童話 『トビラと少年』 テーマ★言葉 むかしむかしから、いまのいま、そして、これからもずっと、 誰もが立ち止まる場所があります。 その場所は、どの街にも、どの村にもあります。 生きているうちに、必ず道の途中で突き当たる、大きなトビラがあるのです。 トビラの向こうには、広くて青い海が開けています。 港には、小船がぽつんと浮いていて、トビラをくぐってきた人を乗せて、 大海原へと漕ぎ出す準備がいつでも整っていました。 ある日、ひとりの少年が、荷車に病気の父親を乗せて、 この大きなトビラの前で立ち往生していました。 早くこのトビラの向こうへ行って、 海の向こうの国にある病院に連れていかなければ、 父親は死んでしまうのです。 少年は、とても急いでいました。 お父さんが大好きで、お父さんを死なせたくなかったからです。 ところが、この大きなトビラには、少年の背丈の三倍もある、 恐ろしい図体の門番が、怖い顔をして立っておりました。 少年は、恐る恐るトビラに近づき、 ここを通してくれるように頼みました。 「父親が病気なのです。すぐにここを通してください」 ところが、門番は黙って首を横に振るばかりで、 何度頼んでも、トビラを開けてくれないのです。 「一刻でも早く医者に見せないと、私の大切な父親は、死んでしまうのです」 少年は、何度も何度も頼みました。 それでも、門番は表情ひとつ変えません。 「あなたにも、親というものがあるでしょう? 親を死なせたくない子供の気持ちをわかってください」 少年は、口から泡を飛ばして、一生懸命に頼みましたが、 門番は、憎憎しい顔をして、まったくトビラを開けてはくれないのです。 そのうち、父親が苦しげな断末魔を上げ始めました。 少年は、いよいよじっとしていられなくなり、 立ちふさがる門番を突き飛ばして、トビラを開けようとしました。 すると、門番は、思いきり地面に頭を強く打ち、苦しげにうめいています。 少年は、しまった、とも思いましたが、 門番の怪我よりも、父親の病気の方が重いし、 死にそうな人を見殺しにしようとした門番の方が悪いので、 フンッ、とそっぽを向いて、荷車を出そうとしました。 門番は、頭を抱えながら、 「カギは、持っているのか」 と、言いました。 「そんなもの、ないよ! でも、体当たりしてでも、ここを通るぞ!」 と、少年は、何度も何度も、その重いトビラに体当たりしましたが、 びくともしません。 「カギがなければ、誰もここは通れないのだぞ」 門番は、口から泡を吹きながらあえいでいます。 「お金を全部あげます! だから、どうかカギを開けてください!」 少年は、全財産を、倒れている門番の前に置きました。 すると、門番は、悲しそうに言いました。 「金など要らぬ。ここで門の前に立ち、 カギを持つ者だけを通すのが、俺の仕事なのだ」 何を言っても、何度頼んでも、門番は、決してトビラを開けてはくれないのでした。 そして、見る見るうちに顔色が土気色になっていき、 今にも死んでしまいそうでした。 少年は、どうしていいのかわからなくなり、泣き出してしまいました。 「お前が悪いんだぞ! お前が意地悪をしないでここを 通してくれれば、こんなことにはならなかったんだ」 少年は、その場にへたりこんでしまいました。 ふたりの死にそうな人間に挟まれて、 どうしていいのか、わからなくなってしまったのです。 すると、荷車に横たわった父親が、少年に言いました。 「息子よ、トビラを開けるのだ。私はここでもう死ぬが、そのことは、もういい。 それよりも、お前はここのカギを開けて、向こうの広い世界へ行くのだ。 お前はカギを.持っているのだぞ」 父親は、そう言い残して、死んでしまいました。 少年は、悲しくて、悔しくて、泣いて泣いて泣き続けました。 門番は、少年のそんな姿を、虫の息で、じっと見つめていました。 泣くだけ泣いた少年は、すぐ横で、 やはり死にそうになっている門番に気づきました。 「お前が悪いんだ! お前のせいで父親が死んでしまったんだ!」 門番は、ゆっくりと目を閉じました。 すると、両方の目から、涙が流れました。 そして、門番は、二度と再び、目を開けることはありませんでした。 門番は、手に、何かを握っていました。 少年は、それに気づくと、門番の太い指を一本一本はがして、 それを引っ張り出しました。 カギだと思ったのです。 ところが、それは、小さな紙切れでした。 紙切れには、下手くそな字で、こう書いてありました。 <おとうさん おしごと がんばってください> それを見て、少年は叫びました。 「僕は悪くない! お前が悪いんだ! お前のせいで、僕は・・・・・・僕は・・・・・・」 そして、地べたに突っ伏して、泣きました。 「ごめんなさい! ごめんなさい!」 その時、重い扉が、ほんの少しだけ揺れました。 そして、門番が、ピクリ、と、少し動きました。 「生きていたのかい!」 少年は、門番に駆け寄って、抱き上げました。 「ごめんなさい・・・・・・ひどいことをしてしまって・・・・・・」 門番は、少し笑って、うなづきました。 少年を許してくれたのです。 「許してくれるの? 僕は、こんなひどいことをしたというのに?」 少年は、自分の心を縛っていたきついロープが、ほどけていくような気がしました。 そして、自然と、少年の口から、ことばが出てきました。 「ありがとう・・・・・・」 ギギギギギギギ・・・・・・ 重いトビラが、自然と大きく開きました。 少年は、駆け出してトビラを通り抜け、振り返ると、 トビラの裏側には、こんな張り紙が貼ってありました。 <ここより先 「ありがとう」と「ごめんなさい」の言えない、愚か者の国> 少年は、前に向き直り、海を見ました。 そこは、ただ広いだけの海があり、 見たこともないような果てしない視界が開けていました。 少年は、一歩、二歩と、前へ進みました。 少年は、青年になっていました。 (おわり) |
2001.10.04 作:あかじそ |