「2021」 テーマ★ 20年後の私(あかじそ) その店は、表通りから道一本入った所にあった。 小さな、赤紫色の看板には、<今夜も一杯・あかじそドリンク>と書かれている。 重い扉を押し開けると、突然、甲高い悲鳴の様な嬌声が耳を突き刺す。 そっと中を覗く。 ガタイのいい女達が、奥の席で、いかにも社長、という感じの中年紳士を取り囲んで騒いでいた。 「まずい・・・・・・。おかしな所に迷いこんでしまったわ・・・・・・」 わび子は、ドアを慌てて閉め、硬直した。 そう。私、わび子は、ある晩、いつものようにホームページの「あかじそドリンク」を読んでいて、 画面上の、あるスイッチに気がついてしまったのだ。 そのスイッチには、 <2021> とだけ書かれていて、他に何の解説も書かれていなかったのだ。 私は、つい、好奇心から、そのスイッチをクリックしてしまった。 そして、次の瞬間、この怪しげな店のドアの前に立っていたのだ。 「仕方ない。入るしかないわ」 意を決して店に入ると、あのガタイのいい女たちが・・・・・・いや、あれはみんな男だ! ごつい男たちが、キラキラのドレスを身につけて、一斉にこちらを振り向いた。 「あ゛〜〜〜ら、い゛ら゛っしゃい゛〜〜〜〜〜っ!!」 野太い声と裏声とが幾重にも重なりあって、大男達、もとい、大オカマ達が私を囲んだ。 その、どの顔も、みな、どこか似通っている。 「も、もしや・・・・・・」 「あ゛ら゛〜ん、気が付いちゃった〜ん? あたしたち、姉妹なのよ〜ん」 「み、みなさん、全員?」 「そうよ゛〜。20人姉妹。全員オカマよ゛〜ん。キャーッハッハッハッ!!!」 どうやら、本当らしい。 あかじそさん、女の子欲しがってたけど、結局20人も男産んじゃったんだわ・・・・・・。 私は、ふと、カウンターの奥で、こちらを見て微笑んでいる、小太りの年増女に気付いた。 (あ、あれは、もしや!) 「いらっしゃい。わび子さん。待ってたのよ」 その女は深くうなづき、私をカウンターに導いた。 「あかじそです。やっと会えましたね」 彼女は、よく見ると、マタニティードレスを着ている。 「ま、まさか?!」 「ええ。今だに挑戦中です」 奥の部屋には、パソコンと、焼き芋と、湯飲み茶わんがあった。 そして、ピンクのパジャマの幼児達が、ごろごろと雑魚寝していた。 ―――間違いない。2021年、20年後のあかじそファミリーだ。 「今日は楽しんでいって下さいね」 私は、3、4人のオカマに突然、担ぎ上げられ、奥のソファーに運ばれてしまっ た。 「ママがお世話になってますぅ。わたし、長女のケンケン。よろしくね」 「三女のクミでぇす」 「四女のツヨでぇす」 「あ、わび子と申します。お手柔らかに・・・・・・」 「これから、次女のユーズィーのショウが始まるの。楽しいわよ〜」 突然、全ての照明が落とされ、小さなステージ上のミラーボールが激しく回り出した。 大音響で流れて来た曲は、 「燃えよド〇ゴン」のテーマだ。 体重100キロはユウに超えている、巨漢のオカマが、パッツンパッツンのビキニを身につけ、 カンフーもどきのアクショで登場した。 「アチョ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」 すると、ステージの端っこから、赤フンドシ一丁で、ほっかむりをした、冴えない オヤジがそろりそろりと現れた。 「出たわね! 悪の帝王、赤フンオヤジ! この、正義のオカマ・ユーズィーが、許しはしない!」 「今度は何をやらかしたの?!」 急に右隣に座ったケンケン嬢が叫んだ。 「またママに男の子を仕込んだのよっ!!」 ユーズィーは、金切り声を上げて、ティーバックが食い込んだ巨大な尻をこちらに向け、ぶるんぶるんと腰を振った。 「キャー!! ヒドイ! ヒドスギル!!」 今度は、左隣のクミが叫ぶ。 「あのう・・・・・・、って事は、あの男の方は・・・・・・」 私はケンケン嬢に耳打ちした。 「父です」 なぜかケンケン嬢は、素の男声で、くそまじめに答えた。 どういう家庭なのかしら、こちら・・・・・・。でも、何だか、妙にまとまりがあるわね・・・・・・。 などと、あっけにとられているうちに、あかじそさんの夫は、ユーズィーに、こてんぱんにやっつけられていた。 「待ていっ!!」 またまた、物凄い大音響と共に現れたのは、何と、真っ黒のマントをまとい、 妙な仮面をつけたあかじそさんだった。 「おとーちゃんをオビヤカス者は、このアチキが許さないっつーの!!」 黒いマントを颯爽と投げ捨てると、そこには、55歳の妊婦が、アニマル柄のビキニを着て、 仁王立ちしていた。 私は、帰り支度を始めた。 私の様な、カタギの人間の来るところではないようだ。 半裸の巨漢オカマと、これまた半裸の熟年妊婦が、ミラーボールに照らされながらつかみ合い、 大勢のオカマが、涙を流しながら、ひっくり返って笑い転げる中、私は、そっと店を抜け出した。 外は、静寂そのものだった。 さて、どうしたものか。タイムスリップか、バーチャル何とかか知らないが、 2021年に迷いこんでしまったんだ。 「お帰りですか?」 後ろから話しかけられてギョッとした。 さっきの赤フンオヤジ、じゃなくって、あかじそさんの夫だった。 「はい。でも、どうやって帰るのかしら」 彼は、フンドシの中から携帯電話を取り出し、 「この<オフ>と書いてあるボタンを押していただけますでしょうか?」と、馬鹿丁寧に言った。 私は、言われた通り、ボタンを押そうと、携帯電話を受け取った。 いや〜なぬくもりが残っていたが、気にせず、<オフ>のボタンを押した。 ハッ、と我に返ると、パソコンの前に座っていた。 あかじそドリンクからは、<2021>のスイッチが消えていた。 掲示板では、あかじそさんが、 「20年後は、夫婦仲良く、穏やかに孫でも抱いていたいものです」 と綴っていた。 私は、さっき見て来た事を、彼女に言うのはやめておこうと思った。 その方がいい・・・・・・。 私は、ぼんやりとキッチンに歩いて行き、プチトマトを一粒、口に放り込んだ。 (おわり) |