許せないから、
状況がよくなるように一生懸命協力するから。
 でも、嫌な思いをさせてしまったことは、本当にごめんなさいね。
 お子さんに『ごめんなさい、二度としないから』って伝えて」

 と言うと、誤解が解けたらしく、
「実は、女子に仲間はずれにされて」
「先生は何も手を打たずにずっと保留にしたままで」
「○○君と△△君がクラスを牛耳っている」
などと、いろいろな事情を話してくれ、
三男のクラスが学級崩壊していることを教えてくれた。

 知り合いだったことで、お互い腹を割って話し、
こじれずに済んだが、
三男は、晴れない顔をしている。

 「ぼくは、いつも疑われるんだ」
と、暗い目をして言う。

 確かに、三男は、小心者のくせに、
活発でやんちゃな子と遊ぶのが好きで、
いつも「はみ出し気味の子」とつるんでいる。
 だから、一緒にいる子が悪さをすれば、
「お前ら来い!」
と一緒に呼ばれて、いつも怒られているのだ。

 しかし今回は、いつものいたずらとは、違う。
 中傷をしている場で、否定しないでへらへら笑っていたら、
それは、一緒にいじめているということなのだから。

 「お前がいじめなくても、お前と一緒にいる子がいじめてたら、
お前もいじめっ子なんだよ。友達が誰かの悪口を言ってたら、
『そういう事は言うなよ』って言いなさい。それくらいはできるよね?!」
と三男に念を押すと、
「わかったよ」
と神妙な顔で言った。

 やれやれ。
 今年に入ってから、
クラスの番長にしょっちゅういろいろやられて帰ってきていた。
 途中からやり返すようになり、喧嘩が増えた。
 今まで普通の子だったお友達が、
誰が誰を殴った、とか、誰を怪我させた、とかの話題に登場するようになった。

 つまり、三男のクラスでは、
男子はみな暴力的に、女子はみな陰湿になり、
担任をいじめたり無視したりして、
異常事態になっているのだった。

 担任はしょっちゅう休み、
5年生の先生は、交代で三男のクラスに来て
交換授業をしているらしい。


 そんなに荒れているクラスなら、
もしかしたら、自分の子だっていじめのひとつもやっているかもしれない。
 あちこちから若い担任教師の悪口を聞き、
お母さん同士で「あの子は悪い」「この子はずるい」と言い合い、
大悪口大会になっている。

 うちの三男も、濡れ衣を着せられたまま、
「『死ね』といったいじめっ子」として、
親たちの口々に流通してしまっているのだろう。

 ああ、頭痛い。



 2月1日(金)

 四男を連れてかかりつけの小児科に行く。
 待っている間、知り合いに会った。
 その人の子も三男と同じクラスだった。

 四男と私がごほごほしているところへやってきて、
「お宅の子、アトピーの子をいじめてるんだよ」
と言われた。
 「いや、待って待って。ちょっと聞いてよ」
と言葉をさえぎり、事情を話した。

 すると、
「なんだ、そうなんだあ。
私、お母さんがちゃんとしてるから言えば絶対何とかするだろうと思って、
それで思い切って言ってみたんだよ。 ホント、あのクラス、最悪だよね」
と言った。

 「でも、いじめてる現場に一緒にいて、否定しないのは同罪だから。
ちゃんと息子にはきつく注意したよ。
 今度、もしうちのが何かしたら、私の知らないところで噂してないで、
すぐ教えてよ!」
と言った。

 彼女は、
「それはお互い様だよ。うちのも何かしたら言ってね。
それにしても、あのクラス、先生が全然ダメだから、
普通の子まで荒れてきちゃって大変なことになってるんだよ」
と言う。

 やれやれ。
 あ〜〜〜〜〜やれやれ!!!

 三男は、早速、
「『死ねよ』と言う悪い子」
として広く回覧されているわけだ。
 当事者とその周辺の人には誤解は解けたが、
彼らは三男の濡れ衣を晴らすような噂話は流さないだろう。

 なんだか・・・・・・納得できかねる。

 「いじめられた」と申し出た人は、
校長にも教頭にも担任にも、
三男に「死ね」と言われたことを一番強く訴えたようだし、
それについては、誤解を解いてはくれないのだろうか。
 三男の名誉や人権はどうなるのだろう。

 私は、去年役付きのPTA役員で、教頭先生とも仲良くなったし、
教頭先生に電話で事情を話しておこうと思った。


 夕方、部活から帰って来た次男が、
「いじめられている子のお姉さんから
『勘違いしてごめんね』って言われた」
と言った。

 すると、三男は、急に大きな声で、
「あ〜〜〜、よかったあ!!!」
と言った。

 「今日、何かあった?」
と三男に聞くと、
「ああ、本人と話した」
と言う。
 「何を話したの?」
と聞くと、
「『ぼく、何か言った?』って言ったら、
いろんな人の名前出したから、お母さんが勘違いしただけだから」
と言っていたという。

 「ああ、本人は、ちゃんとわかってるんだね。じゃあよかった」
と、こちらも安心した。

 しかし、一応、相手のうちに電話をしてみた。

 「うちの子が直接お話したって言ってるんだけど、
何かまた傷つくようなこと言わなかったかな?」
と聞くと、
「全然全然。でも、『俺何か言ったかよ!』って言われたらしい」
と言う。

 「俺何か言ったかよ!」?

 うちの子で、自分のことを「俺」というのはいないし、
ましてや三男は完全に「ぼく」派なので、
「ん?」
と思った。

 「ぼく、何か言った?」

「俺何か言ったかよ!」
では、まるでニュアンスが違うと思うのだが、
相手がうちの子を完全に悪ガキだと認識しているようなので、
そういう風に事実が曲げられてしまうのだろうか。

 「とにかく、うちのにはいじめは許さないし、
そういう現場では注意するように言うから」
と、繰り返し言い、
「うちも口の中を縫うほどの怪我をさせられたり、
無理やり戦いごっこをさせられていて、
やられている側なんだよ」
と、強調しておいた。

 相手も、
「大丈夫?」
と同情的なことを言ってくれたので、多少は誤解も解けたと思うが、
いやはや、もう、いやになる。


 夜8時頃、
四男が、隔離されている2階の和室から飛び出してきて、
「○○(長女の名前)がいない! ○○がいない! お〜〜〜!!!」
と、号泣している。
 表情を見ると、尋常じゃない。
 目が完全にイッテしまっている。

 「○○が死んだ〜〜〜!!! ○○が〜〜〜! 死んじゃった〜〜〜!!!」
と、大暴れし始めた。

 兄弟は、みな、
愕然として四男の奇行に驚き、立ちすくんでいた。

 「○○生きてるよ! ほら、ここにいるでしょ?!」

 長女を見せたが、四男は、聞きもせず、
「ぼくが死んだ〜〜〜! ぼくが〜〜〜死んだ〜〜〜! 死にたくなかった〜〜〜!」

と、また暴れだした。

 「生きてるよ! 生きてるじゃん! ほら!」
 私は、四男を抱きしめて、
「怖い夢見ただけだよ。熱のせいだよ。大丈夫だよ。生きてるよ」
と背中をさすってやると、
長女が四男の頭をなで、
やっと四男は我に帰った。

 「タミフルだ・・・・・・」

 そういえば、病院から帰ってすぐ、タミフルを飲ませた。
 「異常行動が出やすい2日間は、絶対に目を離すな」
と、医者にも薬剤師にも注意されていたのだ。

 すぐに医者に問い合わせると、
「タミフルのせいでなく、高熱でそうなることも考えられるけれど、
心配なら服用を中止して様子を見て下さい」
とのことだった。

 その後、2階から飛び降りたり、階段から落ちたりしないように、
しっかり付き添っていたのだが、
長男の勉強も見てやらなければならないので、
夫に早めに帰宅するようにメールで連絡した。

 すると、
「すぐ帰る」
と返信が着てから1時間も経ってから
のろのろと帰ってきたので、頭にきた。

 マイペースにもほどがあるぞ。
 今、うちの中は、しっちゃかめっちゃかになっているというのに、
まったく急ぎもしないし慌てもしないその態度。

 ホントにお前は、家族の一員なのか?
 それで保護者の片割れのつもりか?

 あ〜〜〜、ストレスがキツイ。
 具合悪い!
 ストレスで風邪が悪化してないか?
 というか、私もインフルエンザなんじゃないか?
 予防接種を打っているからこの程度で済んでいるが、
喉の痛みや全身のだるさ、節々の痛みは、
まぎれもなくインフルエンザっぽいではないか?

 もういや〜〜〜。


 2月2日(土)

 一晩中眠れなかった!
 数十分おきに四男が飛び起きて、
「先生が死んだ〜〜〜!」
「友達が千円札飲んで死んだ〜〜〜!」
と叫び、駆けずり回るので、心配でおちおち眠れない。

 こりゃ、タミフルのせいじゃないな。高熱のせいか?


 2月4日(月)

 明日とあさっては、長男の公立高校前期入試だ。
 これは、ダメ元で申し込んだ挑戦的なものだ。
 すでに内申点自体が足りていないので、
言ってみれば「受かるわけない」のだが、
ほとんどの子供が「肩慣らし」で受けるというので、
リハーサルがてら受けさせることにした。

 本番は、2月の最後の方にある後期入試なのだが、
心配なのは、合格率20%ということと同時に、
「長男にインフルエンザうつるな〜〜〜」
ということだ。

 予防接種も気休めのようなものだし、
何度注意しても四男は、
しょっちゅう居間に降りてきて、
インフルエンザウィルスを撒き散らしていく。

 これでうつらない方がおかしいっつーの。

 換気したり、加湿したりして、
必死に感染予防を心がけているが、
もし私自身がインフルエンザだったとしたら、
居間の空気も食事も部屋中のものも、
インフルエンザだらけではないか?

 ああ、もういや!
 早く終われ、受験!

 早く終了するのだ、このいやな負の連鎖よ!!!


 ん? そういえば、いいこともあったぞ。

 四男に付き添って和室で寝ている私に代わって、
大学で東洋史学専攻だった夫が、
長男に歴史を教えていることだ。

 「済んだことは、すべて忘却あるのみ」
という私の辞書に「歴史」という文字は無く、
学生時代の歴史の成績は惨憺たるモノだったので、
正直、子供に歴史を教える自信が無かった。
 我が家のこの危機的状況を話し、
私はもう限界寸前です、と宣言したせいで、
夫がやっと得意分野で活躍し始めた。

 長男が、
「やっぱお父さんは歴史に詳しいねえ!」
と、珍しく父親を賛美するのを聞いて、
怪我の功名だと思った。


 それにしても、息絶え絶えで食事を作る私のそばで、
私を追い掛け回しながら話す次男。

 「夢の中でね、うちの前がクローン工場だったんだよ。
 ジイのニセモノが部活に行こうとする僕を襲ってくるんだけど、
そこにマトリックスになったバアバが
忍者みたいなかっこいいポーズでシュタッと現れて、
僕を助けてくれるんだよ。
 でも、強烈だったよ、バアバのマトリックス。
 全身黒でピチピチの服来て、
僕の目の前の地面に片ひざついて着地してさあ、
『このくそじじ〜!』とか言ってジイをハッ倒してさあ・・・・・・」


 って! 
 おい、次男よ!

 お前ってヤツはよお!
 ちったあ空気読めよお!


    (了)


(子だくさん)2008.2.5.あかじそ作